24.女の戦い
時は遡って2000年前。
「オズワルド…様」
「オズワルド様がお戻りになられたぞ!」
オズワルドとレティがグレイフォードに渡ると、グレイフォードの砦は一時騒然となった。
しかし、その待遇は…。
「オズワルド様、どうぞこちらへ。司令がお待ちです」
「おい、何をしている賓客が一人ついてるんだ。急ぎ司令室に戻りカップとソーサーを用意しろ」
「わ、わかってらぁ!」
「あ! 言葉遣い! バタバタしない!」
明らかに敵対している相手へのものではない。
オズワルドの態度も堂々としたもので、荷物には触るなと短く告げていた。
レティの心がちくりと痛む。
私はブラックフォージ領で親切にしてくれたメルたちを裏切っている。
覚悟してはいたものの、居心地の悪さに嫌な気持ちになった。
グレイフォードの砦は整然としていて、ブラックフォージとは明らかに物資の差を感じさせる。
ブラックフォージ領にも砦はあったが、遠目に見てもここまで立派なものではない。
まともに戦えばとっくの昔にブラックフォージは負けていそうなものである。
あれ? なんでブラックフォージは無事だったんだろう。
レティはすぐに答えを導き出す。
ソルディア川の橋がすべて落とされていたからだ。
川を渡っている間に狙い撃ちされてはたまらない。
物資に差があっても、先に攻撃する側が不利になるとわかっているならにらみ合いになるのかな?
だとしたら、オズワルドさんが橋をかけた今、ブラックフォージは…。
内心、あわあわしつつもしれっとした顔でオズワルドの後をついていくレティ。
招かれるまま司令室に入ると、女が一人窓から外を見ていた。
「来たか…」
うわ、カッコイイひと…。
それがレティから見た女の第一印象だった。
姿勢がいいからか、その双肩に乗る責任からか威厳がある。
よく見ると泣きぼくろがあった。
テーブルには珈琲カップが三つ。
レティは着座のタイミングを見計らって、声をかけられるのを待つ。
「ミレイユ…先の攻撃の件で話が…」
オズワルドの言葉を遮るように、司令ミレイユの視線がレティに刺さった。
まるで積年の恨みが凝縮されたかのような憎悪がほんの一瞬だけ、確かにレティを貫いたのだ。
え、何? 何で?
初対面だよね。私。
困惑するレティを無視するように、ミレイユはコツコツとこちらに歩き出し…オズワルドを抱きしめた。
「オズ…よく帰った。私は…私はお前がいない間…ずっとお前の無事を…。ああ、本当によかった」
その言葉自体はさして不思議ではない。
未曾有の災害じみた何かが起きた直後なのだ。
友の無事を願うのは当然だろう。
しかし……。
「オズ。もうずっとここに居てくれていいんだぞっ。衣食住すべて私が用意するし、専用の部屋も用意する、何も危険を冒す必要はないんだっ。みんな歓迎してくれるさ。一生ここで暮らしていこうっ」
ボディタッチというレベルではない。
まるで恋人のようにオズワルドを抱きしめ背中に手を回している。
メルもオズワルドを抱きしめていたけど、あれは脚にしがみついていただけだし。
どちらかというと大人に甘える子供のような仕草だった。
しかし、ミレイユは違う。
湿度が高い。
ミレイユはオズワルドをひとしきり抱きしめながら、再びレティに視線を向ける。
(オイ、この泥棒猫。奪えるものなら奪ってみろ)
ミレイユは何も発していないが、そんな幻聴が聞こえてきそうな勝ち誇った顔だった。
(この男は私のものだ)
オズワルドは確かに愛されている。
愛されているが、その愛を受け取ることができない。
その証左に、ミレイユに抱きしめられながらも、その両手は宙を泳いでいた。
いつミレイユを引き剥がそうか迷っているかのように。
レティは臆さなかった。
愛し合っているならオズワルドの意志を尊重して引き下がる選択もあった。
あったが…。
もし、そうでないなら。
「ミレイユさん、そろそろ離れてください。オズワルドが困っているじゃありませんか」
これは女の戦いである。
過去、ミレイユとオズワルドの間に何があったか…レティは知らない。
色々あったんだろう。
そして色々あった結果、この湿度の高い女はオズワルドのことを愛しているのだろう。
だからなんだというのか。
オズワルドを愛する者など、この世には掃いて捨てるほどいるはずだ。
レティは商人らしい対人戦闘用の笑顔で続ける。
「申し遅れました。私は商人のレティシア・ノーラン。ここにいるオズワルドの雇い主です」




