27.誰かの過去は誰かの未来
翌日、グレイフォード境界警備隊の砦にて。
オズワルドとレティは客室で寝泊まりしていた。
オズワルドは当初、別々の部屋にするよう手配しようとしたが、レティとミレイユに止められ、レティと同部屋になったのだ。
「気を遣っていただけるのはありがたいですが、護衛は必要です。もちろんミレイユさんを信用していないわけではありませんが…」
「ご配慮ありがとうございます。レティ様。この件は誰にも他言しません。ただ、それ故に何か部下が不快な思いをさせる可能性もあります。おっしゃる通り、オズを引き離すのは得策ではありませんね」
オズワルドからしてみれば、こんなおっさんと同じ部屋は嫌だろうという配慮からだったが、余計だったらしい。
流石にベッドは別である。
「オズワルドさん、本当にありがとうございました」
レティも流石に計画のずさんさに気づいていた。
荷物をかき集めて衝動的に始めた旅。
まず一人ではブラックフォージの境界を通り抜けることができなかっただろうし、ソルディア川に橋をかけたのはオズワルドだった。
うまくソルディア川を通過できても、グレイフォードの砦で足止めされていたはずだ。
何もかも土台無理がある計画だったのだ。
オズワルドが助けてくれたから、たまたまうまくいっただけに過ぎない。
レティがそんなことを言うと、オズワルドは横になったまま笑った。
「はは、いいんだよ。お前は若いんだから。どんどん人に頼ればいいんだ」
「でも、私。何も返せなくて…」
そう言うレティにオズワルドは続ける。
「俺もそうだったからなァ…」
一切のスキルを使用できなかったオズワルドがなんとかやってこれたのは、旅の途中で多くの人々に助けられたからだ。
借りを返すどころか、死別し、もう二度と会えない人もいる。
だから、若い奴を助けるのだ。
かつて自分がされたように。
「まぁ、あれだ。レティ。お前が大きくなったら今度はお前が若い奴を助けてやればいいんだ。だから、気にすんな」
それにな。
別に俺は誰でも助けるわけじゃねぇよ。
「え、じゃ…じゃあ。なんで助けてくれたんですか?」
オズワルドは押し黙る。
オズワルドはレティにかつてがむしゃらに生きようとした自分の過去を重ねていたことに気づいたのだ。
「……内緒だ」
「ええー! それはないじゃないですか!」
「絶対に内緒だ」
「お願い! いいじゃないですか! 教えてくださいよー!」
年相応の言動になったレティにオズは笑いながらダメだダメだと突っ返す。
そのやりとりが楽しくて、二人はしばらく時を費やす。
部屋の前には年老いた守衛はバタバタとした音に気づいていたが、何も報告せずにいた。
守衛の口元は優しく緩んでいる。
彼もかつて何者かに助けられ、何者かを助ける道中にあったからだ。
オズワルドもレティも気づいていないが…この老いた守衛は戸口で聞き耳を立て、怪しいことがあれば報告するよう仰せつかっていた。
ミレイユの差し金である。
「そうだ。言い忘れていた。これからのことなんだが、しばらくの間ここに滞在したくてな」
「それは構いませんが…」
滞在時間が延びれば延びるほど、ミレイユについた嘘がばれる確率は高まる。
良策とは思えなかった。
「ミレイユたちに会うのも久々だしな、傭兵の身で雇い主にこんなことを頼むのも気が引けるが…挨拶くらいはしたいんだ」
そう言われては断る理由はない。
それはそれとして、レティは少し不思議な気持ちになる。
「本当に…グレイフォードの人たちと仲いいんですね」
「ああ、長い付き合いだからな」
敵対するブラックフォージとグレイフォードの間でその両方と交友を結ぶ。
綺麗な言葉で言えばその通りだが、裏を返せば裏切りだ。
その人生は悲壮なものに違いないとレティは考えていたが…別にオズワルドに悲壮感はなかった。
これは一体どういうことだろう。
「同じ人間だ。これからお前はグレイフォードで取引をするんだ。差別心があるのは仕方無いが、うまくやりたいなら表に出すな」
「……はい」
なんということはない。
オズワルドはただうまくやろうとしただけだ。
そして、うまくやるには差別心が邪魔だった。
だから消した。
オズワルドからすればそれだけの話である。
もっとも、それは誰もができることではない。
誰もができることではないが、レティがグレイフォードで商人として活動する上で必要なことだった。
オズワルドとレティが寝付くと、年老いた守衛が交代する。
そのまま司令室へと向かうと、暗がりの中でミレイユが待っていた。
「どうだった?」
「しばらく滞在したいとおっしゃっていました。皆に挨拶をしたいと」
「そうか、オズらしいな…」
「オズワルド様は何もお変わりありません。変わらず…我らの味方です」
この年老いた守衛が始めてオズワルドに出会ったのはもう十年以上前のことである。
直接会話したことは数えるほどしかないが…付き合いの長さはミレイユよりも上だった。
「もういっそのこと完全にこっちについてくれればいいのに…! グレイフォード男爵が何と言おうと副官待遇にしてみせるぞっ!」
「今のオズワルド様はブラックフォージ側の護衛という立場でしょうから、難しいでしょうね。しばし見守りましょう」
うう、でも…でも。
と、ミレイユはだだをこねる。
人前ではパリッとした素振りをしているものの、本質的には湿度の高い女だった。
「しっかりなさってください。今のあなたは司令官なのですから」
「うう、はぁい」
この年老いた守衛はミレイユのことを幼子の頃から知っている。
ミレイユがオズワルドのことを心から好いていることも知っていた。
「おそらく、オズワルド様は兵の様子を見たがるでしょうから。予定を組み直しておかれては?」
「そうだなっ! いや、その前に朝食だ。早起きしてコックを叩き起こさなければっ! というわけで、寝る!」
この恋が実ることはないだろう。
それでも人を好きになるということは尊いものだ。
かつて司令官として辣腕を振るった老爺は何も語らず。
ただ、ミレイユを見送るといつものように司令室に鍵をかけた。




