28.ハイポーション999個作成
翌日、レティが目覚めるとそこはハイポーションの海だった。
「な、何なにナニ!?」
ベッドの下がみっしりとハイポーションで埋まっている。
そもそもポーションは高価だ。
ハイポーションはもっと高価である。
こんな文字通り掃いて捨てるほどある状況は異常だった。
「レティ、起きたか」
「オズワルドさん…これはいったい……」
オズワルドは説明しようとして、やめた。
少し早起きしたオズワルドがレベル23になった【チート・クラフト】の性能を試していたところ、新機能『個数選択』を発見し999個のポーションをポチっと作成してしまった。
こんなことができると知られれば、ハイポーションの値段は暴落するだろう。
ついでにポーションの値段も暴落するだろうし、今後オズワルドが作成するアイテムも片っ端から暴落するかもしれない。
使用できないという理由で外れスキル扱いされていた【チート・クラフト】だが、こうなってくるとある意味、外れスキルだ。
使い方一つでメテオレインが降って砦が滅んだり、暗黒破壊竜を呼び出して街が滅んだり、ハイポーションを無限に作成して経済が滅んだりするからだ。
使い手の一存で世界が崩壊するスキルなど、世界からすれば外れとしかいいようがないだろう。
もちろんそんなことになれば使い手もまとめて滅ぶだろうし、いいことはない。
「オズワルドさん…?」
オズワルドを心配してレティが再度話しかけてくる。
レティはオズワルドの能力を【アイテムボックス】による収納能力だと勘違いしている。
レティからすれば取り出したハイポーションをオズワルドが収納し直せばいいだけの話だが、オズワルドの【チート・クラフト】は作成できるだけだ。収納はできない。
作ってしまったものは仕方ないので。
「レティ、このハイポーションやるよ」
「ええ!? い、いいんですか!?」
【アイテムボックス】を持つレティなら収納はできる、できるが…。
「ちょ、無理です。入らない…入りませんこんなの!」
いかんせん数が多すぎた。
レティも気合いを入れてみるが99個までが限界だった。
ハイポーションはあと900個ある。
「……がんばればいけるんじゃないか?」
「オズワルドさんなら入るんでしょうけど、私には無理ですって! 無理です!」
オズワルドでも無理である。
だが、そう説明するわけにもいかない。
考えれば解決法を思い付くことくらいできそうだが、オズワルドは寝起きでけだるかったので、とにかく働きたくなかった。
もうレティに丸投げしよう。
「何もここですべて収納する必要は無いだろう。どうするべきか、少し考えてみたらどうだ?」
そこまで言われてレティははっとする。
今後、大量の在庫を抱えて困ることだってあるはずだ。
これはそのための予行練習。
そういうことなんですね! オズワルドさん!
「……ま、まぁ。そういうことだ」
適当に言っただけである。
レティは商人なんだし、うまく売りさばくことくらいできるかもしれない。
だが、完全に丸投げというのもかわいそうだ。
「俺に手伝えることがあるなら何でも言ってくれ、それくらいはしたいからな」
これ以上何かしてもらうなんてとも思ったが、ヘタに奥手になられてもオズワルドだって困るだろう。
今、求められているのは商人としての手腕!
そう言われてレティは少し考え、オズワルドに木箱を出してもらうようお願いした。
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【チート・クラフト】:レベル23
【ワールドチェンジ】
・SLG『文明の箱庭』レベル19
検索…
【木箱作成】×10◀ピッ
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ドサドサと、いともたやすく木箱が現れる。
これに二人がかりでハイポーションを詰めた。
「一箱50本くらい入りますね。じゃあ、箱は合計で18個欲しいです。つまり、あと8個ですね」
――――――――――
【チート・クラフト】:レベル23
【ワールドチェンジ】
・SLG『文明の箱庭』レベル19
検索…
【木箱作成】×8◀ピッ
――――――――――
合計18個の箱にポーションを詰めると、なんとか馬車で運べそうな見た目になる。
グレイフォードに売るにせよ、自分の馬車に運ぶにせよ、木箱があると便利だ。
丸投げした手前、オズワルドは関心していた。
レティは人に頼ることができる。
これはできないやつは本当にできないことだ。
前世のオズワルドは生涯できなかった。
レティはこのハイポーションで何を買うのだろう。
金貨に交換してもいいし、物々交換でもいい。
だいたいのものは買えるはずだ。
もっとも、この砦に売り物があるかはわからんが……。
「オズ、先程から物音がすると報告があってな。すまないが入るぞって、なんだその箱は!」
物音を不審に思ったミレイユが客室に入ると、木箱に驚く。
まるで倉庫であった。
「あ、ミレイユさん。先程オズワルドと話し合ったのですが、しばらくここに泊めてもらおうと思いまして。こちら、宿代代わりのお礼の品です。お受け取りください」
「泊めるのは構わないが、この中身は一体…。ハイポーションじゃないか! それも、こんなにたくさん…」
レティは商人の笑みを顔に貼り付けた。
にこにこと笑みを湛えたまま、ミレイユに話しかける。
「ブラックフォージもバカにならないでしょう?」
戦時中、不足しがちな回復薬。
それも高価なハイポーションを大量に敵に送る?
木箱に梱包されているところを見るに、あらかじめ準備してきたのだろう。
ブラックフォージは慢性的な財政難と聞いていたが、この様子では怪しい。
何せ敵に送るほどポーションが余っているのだから。
ミレイユは確信する。
レティは間違いなく和平交渉のためにグレイフォードへ来た。
これは「あなたたちの軍門に降るつもりはない」という意思表示なのだ!
……すべて誤解である。
「まったく、驚かされますね。これでは攻めるに攻められない」
「攻め…? あの、ハイポーションはお嫌いですか?」
「いえ、とんでもない。安堵していたところです。部下をみすみす死地へ送らずに済んでよかった」
ミレイユの言葉の意味はよくわからなかったがレティはとりあえず頷く。
笑顔の裏でレティもまた安堵していた。
オズワルドに木箱を用意してもらえなかったら、ミレイユに床に散らばったハイポーションを拾わせるか、山のようになったハイポーションを安市場のたたき売りのように投げ売りするところだった。
それではどちらにせよミレイユに屈辱を与えることになっただろう。
大切に梱包されているだけで商品の価値は跳ね上がるし。
人間は蔑ろにされるより、尊厳を守られた方が喜ぶのだ。
まぁ、損と言えば損ですが、在庫一掃セールということで……。
あれ? よく考えてみたら大損では?
レティはつまるところ、ブラックフォージ領の使者としてグレイフォードを牽制しょうとはまったく考えていなかった。
彼女がやったことと言えば、急にミレイユがやってきたので慌てて全部あげちゃっただけだ。
なので。
もう少しうまくやればいくらかお金になったかもしれないのに~! 商人失格だぁ~!
と、後になって後悔することになる。
レティ本人は知る由もないが。
神代の大商人レティシア・ノーランが独り立ちしてからの初めての買い物は一晩の宿であり平和でもあった言われている。
古文書に記された「平和を買った」という記述に後世の歴史家は頭を悩ませることになるのだが、その内訳はだいたいこんな感じであった。




