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第25話

「あの、えっと、私は、雑貨店の配達で、ここまで来たんです。それで、その、もう配達は終わって、後は帰るだけなんですけど……」


 まだ、彼と別れたくなかった。

 たどたどしくも言葉を紡ぎながら、私は精いっぱいの勇気を振り絞って、話を続ける。


「こ、こうして会えたのも不思議なご縁ですし、ジェランドさんさえよろしければ、どこかで、一緒にお茶でも飲みませんか?」


 言ってしまった。

 この、気の弱い私が、自分から男の人をお茶に誘うなんて。


 しかし、よくぞ勇気を出したわ。

 なんだか、自分で自分を褒めてあげたい気分だ。


 いや、でも、『それはちょっと……』なんて言われて断られたら、私は立ち直れないくらいショックを受ける気がする。やっぱり不用意にお茶に誘ったりするべきじゃなかったかも……。そう思うと、小さな達成感で満たされていた胸の中が、じわじわと後悔に侵食されていく。


 だが、私のそんな考えは完全に杞憂だったようで、ジェランドさんは事も無げに頷いてくれた。


「では、あそこの喫茶店に入りましょうか」

「は、はいっ、喜んで!」


 本当に嬉しくて、つい声が上ずってしまう。


 口ごもったかと思えば、急に声のトーンが上がったりして、きっと、変な女だと思われているに違いない。それでも、こうしてジェランドさんと二人きりになれたことが幸せで、私はなかなか、弾む心を抑えることができなかった。


 私たちが入ったのは、テーブルが五つしかない、小さな喫茶店だった。


 カウンターの奥で、初老のマスターがカップを磨いており、そのほかに人影はない。『流行っていない店』という感じではなく、あまり多くのお客が詰めかけるのを良しと思っていない店……そんな雰囲気だ。ここなら、落ち着いてジェランドさんと話ができるだろう。


 コーヒーには詳しくない私だが、テーブルにつくと、ジェランドさんがどこかで聞いたことのある銘柄のコーヒーを頼んだので、私もそれに倣うことにした。


 しばらくして、白い湯気をくゆらせるホットコーヒーが二つ運ばれてくると、マスターは「私は倉庫で作業をしておりますので、御用がおありでしたら声をかけてください」と言い、カウンターの奥の扉から出て行ってしまった。


 お客を放っておいて倉庫で作業だなんて、この店、大丈夫なのかしら。

 私はそんなことを思いながらコーヒーを一口飲んだが、ジェランドさんは感心したように言う。


「マスターは、私たちが話をしやすいように、気を使ってくれたのでしょう。こんな時間に、若い男女二人の客――となれば、大体の場合は、逢引ですからね」

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