表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
とある傭兵の勘違い伝承譚~前世でゲームを作り続けて過労死した記憶を引き継いだおっさん、ゲーム世界にて神話になる~  作者: 間野ハルヒコ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

30/33

30.カルド・ブラックフォージ男爵の華麗なる前進2

 古びた街道を進む馬車の中で、カルド・ブラックフォージ男爵は剣呑な雰囲気に包まれていた。


 なんとなく居心地が悪いのだが、カルドにその理由はわからない。


 だが、周囲の兵たちには明白だった。


 カルドが兵に舐められる度に兵を殺そうとするからである。


 カルドにしてみれば、君主である自分を馬鹿にするなど死罪に値するのは当然。つまり殺されて当然。


 実際、それはどこの貴族であっても同じことだ。


 しかし、それが機能するのは君主が敬意を支払われている間だけ。


 評判が地の底まで落ちつつある今のカルドは死刑をもってしても、統制を維持することが難しくなってきた。


 兵も今でこそ黙って処刑されているが、そろそろ言うことを聞かなくなって反旗を翻しそうだった。


 だからといって、ここで優しくしたらどうなるか。

 つけあがってくるに決まっている。


 そうなればカルドの地位はおしまいである。


 ならばこそ、絶対君主として振る舞い。無礼には死を与え続ける他ない。


 カルドが置かれている状況はおよそそのようなものであった。


「おい、何をチンタラしている! 早く進まんか!」


(くそ、このカス男爵がぁ)


 御者台で馬を駆る若き兵は憎しみに燃えていた。

 

 若き兵は先日、訓練場で友人のブランを亡くしている。


 ちょっと悪口を言っただけで、見せしめとしてカルドに殺されたのだ。


 友人を殺された直後にこうも近くで命令を遂行しなければならない。

 人としての配慮のなさに辟易したし、憎悪は増すばかりだった。


 再度補足しておくと、平民が貴族の悪口を言えば殺されてもおかしくはない。

 当時の倫理観としては当然のことである。


 しかし、人の心はそう簡単に割り切れるものではない。


 誰だって死にたくはないし、友を殺されたくはない。

 蔑ろにされてなお、信じることは難しい。


 若き兵はひっそりと心に刃を携える。

 

 この男は許しておけぬ。

 隙あらば殺してやる、と。


 若き兵は憎悪に駆られるばかりで大局を見れてはいなかった。


 戦争状態のブラックフォージ領で男爵が暗殺されたら、保たれていた均衡が崩れ敵が流れ込んでくるのは自明。


 ブラックフォージ領は崩壊し、自分だって死ぬかもしれないのだが…そこまで頭は回らない。


(殺してやる)


(殺してやるぞカルド・ブラックフォージ)


 そうした感情を持つものは既にたくさんいる。


 馬鹿なことだと思うかもしれないが、末期戦争中の国ではよくある光景だった。


 こうなれば組織は泥沼の中で自壊へと突き進む他ない。


「おい! 馬車を停めろ! あれはなんだ!」


 カルドがそう命じて、若き兵が馬車を止める。


 まだ春にもなっていないというのに、ミュルカ村の周囲に金色に輝く麦が実っていた。

 

 確かにそうした報告は聞いていた。

 聞いていたが、何かの与太話だとカルドは鼻で笑って信じなかった。


 ただ、こうも目の前に広がっていると信じるほかない。


 ザザザ、ザザザザと、麦が揺れる。

 大自然がもたらす大いなる恵みにカルドたちは圧倒された。


「なんだ…この美しさは」


「黄金の麦が…どこまでも広がって…」


 復讐に生きた男が偶然に虹を目撃したことで心洗われ、刃を捨てたことがある。


 何を単純な、と思われるかもしれない。

 だが、娯楽に乏しいこの時代において、自然がもたらす美の威力は別格だった。


「む、村人を呼んで来い! 説明させろ!」


 カルドは勇者暗殺という邪悪な目的も忘れて、ミュルカ村の村人を呼び寄せた。


 呼び立てられた、賢そうな村長が告げる。


「これは豊穣神アグリオンの奇跡です」


 これは勘違いでそういうことになっただけなのだが、頭が良さそうな村長があまりにも堂々と言うので、カルド達は一瞬でその言葉を信じた。

 

「神の御業がここに…」


「なんという幸運か…」


 カルドは考える。

 この崇高な偉容に傷をつけることなど許されぬ。


 君主として手厚く保護しなければ。


「男爵、カルド・ブラックフォージが命ずる! この奇跡をブラックフォージ領の保護下に置く! 兵を駐屯させ、野蛮な賊からミュルカ村を守るよう取り計らえ!」


 いきなり貴族から手厚い保護を受けた長老は驚いた。


「よ、よろしいのですか!?」


「男爵として当然だ。もっとも、兵はタダではない。いくばくかの麦は収穫させてもらうがな」


「あ、ありがとうございます!」


 賊に村が占領される絶望の未来が立ち消えたことで、村長は心から安心した。


 カルド男爵は市井の生活になどまるで目を向けないドケチだという噂だったが、案外いいところもあるようだ。


 麦だってこんなにあっても困ってしまう。

 収穫してもらえるなら人手不足も解消できるし、いいことづくめ。


 これでミュルカ村は安泰だ。


 兵たちもカルドの事を少しだけ見直した。


 仲間を殺された恨みが解消されたわけではないが、君主としてまともなこともするんだなぁと安堵した。


「さて、記念に一束ほど麦を刈らせてもらおうか」


「どうぞどうぞ」


 当時の貴族の儀式として、支配下に置かれた土地の作物をひとつかみ収穫するというものがあった。


 カルドもそれに習い、黄金麦を一束刈る。

 剣で刈る姿はちょっと不格好だったが…どうにか麦を刈り天に掲げる。


 それはカルド・ブラックフォージがこの土地を支配したという証。

 天の許諾を得るための儀式であった。


「神よ。我がこの土地を安堵することを認めたまえ!」


 神々しい輝きが天から降り注ぎ、カルドは光に包まれた。

 民もカルドを注目している。


 ようやく君主らしいことができてカルドは誇らしい気持ちになったが、どうも様子がおかしい。


 カルドというより、カルドの足元を注目しているように見える。


(どういうことだ?)


 不審に思ったカルドが足元を見ると、先程刈り込んだ麦が、もうにゅっと伸びていた。

 しばらく見つめているうちに元の高さまで成長し、何事もなく風に揺れている。


 こ、怖っっっ!


 明らかに人ならざる者の力を感じる。

 神の奇跡もここまでくると怖かった。

 

 ミュルカ村の住民はもう慣れているのでうんうん頷いているが、初めて見るカルドたちは喜びよりも恐怖が勝る。


「そ、それでは今後ともこの土地をよく治めるようにっ! いざゆかん!」


 そう早口で言うとカルドは馬車に乗り込んでブラックフォージ領の境界へ向かう。


 ぴかぴか光るひとつかみの麦と共に馬車に揺られていると、カルドは奇妙な気持ちになった。


 神の一部と共に同行しているような畏怖を感じるのだ。

 

 この黄金麦を見つめていると、黄金麦もまたカルドを見つめているような気がする。


 カルドは当初の目的を思い出す。


 災害で怪我をしているであろう勇者たちを隙あらば殺そう。

 でも、それを理由に兵を動かすのはアレなので災害視察というテイをとろう。


 ちなみに殺す理由は気に食わないからである。


 カルドが居城を飛び出したのはそうしたみみっちい理由からであった。


 黄金麦がカルドを見ている。


 カルドは神のまなざしを受けているような気持ちになって、己の愚かさを恥じた。

 私はいったい何をしていたのか。


 黄金麦がカルドを見ている。


 神の奇跡への畏怖が、無言のままカルドの裡に規範を作る。


 この麦に恥じぬ行いをせねばなるまい。

 そうカルドは勝手に決心した。


 

 記録によれば、カルドはこの時期からぱたりと味方殺しを止め。

 まるでこれまでの行いを償うように、善良な君主として立ち回るようになる。


 もっともそれは後世から見たカルドの話。

 この時点のカルド・ブラックフォージはまだまだ未熟なままであった。



 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ