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第46話

 しかし、そういう関係も、いい加減に卒業すべきだろう。

 私は一度咳払いしてから、改めて言う。


「じゃ、じゃあ私、あなたに『さん』づけしたり、敬語を使うのを、もうやめるわ。……だって、夫婦なんだもの。そうでしょ、ジェランド」


 言った途端に、顔が少し赤くなる。

 私が彼を呼び捨てにしたのは、もしかしなくても、これが初めてだ。


 もう二十歳を過ぎているのに、思春期の恋人たちのようなことで頬を染める自分の幼さが恥ずかしく、それでいて、妙に愛おしくもあった。


 ジェランドさん――いえ、ジェランドは、私に呼び捨てにされたことが、思いのほか嬉しかったらしく、美しい顔をくしゃっと綻ばせ、それから小さく息を吐き、とうとう観念したという感じで、言う。


「それでは、レオノーラ。私の、愛しい人。これからも最良の伴侶として、私と人生を歩んでくれますか?」


 私も、ジェランドと同じく、くしゃくしゃの笑顔を作って、返答する。


「もちろん、喜んで。……でも、妻に対して敬語で話すのはやめてほしいわ」

「ふふ、それはちょっと難しいですね。こればっかりは、私の性分ですから」


 そういえば、ジェランドは旅の最中に遭遇した盗賊や暴漢に対しても、敬語で接していた。誰に対しても敬意を持った言葉で接する……それが彼の性分ならば、無理に変えようとするのも、おかしな話ね。今度は私の方が観念して、小さく肩をすくめた。


「性分なら仕方ないわね。じゃあ、敬語は認めます」

「ありがとうございます、レオノーラ様」

「『様』は禁止です」

「ふふっ、これは大変失礼しました」


 こんな、たわいのないやり取りが、嬉しくて、楽しくて、たまらなく幸せだった。


『幸せ』か……


 不意に、アリエットのことが頭をよぎる。


『私の心は、喜びを感じないのよ』


 そう言っていたアリエットは、今、どうしているのだろうか。


 ……私の人生は、アリエットに散々引っ掻き回されてきたので、彼女の本心を知った後でも、正直言って、アリエットに対する思いは複雑だ。


 それでも、一年前の別れ際に言った通り、『アリエットにも幸せになってほしい』という気持ちは、本心である。


 希望的観測かもしれないが、私がいなくなったことで、執着の対象が消えたアリエットの心にも、今までとは違った変化が起きるのではないだろうか。その変化が、彼女の心を良い方に導いてくれると、私は信じたい。


 アリエット、私は今、とても幸せよ。

 だからあなたも、幸せになってね。


 心の中で、妹の幸せを願い、それから私は、ジェランドの愛を受け入れた。とても素敵で、幸福な夜だった。

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