3.農地作成
その日、オズワルドが石臼のことは内緒にしておくようにと伝えるとノーラは元気に「わかった!」と言って帰っていった。
目がキラキラしたノーラが秘密を守るのは無理だろう。
最近村に居座らせてもらっているオズワルドとしては、できるだけ村人達を刺激したくなかったが、こうなっては穏便にはいかなくなった。
歓待されるか追放されるかの二択になるだろう、とオズワルドは考える。
追放される前にできる限り石臼を調べ尽くす必要がある。
石臼を盗めば調べ放題だが、そうした悪事をオズワルドは嫌っていた。
しばらく石臼を調べてみるとオズワルドはモーションを調整できることに気づく。
【チート・クラフト】!
発動とともに前世の記憶に脳を焼かれるオズワルド。
「ウウ……。理不尽な仕様変更…あ、頭が…。いや、まだだ!」
流れ込んでくる前世の記憶に心折られかけながら、どうにか踏みとどまる。
20年もの冒険によって鍛えられた心が、神すら殺した苦痛に耐えたのだ。
「よし、これでなんとか。な、なるほど、こうするとゆっくりに。で、こうすると早く…。このモーションアセットとかいうのは何だ?」
同じ石臼の動きにも「重そうな動き」とか「軽そうな動き」がある。
オズワルドは石臼を操作し、様々なモーションを作成していく。
「IF構文? もしこうだったらこうするってことか…」
特定の条件になったら石臼の動きを変えることにも成功した。
これでノーラがうっかり石臼に指を突っ込んでも怪我させる前に止まるな、とオズワルドは思う。
「できることが多い……。光りながら回るとかもできるのか。なんだ音が出たぞ! 音も…変えられるのか」
それから三日が経過したことに気づいたのは、空腹で身体が動かなくなってからだった。
「おかしい。体感では一時間しか経過してないはずなのに、太陽が三度も巡っている。食料はあるのに、楽しすぎて口に運ぶ時間すら惜しい……」
明らかに自分が異常をきたしているとわかるものの、手が止まらない。
原因はわかりきっている。
クラフトが面白すぎるのだ。
これではいけないと思い、なんとか外に出る。
「月が…きれいだ」
心地よい夜風。
奇妙な充足感があった。
「前世の俺もこんな気持ちだったのだろうか」
三日粉挽き小屋に籠もっていたので身体がふらつく。
「ここは…そうか。そうだったな…」
オズワルドの目の前には荒廃した農地が広がっていた。
オズワルドがブラックフォージ男爵家から追放されてから、ブラックフォージ家は南東にあるグレイフォード男爵領と戦争を始めた。
元々ブラックフォージとグレイフォードは仲が悪かったが、まめに手紙を書いてグレイフォードをなだめていたオズワルドがいなくなったことで、小競り合いが始まった。
カルドが【剣聖】のスキルを得たのもよくなかった。
強力なスキルを鼻にかけたカルドはことあるごとにグレイフォードを挑発し、本来数ヶ月で収まるはずだった小競り合いは悪化。
20年が経過した今でもブラックフォージとグレイフォードは争い続けている。
その結果がこれだ。
荒廃した農地は固く、もう何年もまともに作物が育てられていない。
もうミュルカ村には作物を増産する余裕がないのだ。
ブラックフォージ男爵領はゆっくりと衰退していくだろう。
男爵家は自業自得で済むが、領民であるノーラたちのことを考えると心苦しかった。
「ま、だからって俺ができることなんてほぼないんだよな」
ブラックフォージとグレイフォードが戦争を続ける以上、領民が飢えるのは必定。
かといって、あの男爵たちが戦争を止めるとは思えなかった。
若い頃は革命も考えたが、内乱を起こしている間にグレイフォードに攻め込まれるか、北部から交易路を押さえつつ静観を続けるアルメリア子爵に寝首を掻かれるだろう。
何らかの奇跡でも起きて勝手に麦でも生えてくれば話は別だが、そんな都合のいいことが起こるわけがない……。
よく考えてみれば、石臼を回せたところでなんだというのだろう。俺の仕事が暇になるだけじゃないか。やはり、俺は大したことないな。
そう思った矢先、オズワルドは奇妙なものを見た。
「なんだあれは」
荒れ果てた農地の上空に巨大なツルハシのようなものが浮遊している。
一定間隔で光りながらピコピコ上下しているあの奇妙な挙動は、石臼の上に出ていた矢印に似ていた。
意識をツルハシに集中すると【農地作成】と表示される。
石臼の時は【まわす】を押したら石臼が回転した。
だとすると今回は【農地作成】を選ぶだけで農地ができることになる。
視線を合わせると「こんなのができますよ」とばかりにたわわに実った麦の絵が表示された。
はは、そんな馬鹿な。
農地を作るというのは大変なんだぞ。
耕し、水を撒き、何十人もの人が何ヶ月も何年もかけてようやくできるのが農地だ。
撒いた種が芽吹くかは天候にもよるし、作物が病気になることもある。
第一、今は冬の終わりで収穫の季節じゃない。
そんなことを考えていたら空が白んできた。
夜明けか。
オズワルドは三徹明けのぼんやりとした頭で考える。
まぁ、やるだけやってみるか。
どうせ素材不足で無効だろうし。
……ポチッとな。
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【チート・クラフト】:レベル2
【ワールド】
・SLG『文明の箱庭』:レベル1
ワールドスキル
【農地作成】
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陽光が闇を裂き、地平を照らし始めたその瞬間。
巨大なツルハシが地面に刺さり、荒れ果てた農地が黄金色に輝き出した。
「は?」
黄金が波打つように広がり。
ものの数秒で見渡す限り一面の麦畑が生成されていく。
「ありえない」
麦畑に踏み込むと、土がフカフカだった。
大粒に実る麦を直接かじるとほのかに甘い。
「ちゃんと食える。食糧問題が完全に解決したな……」
だが、こんなことが。
こんなことが許されていいのか?
「あ! おじさんだ!」
「これおじさんがやったの⁉ すごい! すごい! すごーい!」
げっと思って振り向くと、ノーラが俺を指さしていた。
天真爛漫なその瞳が、前世の記憶と重なる。
それは魂の奥深くに刻まれた。神のトラウマ。
『すげえ! ナオト! お前、天才なんじゃねえのか⁉ 20人チームで数年かけて作ったデータが一日で……』
いや、毒島プロデューサー。
僕はちょと自動化しただけで……それに数年前とは使える技術も全然違いますし。
実務経験はみんなの方が上ですよ。
『いやいや! 謙遜すんなって! なるほどなぁ。私もいい拾い物をしたってわけだ。じゃ、あいつらクビにしてくるから』
ま、待ってください!
なんでそうなるんですか!
『だって、ほら。生産性のないやつはいらないだろ』
そんな、非人道的すぎますよ。
『何言ってんだ。プロデューサーは私だぜ』
お願いですから、やめてください。
僕はみんなと仲良くゲームを作りたいだけなんです。
『甘いなぁ。ナオト、これはお前のために言っているんだが……。ま、そのうちわかるか』
・・・
え、みんな辞めるって。何でですか!
毒島プロデューサーに辞めろって言われたんですか? それなら!
『だから違えって言ってんだろ』
じゃあ、なんで。
『なんでだと…!』
『やめろスガ!』
『チッ、これだから天才は』
ど、どういうことなんですか。
『本当にわからねえのか? だったら教えてやるよ。こっちはな何年もかけて作ったデータより、遙かにクオリティの高いデータをとんでもねえ速度で量産されてんだよ』
『時間かけて作ったデータでもクオリティが低いならボツになるのは仕方ない。その理屈はわかる。俺たちもプロだからな。それでも、作った物がすべてボツになるとわかっていながら作り続けるほど不毛なことはないんだ』
全ボツ……。
毒島プロデューサーがボツにしてるんですか?
『~~~ッ。違えよ! 何でも毒島のせいにするな! 俺たちから見ても俺たちのデータより、お前のデータの方が上なんだ! 言わせんな! 俺たちがここにいる意味は何も、何もねえんだよォ!』
だ、大丈夫ですよ先輩!
僕の制作速度が早いのは作業ごとに補助ソフトを自作して効率化しているからです。これをみんなも使えば……。ちょっと扱いには慣れが必要かもしれませんけど…。
『もういいんだ』
『もうみんな疲れたんだよ。お前と仕事するの』
そんな……。
僕は…みんなとゲームを作りたかっただけなのに。
――――――――――
【クエストクリア】はじめての農業
【チート・クラフト】がレベル3になりました
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【チート・クラフト】:レベル3
・SLG『文明の箱庭』がレベル2になりました
ワールドスキルが追加されます
【新たなワールドがアンロックされました】
・???
ワールドスキルが追加されます
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一面の麦畑を背に、オズワルドは前世の記憶を受け止めていた。
夜空に輝く月が、啓示のように男を照らす。
【チート・クラフト】にコストを必要としない理由はクラフト対象がモーションだからではなかった。
石臼も麦畑も、前世の俺が0から作ったものだったんだ。
その際に使用した材料は?
少なくともこの世界からしてみれば急にそれが現れたようにしか見えない。
だから、ノーコストでクラフトできるのか?
つまり…前世の俺が創造したのは……この世界そのものだ。
感激したノーラがオズワルドに話しかけるが、オズワルドは別のことを考えていた。
今は喜んでもらえているが、村人達が俺の生産速度を上回るのは不可能だろう。
このままミュルカ村に残ったとしても、いずれは前世と同じことになる。
もし、そうなったら……。
勘違いである。
残れば、普通に歓待されるだろう。
しかし、前世の孤独がオズワルドの思考を歪めていた。
強さは畏怖される。
嫉妬され、嫌われ、憎まれる。
みんなでゲームを作りたかっただけなのに。
皆、化け物を見るような目をしていた。
前世の悔恨がオズワルドにこう結論させる。
もう、ここにはいられない。と。
「え、おじさん。どこいくの? おじさん、帰ってくるんだよね⁉ おじさん?」
オズワルドは金色に輝く麦畑をかきわけながらミュルカ村を去って行く。
どれだけ多くを愛しても。
どれだけ多くに愛されても。
受け取ることができなければ、その者は孤独である。
どんな力や名声を得ても、世界を何度救おうが、同じ事だ。
男は自らの歪みに気づかぬまま、闇に消える。




