29.カルド・ブラックフォージ男爵の華麗なる前進1
カルドはいらだっていた。
八つ当たりに兵に向けて【ライトニングスラッシュ】を放った直後、人間業とは思えない衝撃波がブラックフォージ男爵領に響いたからだ。
民が言うには巨大な一撃が天を貫き、雲を刈り取ったらしい。
カルド渾身の一撃の威力を知らしめるためにやったのに、その直後にあんなことが起きてはカルド男爵サマも大したことないな。と思われてしまう。
おそらくは強力な魔法の仕業に違いない。
少なくとも剣を振ってどうにかできることではないだろう。
いや、あいつなら或いは……。
ちくり、と不快な感情がカルドの胸の奥を刺す。
かつて、唐突にブラックフォージ領の各地に魔物が出現するようになったことがある。
ただでさえ、父ドラザールが始めたグレイフォードとの戦争に兵を割かれているというのに、魔物との戦いにも対処しなければならなくなったカルドはやむなく冒険者ギルドの力を借りることにした。
ハッキリ言って、カルドは冒険者ギルドというものが嫌いだ。
なんというかうさんくさいのだ。
なぜあのようなならず者達が国境すら越えて民草に支持され、好き勝手武力を行使することを許されているのか。まるで理解できない。
一攫千金を夢見て危険な魔物と戦い、ダンジョンを踏破する。
そう言えば聞こえはいいが…その実体は身元不明な馬の骨の集合体である。
飢えれば野盗に身をやつす者だっているだろうし、まったく信用ならない。
やりようによっては、敵の懐に自軍の武力を浸透させることすらできるわけで、普通に危険だった。
しかし、背に腹は代えられない。
カルドは冒険者ギルドの領内進出を許した。
すると、冒険者たちの活躍はめざましく。
勇者だなんだともてはやされるキラキラ顔の男がパリッとしたやつらをサクッと集めて、ババッと魔王を倒してしまった。
(え、うちの領の森って魔王とかいたんだ…コワ)
カルドは心底驚いたが、驚いていないフリをした。
ヘタをすると監督不行き届き扱いで王からお叱りを受けてしまうかもしれない。
最悪、ブラックフォージ領を治める資格なしと男爵の爵位を返上させられてしまうかもしれない。
カルドは恐れおののいた。
どうか穏便に大事にならないようにと魔王の存在ごともみ消そうとしてみたが失敗した。
冒険者とかいう名声に目がくらんだやつらはとにかくおしゃべりなので、カルドが口封じするよりも先に魔王討伐の報が大陸全土に轟いてしまったのだ。
オマケにもみ消そうとしたこともバレて噂になったので、カルドはすごく肩身が狭くなってしまった。
どうせ魔王とかいうのも大したことなかったに違いない!
雇われ風情が、このカルド・ブラックフォージ男爵の恐ろしさを知るがいい!
知らないのかァ!? 私は【剣聖】だぞォ!
カルドはそう言って剣を取り、勇者たちに逆恨みして襲いかかった。
しかし、そろそろ剣の間合いに入ろうかというところで、恐ろしい殺気を感じて総身が凍り付く。
どこかで見たことがあるようなローブ姿の男だった。
だが、どこで見たのか思い出せない。
ローブを深くかぶっていて顔もよくわからないが、とにかく心を見透かされるような気がして恐ろしかった。
賢明なる読者諸君はお気づきだろうが、勇者と同行していた若きオズワルドが睨んだのである。
そうしてカルドの脚が止まった瞬間。
勇者パーティの一人、異国の剣士チトセが既に抜刀していた。
「【因果切断】。その心…ここに両断する」
カルドの背後で玉座が真っ二つに割れる。
家臣にはカルドごと斬られたように見えていたが、カルドは無事だ。
カルドは何をされたのかわからない。
何かを斬られた。という実感だけがあった。
戦って勝てる相手でないことだけは確かだ。
これまで何度内政に失敗しても、カルドは耐えられた。
紙と口で戦うなど、軟弱者の言い訳。
最後にモノを言うのは本物の才能。
持てる力の多寡だけだ。
即ち、【剣聖】の才能ある私こそがこの地を統べるに相応しい!
そう思っていたからこそ、自分より力ある者の存在が許せなかった。
カルドの理論は弱肉強食だ。
その理論に沿うならば、この地を統べるのはカルドではなくチトセ。
チトセと肩を並べる勇者とその仲間たちということになる。
どこの馬の骨ともわからぬ者たちに、この地位を譲れというのか。
誰もそんなこと言っていないのに、カルドは勝手に憤慨した。
自分よりも強いものがうじゃうじゃいる。
その当たり前の事実にカルドは耐えることができなかった。
だから、我を失った。
激高し、勇者達にめちゃめちゃにわめき散らして、気がついた頃には勇者たちはいなくなっていた。
それは単にカルドが呆れられただけなのだが、敗北を受け入れることができないカルドは後日高らかに勝利を宣言し、さらに家臣たちに呆れられた。
そこから先は転がる石のようだった。
何をしても空回り、精神は混迷を極めていく。
力を…もっと力をと剣に熱を上げることもあれば、急に何もかもやる気を失って魔法使いになりたいなどと口走るようになった。
そんな最中に起きたのが、あの天を突く一撃である。
チトセか?
あの女の剣技ならばあるいは。
おのれチトセと思ったものの、まともに戦ってカルドが勝てるわけがない。
ぐぬぬ、どうしたものか。
そこに更なる一報がカルドの耳に入る。
グレイフォードとの境界付近に巨大な石の雨が降ったらしい。
聞いたこともない天変地異が起きたのだ。
もしや、あの勇者一行は此度の災害に巻き込まれているのではないか?
だとしたら、目に物言わせるチャンスだ。
災害の視察だと言えば領主がやってくるのは不思議ではないし、勇者たちが無事だったなら見なかったフリをして帰ればいい。
もし、満身創痍で死にそうだったらとどめを刺せてオトクである。
ちなみにグレイフォードと一戦交えるつもりはない。
今戦えば確実に負けるからだ。
「おい、ありったけのポーションをかき集めろ! ソルディア川流域へ向かうぞ!」
カルドは少しでも自身の勇猛さを誇示するために荒々しく宣言する。
最近、ずっと傭兵たちに戦いのほとんどを任せ、ケチケチし続けてきたカルドが急に勇猛さを発揮したので兵たちは気味悪がった。
え、今からグレイフォードと全面戦争するつもりなのか?
そんなぁ、聞いてないよ。
災害だっていうけど、敵の魔法だったらどうするんだ。
オラ死にたくねぇ!
軟弱な兵士たちを見てカルドはブチギレた。
カルドだって今のところグレイフォードと戦うつもりはないが、軟弱者は許せない。
力ある者だけが民を守れるのだというのに。
民を守る兵が、なんだその軟弱は! ふんがー!
さらに怯える兵士たち。
言っていることは立派だが日頃の行いが悪すぎて全然心に響かなかった。
だって、現実的にムリだし。
矢面に立つ予定のない家臣たちがもじもじと告げる。
「その…。すみませんがもうポーションはほとんどなく…」
「冒険者たちへの報酬を工面するために売ってしまったこと。お忘れではありますまい」
「ううむ、いざしかたない。ハイポーションを出しても構わんぞ!」
「そんな高いもの、うちの領にあるわけないじゃないですか!」
家臣にたしなめられてしまった。
カルドはみんなの前で怒られて恥ずかしくなった。
「ええい! また小難しいことを! 足りないのなら薄めてかさましでもせんか! 私はすぐに出る! お前たちもついてこい!」
災害視察に出て手ぶらでは、また家臣に「ただ苦しむ民を見て帰るだけですか、ヤレヤレ」とバカにされてしまう。
カルドはもうこれ以上、バカにされたくなかった。
薄まっていようがポーションはポーション。
形だけでもいたわってる感じがすればいいはずだ。
カルドはそう思った。




