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42 託すもの、託されるもの

 振り返ったヴィクターの視界に飛び込んできたのは――、


「くっ……ううううっ……」


 倒れたリサの傷口に手を押し当て、苦しげにうめくジグの姿だった。


「ジグ……!?」

「このままではリサは死ぬ……致命傷だ……だから、僕の【停止】で彼女の死を『止め』る――!」

「ま、待って……」


 リサがジグの手を取った。


「その前に……伝える……あたしの、推測……奴の、力の正体……」

「奴の、力の正体……?」


 ヴィクターが彼女を見つめる。


「あいつはあらゆるものを【探査】できる……未来、さえも……」


 リサが苦しげな息の下で、途切れ途切れに説明を始める。


「それはつまり……未来に起こる……起こり得る、あらゆる可能性を……見つけられる……たぶん、そうなんだと……思う……」

「未来の、あらゆる可能性――」

「あいつは、その無数の未来のどれかを……自分の意思で『選択』し……『体現』できる……」


 リサの息が荒くなっていく。


 顔から血の気がさらに引いていく。


「も、もういい! リサ、それ以上しゃべるな……!」


 ジグが叫んだ。


「お願いだ――」

「自分にとって……有利になる未来を、探し当て……選び……実現する……無敵の……力……」


 リサはそこまで言うと、崩れ落ちた。


 どうやら意識を失ったようだ。




「【停止】」



 ジグは失神したリサにスキルを使用した。


 ヴ……ンッ。


 彼女の全身が淡い光に包まれる。


 同時に、呼吸に合わせて緩やかに揺れていた彼女の体が完全に静止した。


 いや――『停止』したのだ。


 まるで石像のように固まり、一切の動きが止まっている。


「はあ、はあ……こ、これで……とりあえずの『死』は……免れたはず……」


 言いながら、ジグの息遣いが荒くなっていく。


 さらに――、


「ジグ……!?」


 ヴィクターは呆然と彼を見つめた。


 土の色だった手足からさらに色が抜け、あっという間に真っ白な色彩になってしまう。


「ど、どうしたんだ、ジグ!?」

「そろそろ……限界か……魔力を使い過ぎた……らしいね……」


 ジグの声音が弱々しい。


「彼女だけは助けてほしい……僕はどうなってもいいから……」


 ふらついたジグがその場に崩れ落ちる。


「ジグ……!」


 慌ててヴィクターは彼を支えた。


「五年ほど前……僕とリサは【侵食】に遭遇した――」


 荒い息のもと、ジグが語る。


「奴はすべてを『食らう』力があるらしい……僕は『魔力』を侵食され、リサは『未来』を侵食された……」

「魔力と、未来――」

「リサは大人から子供の姿になり、今も少しずつ若返っている――いずれは無に帰すだろう……そして僕は動力源である魔力をほとんど食われて……最低限の活動しかできない……」


 はあ、はあ、とジグの息がさらに荒くなる。


「最後の魔力を振り絞って……僕は『天の遺産』を最大発動する……そして、その力で僕とリサを完全に『止め』る」

「つまり……その『侵食』がそれ以上進まないように、ということか?」


 ヴィクターがたずねると、ジグは弱々しくうなずいた。


「完全に止まるから……もう何もできなくなる……誰かの助けを待つことしか……できなくなる……」


 ジグがうめいた。


「でも、このままじゃリサは死ぬ……賭けるしか、ないんだ……」


 言うなり彼はその場に平伏した。


 地面に額をこすりつけ、絞り出すような声で告げる。


「だから……頼む……っ。リサを、助けてくれ――」


 恥も外聞もなく、敵同士だったはずのヴィクターに縋る態度――。


 それはそのままジグがどれだけリサを大切に想っているかの証でもあるはずだ。


「顔を上げてくれ、ジグ」


 ヴィクターは彼の前にしゃがみこみ、優しく微笑みかけた。


「――私にどこまでできるか分からないが、力を尽くすと約束しよう」


 真剣な表情で彼に向かってうなずく。


 それは心を込めた約束であり、宣誓でもあった。


「リサだけではない、ジグ――君もだ。二人とも助ける道を探す」

「……僕ら二人を?」


 ジグがうめく。


「戦友だろう、私たちは」


 ヴィクターが微笑んだ。


「私は自分のことすら希薄に考えるような人生を送ってきた。だが、こうして命懸けの局面を共にした仲間を得て……気持ちが揺らいだ。あなたたちを助けたい、と」

「要はお人好しなのよね」


 ローザが笑う。


「優しい、とも言うけど」

「都合のいい願いで……すまない……」

「安心して休んでくれ。後は私たちが全力を尽くそう」

「……ありがとう」


 ジグの全身が光り出した。


「僕は魔導人間……魔法技術で生み出された人造人間だ。かつて【侵食】との戦いで、ほとんどの魔力を『食われて』しまったけど、まだ少しだけ残っている。そのすべてを使って、最後の【停止】を行う――」


 さらに光が増していく。


「僕も……そして、死にゆくリサの……『死の進行』そのものも、これで完全に止まる。後は――たの……む……」


 ばしゅんっ!


 その光が弾けたかと思うと、ジグとリサは真っ白に変色した。


 凍り付いたようにすべてが止まっている。


 まるで時間そのものが凍り付いたかのように。


「待っていてくれ、ジグ、リサ」


 ヴィクターは二人に語り掛け、立ち上がった。


 決意を、新たに。


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