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とある傭兵の勘違い伝承譚~前世でゲームを作り続けて過労死した記憶を引き継いだおっさん、ゲーム世界にて神話になる~  作者: 間野ハルヒコ


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26.ブラックフォージ男爵家の正統後継者


 グレイフォード国境警備隊の司令室は静謐に包まれた。


 困惑するオズワルドとレティに気づかぬまま、司令官ミレイユは続ける。


「フフ…ここからは私の独り言だが…。ブラックフォージ領では大規模な内乱が起きているのだろうな。おっと、返事はしなくていいぞ?」


 そんなこと起きていないが……。


「先の大規模攻撃魔法がその証拠だ。あれほどの魔法をブラックフォージ国境警備隊のど真ん中で発動しなければならないほどの事態、そこまでして止めなければならない事態が起きていた…それは何か?」


 オズワルドはボタンを押したらなんかああなったとは言えない。

 ここはひとまず黙っていることにした。


 レティも商人の顔をしたまま、空気を読んで静かにしている。


「ブラックフォージ男爵家の穏健派からの密書と宝物。おそらくは和平に関わるものだろう。そして、その密書の正統性を担保できる血……。つまり、あなたブラックフォージ男爵家の正統後継者だ」


 げ、とうとうバレたか!?


 オズワルドは内心で驚く。


 もっとも、別に隠していたわけではない。


 オズワルドはブラックフォージ男爵家長男の名前、オズワルド・ブラックフォージを名乗り続けている。


 特に深い理由はない。

 それが本名だからだ。


 ただ、貴族の名を騙ると極刑になるからか、みんな勝手に冗談だと思い込んでしまう。


 大真面目に貴族の名を騙るなんて馬鹿なことをするやつはいないし、目の前に本物の男爵家長男がいるわけないからだ。


 写真もないこの時代に、男爵家の長男の顔を覚えている庶民などいない。十数年もの月日が流れおっさんになればなおさらであった。


「そうか……気づかれてしまっては仕方ない…。ああ、俺が…」


「そうなんでしょう? レティア様。いえ、レティシア・ブラックフォージ様」


 ええええええ!?


 レティは内心で叫んだ。

 商人としての経験がなければその場で叫びだしていたことだろう。


 逆に不安になる。

 この人、大丈夫かな?


「い、いえ。私は男爵家とは無関係で…ただの商人ですよ?」


「わかっています。わかっていますとも。ただの商人というテイでここを通過されたいということですね?」


 先程とは打って変わって貴人に対するような所作をするミレイユ。

 これはこれでまずかった。


「すみません。少し、オズワルドと話をしても?」


「もちろん。どうぞ、ごゆっくり」


 ニコ…と笑うミレイユはもはや別人だった。

 レティはオズワルドの耳に口を寄せた。


 内緒話である。


 本来、人前でこのようなことをするのは憚られるがミレイユが礼儀をもって距離をとった今なら通ると考えたのだ。


「あの。そもそもブラックフォージ男爵家に娘はいなかったはずでは?」


 レティの判断にオズワルドも乗った。


「おそらくミレイユはレティのことを男爵家の隠し子だと思い込んでいる」


「隠し子…?」


「ミレイユはブラックフォージ家は次男カルドと隠し子レティシアの派閥で二分し、穏健派のレティシアがカルドを押しのけて和平を結ぼうとしていると思い込んでいるのでは?」


「なんというか、想像力たくましい方ですね」


 ミレイユも大概だが、レティも大概である。

 オズワルドは何か言いたくなったが、今はそれどころではない。


「せっかくだ。一切の言質を取らせずに思い込みを利用しよう。できるか?」


「任せてください」


 短い言葉には覚悟が宿っていた。

 これから先、様々な商談の場にあたることになるだろう。


 レティはただ誠実に振る舞えばそれだけですべてがうまくいくはずだと思っていた。


 しかし、今は違う。


 ミレイユの勘違いを否定してすべてを説明したところで、こちらの立場が悪くなるだけ。


 こちらの手札が大したことのないただの駆け出し商人だと気づかれれば、ミレイユは間違いなくオズワルドを奪りに来るだろう。


 ここでオズワルドを奪われるわけにはいかなかった。

 

 それに、この場を通過すればいいだけなら、もうミレイユと出会うこともないのだ。


 余計な約束をせず、相手の思い込みを利用し、利益を出す。


 商人の手管を獲得する必要がある。


「どうやら相談は終えたようですね」


 ミレイユにレティが相対する。

 先程のオズワルドとミレイユの舌剣を思い出した。


 私があそこまでする必要は無い。


 すでにお膳立ては済んでいる。

 オズワルドがこの場を整えてくれた。


 重要なのは、余計なことをしないこと。


 だから、私が言うべきことは…これだけ。

 そう自分に言い聞かせて、口を開く。


「ミレイユさん。あなたに言えることは何もないのです。どうか…お互いのために詮索しないでもらえませんか?」


 たった一言。

 それだけですべては決着した。


 ミレイユが人好きのしそうな顔で返す。


「もちろん、そうさせていただきます。オズワルドが手配した防御魔法がなければ、こちらも全滅でしたしね」


 レティは思う。


 面白い!

 面白い面白い面白い!


 さっきまで敵だったミレイユが今ではまるで味方のようだった。


 ブラックフォージとグレイフォードはもう何年も戦争をしてきたのに。


 誤解によってたまたまそうなっているだけに過ぎないとしても、敵だと思っていたものがこうも味方になるものか。


 レティはふと、自分がミレイユへ尊敬の念を抱いていることに気づく。


 ミレイユはこの司令室に入ってすぐオズワルドを落としに来た。

 オズワルドがグレイフォードに味方すれば、戦争に片がつくからだ。


 ブラックフォージの敗北という形で。


 だから、グレイフォードの司令官として…あの情に訴えかける行動は正しい。


 おそらくは戦略的な行動なのだろう。


 そしてレティがブラックフォージからの使者だと誤解した時点で、態度を翻したのも正しい。


 この人は私欲で動いていない。

 常に利益のために最善の行動をしている。


 たとえ誤解から正しい答えにたどり着けなかったとしても、最善の選択を選び続けている。


 そんなミレイユが今は味方なのだ。

 

 レティの想像には誤解がある。

 

 確かにミレイユは態度を翻したが、ミレイユが情に訴えたのは戦略上の理由だけではない。


 単にオズワルドを好いていたからそうしただけ。

 つまりは私欲混じりの行動だ。


 しかし、誰もがそうなのだ。

 

 自分ではどれだけ正しく現実を理解していると思っていても、何かしらの錯誤の中に生きている。


 人は皆、現実を理解しきれぬまま…それでも最善に手を伸ばし続けるのだから。

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