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第1話

「ヘイデールさんって、本当に素敵な方ね。姉さんが羨ましいわ」


 私の婚約者であるヘイデールを見たアリエットが、甘ったるい猫撫で声でそう言ったとき、私は、とても嫌な予感がした。


 アリエットは、20歳の私より、五つ年下の妹である。


 年の近い姉妹と違い、これだけ年齢が離れていると、ほとんど喧嘩になったりすることもなく、アリエットは私によく甘え、私もそれなりにアリエットを可愛がった。


 よそ様から見たら、さぞ仲の良い姉妹に見えることだろう。……そう、よそ様が見るだけなら。


 何故、こんな含みを持った言い方をするのかというと、アリエットは、我が妹ながら、少しおかしいのだ。『少しおかしい』と言っても、容姿が妙だとか、頭が変だとか、そういうことではない。アリエットの頭の回転は速いし、容姿だって、間違いなく人並み以上だ。


 どう振る舞えば周囲の人間が自分に好感を持つかを、まるで生まれながらに知っているかのような少女であり、私の生活圏内にいる人々は、老いも若きも、男も女も、皆アリエットのことが大好きだった。恐らく、この辺りでアリエットのことが嫌いなのは、私だけだろう。


 そう、今ハッキリ述べた通り、私は妹――アリエットが嫌いだった。

 誰からも愛される、お人形のように愛らしいアリエットが、大嫌いだった。


 どうしてかって?


 アリエットが、私の大切なものを、全部自分のものにしてしまうからよ。


 アリエットが『少しおかしい』ことに気がついたのは、今から七年前――私が13歳、アリエットが、たったの8歳だった頃だ。


 当時、私のお気に入りだった小熊のぬいぐるみを抱きながら、アリエットはチョコレートよりも甘い声で、こうおねだりしてきた。


『姉さん、私、この子が欲しい。どうしても欲しいの』


 まあ、よくある子供のワガママである。と言っても、私もまだまだ子供なわけだし、お気に入りのぬいぐるみを、なるべくなら人にあげたくはない。私は困ったように笑い、『今度のお誕生日に、お父さんに同じのを買ってもらったら?』と言った。


 ひとまずそれで、アリエットは引き下がり、私はホッとしたのだが、次の日からも、アリエットはしつこく『この子が欲しい』『どうしても欲しい』『何が何でも欲しい』と、朝に夕におねだり攻撃をしてきた。その頻度は、子供のワガママのレベルを遥かに超えており、もはや『執念』とでも言うべきものだった。


 時に可愛らしく、時に不機嫌に、時に泣きながら、『ちょうだいちょうだいちょうだい』とまとわりつかれ、いい加減疲れてきた私は、『まあ、そこまで欲しいのなら』と、結局、ぬいぐるみをアリエットにあげることにした。

第一部分を読んでいただき、ありがとうございます。


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