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第21話

 そこで、私の嫌悪感と恐怖心は頂点に達し、思い切りアリエットを突き飛ばすと、私は自分の部屋に逃げ込み、鍵をかけた。しばらくの間、アリエットが追いかけてくるのではないかと思い、怖くてたまらなかったが、どうやら、そこまで私を追い詰める気はないらしい。


 ……ゾッとした。アリエットは、私に叩かれて、明らかな愉悦を感じていた。『首をしめろ』とか『ナイフで刺せ』とか言ったのも、悪趣味な冗談じゃない。たぶんあの子は、本気でそれを望んでいる。


 狂ってる――


 私が初めて妹の頬を叩き、罪悪感で心を痛めていたときに、アリエットは快楽に酔いしれていた。その価値観……というか、ものの感じ方の違いは、もはや決定的で、アリエットと理解し合うことなど、到底不可能であるということを、私は心の底から思い知った。


 結局それ以来、私はアリエットに抗議するのをやめ、もう二度と、一人で彼女の部屋に行くこともなかった。



 それから、早くも一ヶ月が過ぎた。


 予想通りと言うべきか、私とヘイデールの間にできた心の亀裂はそう簡単には修復できず、何度か逢瀬を重ねても、どうにもぎこちないままだ。


 いや、ぎこちないだけならまだいい。

 ヘイデールの私に対する態度には、明らかな疑念と、不信の色があった。


 恐らく……ううん、間違いなく、この一ヶ月間、ヘイデールはアリエットと何度も密会し、私に関する悪い噂を、あることないこと吹き込まれているのだろう。


『レオノーラ、きみが酒場で夜な夜な他の男と飲み明かしていると聞いたが本当か?』

『レオノーラ、時々、見境なく暴れ、アリエットに暴力を振るうと聞いたが本当か?』

『レオノーラ、この前、足の悪い老婦人を転ばせて笑っていたと聞いたが本当か?』


 どれもこれも、わざわざ否定するのも馬鹿らしくなるほどのでまかせだ。


 ヘイデールと会うたびにこんなことばかりを聞かれ、今となってはもう悲しみや怒りより、呆れの感情の方がずっと大きい。よくもまあ、これほど無垢に、アリエットの言うことを信じこんでしまうものだ。彼の辞書には『疑い』という二文字は存在しないのだろうか。


 ……いや、『疑い』そのものは存在しているか。これほどまでにしつこく、私のことを疑っているのだから。


 それにしても、私とヘイデールは、ほんの一ヶ月前までは確かに信頼し合い、愛し合っていたはずなのに、どうしてヘイデールはこうも簡単に、アリエットの虚言を信じてしまうのか。彼のアリエットに対する『妄信』とでもいうべき態度が、ただただ不可解である。

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