40.黄金麦の奇跡
【氷獄の嵐ブリザード・デス】の連打を受けて、氷結したカルドの視界はぼやけていく。
あれだけけたたましかった悪魔、アステリアの声はもうしない。
敗因はなんだったのだろうか。
カルドは自分なりに考えてみるが、考えるまでもなかった。
頭が悪かったからだろう。
賢明に立ち回ろうとはした。
しかし、賢明に立ち回れるほどの知力を私は持っていなかった。
その結果、本来家督を継ぐべき兄を追い出し、父の愚かさを咎めることもしなかった。
父の失政は父のせい。
自分とは関係ないと高をくくった。
その結果、グレイフォードとブラックフォージの戦争に歯止めがきかなくなってから父はすべてを私に押しつけて出奔した。
後を継いだ私の力量はまるで足りなかった。
状況は常に悪化し、家臣からは舐められ。
統制を維持するために見せしめの処刑を繰り返した。
人前で認めたことは一度もなかったが、誰よりも私自身がわかっていた。
私は領主の器ではない。
愚かな貴族として笑われるのも当然だ。
しかし、そんなことを思っていては統治などできない。
できる者もいるのかもしれないが、私はそこまで器用ではなかった。
故に傲慢に傲岸に、上っ面の自信を貼り付けて。
それが事実だと思い込んでいった。
賢く振る舞おうとする愚かな男爵。
おとぎ話にでも出てきそうな、滑稽な悪役。
私がブラックフォージ領を維持するには
そうするしかなかった。
兄さん。
あなたならできたはずなんだ。
私ではなく兄さんが領主であったならば。
こんなことにはならなかったのに。
パチパチと焚き火の音がする。
凍てついたカルドを暖かな熱が溶かしていく。
「……起きたか? カルド」
兄、オズワルドが焚き火に木をくべていた。
「兄…さん」
あれだけ争ったのだ。
今更何を言ってもオズワルドはブラックフォージに戻ってきてはくれないだろう。
勝負で負けた今、往生際の悪い真似はできない。
胸の奥にしまった黄金麦の奇跡をかすかに感じる。
「私の負けだ。兄さんのことは諦めるよ。今まで、すまなかった」
カルドにはまだ手札があった。
私は愚かだから、このままだとブラックフォージは滅びるぞ!
失政によって多くの領民が死ぬだろう!
お前はそれを見殺しにするつもりなのか!
そう、領民を人質にとってオズワルドを脅すこともできた。
しかし、曲がりなりにもカルドはブラックフォージの男爵。
確かに彼の悪政の結果、領民は飢え戦場で死んだが、別に殺したくてやっているわけではないのだ。
卑劣でありたくない。
まっとうな人間でありたい。
この胸にしまった黄金麦の奇跡に誓って。
そのようにカルドは思った。
カルドに芽生えた信仰はただの勘違いの産物だ。
オズワルドが【チート・クラフト】でなんとなく生やした黄金麦が、少女の小さな嘘と飢えた民の希望を糧に、巡り巡り、このような結果を齎しただけである。
だが、世界とはこのようなものなのだ。
ただの偶然と蒙昧な錯誤が、カルドに秘められし善性を呼び起こす。
七柱の神が関与しない、純然たる奇跡。
もっともありふれた世界からの祝福である。
「カルド。俺はな…働きたくないんだ」
オズワルドが心底疲れたように続ける。
「ただただ。ひたすらに働きたくない。ずっと休んでいたいんだよ。何もしたくないんだ。…本当に。だから、家督はお前に任せる」
まるで放蕩息子のような物言いだったが、カルドはその本質を瞬時に理解した。
オズワルドは本当に働きたくないのだ。
「あれほどの力を持っていれば、誰もが兄さんを欲しがりますよ。その結果、世界を救う戦いに何度も巻き込まれて。何度も死にかけて、守れなかったものも、たくさん見て来たはずです。休みたくもなりますよ」
そうは言ってもこのお人好しの兄のことだ。
何かしら危機が迫れば、助けに入ってまた世界を救おうとしてしまうのだろう。
おそらく、働きたくないという彼の望みは永劫に叶うことはない。
カルドはオズワルドに何か前世の業のようなものを感じた。
実はだいたい合っている。
オズワルドが前世で過労死した理由の一つはそれである。
他社の炎上案件を引き受けすぎたのだ。
だからだろうか、オズワルドは何か心の奥に触れられたような気持ちになった。
「そうか…。まぁ、なんだ。ブラックフォージが滅びかけたら…様子くらい見にきてやるよ。俺に何ができるかはわからないがな」
「兄さん…」
思えば、オズワルドはすでにこの戦争に介入していた。
言われなくても動く…そういう男だったのだ。
それでも、この短いやりとりが交わされたことは大きい。
カルドにとっては万軍の味方を得たに等しかった。
「ありがとう……ありがとう…」
カルドは男泣きしながら、オズワルドにしがみつく。
オズワルドは若干嫌がりながらもされるがままにしていた。
その時、悪魔の声がした。
「ああ! そうさ!」
悪魔の柔らかな腕が友情の輝きを伴って、オズワルドとカルドに覆い被さる。
二人の男と一匹の悪魔がまるで少年漫画のように肩を組み合う。
「アタシたちは…仲間だ!!」
悪魔、アステリアの存在にオズワルドが気づいた瞬間、それは起きた。
――――――――――
【チート・クラフト】:レベル309
【ワールドチェンジ】
・DRPG『ダンジョンハッカーズ』レベル299
【魔法】検索…
【テレポート】◀ピッ
――――――――――
「お前、アステリ…」
オズワルドがそう言い切る前に、アステリアが魔法を発動。
オズワルドだけがカルドの目の前からいなくなった。
アステリアが空を見上げる。
まるでその彼方に何かがいるかのように。
「FOOOO~! よっしゃいけたァ! オズワルド即死ィ~~~!」
プレイヤーたちにとって、DRPG『ダンジョンハッカーズ』のテレポートは有名な魔法だ。
指定した場所に自由に移動できる便利な魔法だが、うっかり溶岩の上や遙か上空などにテレポートしてしまうと墜落時に即死してしまうデメリットがあるからだ。
何人ものプレイヤーがちょっとした操作ミスでゲームオーバーになった凶悪な魔法である。
ちなみに敵に使って即死させるとゲームバランスが崩壊するため、自分と味方にしか使えない。
その条件を潜り抜けるため、アステリアはオズワルドが一瞬仲間と誤認する瞬間を狙ったのだ。
「は…。アステリア…何をして…。兄さんはどこにいった!?」
アステリアはカルドの言葉に応えない。
効率を重視するプレイヤーがゲームクリアに必要だった時はしっかりとNPCに話しかけるのに、目的を果たしたら一切話しかけることがなくなるように。
カルドを無視して空へと叫ぶ。
「どーーーだ! オズゥ! お前が持っている【ワールドスキル】でこの状況を打開できる術はねェ! 頼りになる勇者連中もいねェ! 空からここまでまっさかさま! これなら誰が何をどう勘違いしようが関係ねェ!」
「これで終わりだ! オズゥ!」
悪魔の叫びが響く。
それはまるで、世界にただ一人存在する人間に向けた叫びのようだった。
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