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とある傭兵の勘違い伝承譚~前世でゲームを作り続けて過労死した記憶を引き継いだおっさん、ゲーム世界にて神話になる~  作者: 間野ハルヒコ


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23.1850年後 マリア・アークレットの秘蹟収集 その3

 私、聖遺物収集課シスター、マリア・アークレットが商業神・レム・イーの市を抜けると、ブラックフォージ境界砦が見えてきた。


 わぁーー!

 威厳を感じさせる立派な砦!

 

 ソルディア川を挟んだ先、グレイフォード側にも砦が見える。


 こっちも威厳を感じさせる立派な砦!


 ある意味、ブラックフォージとグレイフォードは紀元前150年から今に至る2000年の間、ひたすら争い続けていると言える。


 この砦は今でこそ使われていないが、ブラックフォージが砦を華美に改築すればグレイフォードも華美に改築し、グレイフォードが実直な造りに帰ればブラックフォージも実直な造りにし、と張り合い続けているのだ。


 ちょっとバカみたいだけど、血で血で洗う戦争よりはずっといい。


 そんな時代もかつてはあったのだ。


 グレイフォード砦とブラックフォージ砦を繋ぐ古く大きな石橋の前で、吟遊詩人が一人、歌っている。



 遙かなる古代!

 大いなる神々の時代!


 人々は信仰を忘れ、驕り高ぶるゥ!


 ジャジャーン!


 吟遊詩人が楽器をかき鳴らすと。

 ワァワァとたちどころに役者が現れ、木剣で殺陣たてを始める。


「路上劇だ……!」


 この砦前は有名な観光名所なので、知名度にかこつけて野良の劇団が出るのだ。


 当然、公演許可なんてとらないゲリラ公演である。


 木剣や木盾でボコボコ殴り合う役者達。


 え、これ大丈夫? 

 思いっきりクリーンヒットしてるみたいだけど、大丈夫だよね?


 役者の一人が勢いよく蹴飛ばされて、私の横をすっ飛んで茂みに突き刺さった。


「いてぇ~! 折れたかも!」


 ダメじゃん!


 吟遊詩人がノリノリで続ける。


 グレイフォードとブラックフォージの熾烈極まる戦争は200年もの間続き!

 民は疲弊してゆくゥ!!


 今度は役者がバタバタと倒れ始めた。

 突然の非日常になんだなんだと人垣ができはじめる。


 戯神ロキ!

 

 黒いローブを羽織った男が現れて囁く。


 大いなる創造主よ!

 ヒトは正気を失い、殺し合いを始めました!


 これはもう見ていられません!


 さぁ、今こそ約定を果たす時!

 ひと思いに皆殺しにしてしまいましょう!


 ジャジャーン!


 あ、これ知ってる。

 戯神ロキの一節だ。


 いやぁ、この地域にあるとは書いてあったけど。

 本当にまだやってたんだ。



 

 戯神ロキによる裁定 3章4節



 戯神ロキは創造主との間にある約定を交わしていた。


 それはこの世界が見るに堪えず、くだらないものになったその時、世界を滅ぼす権利を与える…というものだ。


 よこしまなる戯神ロキが今か今かと人の世を見張り続けていると、遂に人々が争いを続けるようになった。


 創造主が戯神ロキに促されて地上を見ると、確かに見るに堪えない争いばかり。


『この様子なら滅ぼしてもいいだろう。

 ただし、この愚かさは見せかけだけかもしれぬ。


 人の心が本当に見るに堪えず、くだらないものであるかどうかは、このようにして確かめるように』


 戯神ロキは喜々として確かめようとする。


 まず、手始めに天から世界を滅ぼす巨大な隕石※1を落とした。


 世界の終わりだと慌てふためく人々の中から一人……ルシアンという青年を選んでこう云った。


『お前以外の全ての命を捧げるならば、お前の命を助けよう。お前の命の全てを捧げるならば、お前以外の全ての命を助けよう※2』


 ルシアンは即答した。


『私の命はどうなっても構いません! 神よ! 私以外の全てをお助けください!※3』


 戯神ロキは苦々しい顔をする。

 世界はそれほどくだらなくはなかったのだ。


『戯神ロキよ。

 見込み違いをしたな』


 創造主はその力を持って隕石を砕き、人々から破滅を遠ざけて告げたと云う。

 

 『人よ安堵せよ。

 そのうちに善あることを。


 人よ恐怖せよ。

 そのうちに悪あることを。


 ロキの瞳は永久にお前たちを見下ろし続けるだろう』と。


 ※1 初期の版では単に『石』と表現されている。当時は隕石に相当する言葉がなかった。


 ※2 これは後世の歴史家による意訳である。初期の版では『ターンを渡せ』とされている。ターンとは順番の意で、生と死のサイクルの順番を渡すと考えれば意味が通る。


 ※3 初期の版では「はい」とだけ書かれている



「ロキの瞳は永久にお前たちを見下ろし続けるだろう!」


 創造主役の白いローブを羽織った男がそう告げると、モブの役者たちが恐れおののく。

 黒いローブの戯神ロキが創造主の影のように立っていた。


 神が持つ二面性を戯画化した。本当に素晴らしい劇!

 一切の舞台装置もなく、肉体と小道具だけでここまでできるなんて! まさしくプロだ!


 劇は終わりを迎え、拍手が鳴り響いた。


 興行主らしき背広の男がシルクハットを持って、チップをもらって回っている。


 ブラックフォージ砦の守衛たちもチップを入れていた。

 本来はこうした行為を罰するための守衛だけど、今のところお咎めはないようだ。


 ただ、興行主が震え上がっているので「早く撤収しろ」って圧をかけられているのかもしれない。



「1850年。戯神・ロキによる裁定……その御業尽きず。っと」

 


 そう私は聖遺物記録に追記する。


 人々が集まる商売の場が『商業神・レム・イーの市』という聖遺物として扱われるように。


 市井の劇『戯神・ロキによる破滅』もまた…それが続く限り存続した聖遺物として扱われる。


 あんまりこういうこと言っちゃいけないんだけど。


 教会の地下で厳重に封印された聖遺物とこの劇。

 どっちが人々の心に安らぎを与えているかというと劇の方だと思う。


 ちなみに余談だけど。


 中世では誇張された表現だろうと思われていたこの神話は現代の科学調査によって、本当に隕石と同じ成分が検出されたらしい。


 まぁ、現実的に考えると隕石が落下している間にのんきに問答とかできるわけないし。

 自然災害が起きたから後付けで作られた神話なんだろうな。


 うーん、シスターとしては微妙なきもちになる。


 おっと、ダメダメ。

 シスターの私が暗い顔してたらみんな不安になっちゃうもの。


 さ、仕事! 仕事!


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