89.求婚の指輪
「イザベラさん、どなたか気になる方がいらっしゃるんですか?」
ドワコが二人の気持ちを汲んでイザベラに聞いてみた。
「私ではないですよ?これは妹に贈るための物です。デュラハンを狙ったのもこれが欲しくてですし。」
「「そっかぁ。妹さんかぁ。」」
二人は安心したがドワコは、トラブルの予感がして頭を抱えた。妹と言えば第2王女のイザベルの事を指しているのだろう。そしてそのイザベルの想い人と言うとリオベルクだ。そしてその婚約者として仕立てられているのがドワコだ。
「イザベラさんは妹さんの想い人ってご存じなのですか?」
「詳しくは知らないが、どこかの国の王子らしい。」
他の3人に聞かれない声でイザベラは答えた。
そして一行は街のギルドに戻り依頼達成の報告を行った。
報酬を受け取りドワコを除く4人は均等に分配したようだ。
「お疲れ様。それじゃ私たちは戻るね。また今度ね。」
「お疲れさん。またな。」
「お疲れー。」
「お疲れさまでした」
それぞれが挨拶をしてドワコとイザベラは城に戻った。
「ドワコ。今日はありがとう。あなたがいたお陰で欲しいアイテムも入り助かったわ。」
「いえ、お役に立てたようで良かったです。」
ちょうど今日の話し合いも終わったようで、イザベラと別れ、リオベルクと一緒に宿に戻った。
翌日、ドワコはリオベルクと一緒に城へ向かった。
「おそらく今日で話し合いも終わるはずだ。明日はパーティーがあり、それに出席して、その翌日は1日休み。その次の日、国に戻るために出発する。」
「わかりました」
今日も話し合いの間の時間つぶしを考えないといけないようだ。
2人は城に着きリオベルクは公王との会談、ドワコは・・・することを考えていた。
(昨日、一昨日はイザベラ様が相手をしてくれたけど、今日はどうしようかな。)
メイドに用意された部屋に案内されて特にすることもないので本棚にあった本を読んで過ごした。内容はベタな内容の恋愛小説だった。結局1冊全部読んでしまい、次の本を探す。次は戦記物の小説を読み、これがシリーズもので結局5巻あったものを途中で昼食を挟み、すべて読んでしまった。
そして話し合いも全て終わったようで、リオベルクと一緒に宿に戻った。
翌日、公務の最終日だ。これが終われば1日の休日を挟み、国に戻ることになる。
「今日は午後から出かける事になるので、それまではゆっくりとしていいぞ。」
そう言われドワコは午前中ゆっくりと過ごし、午後からリオベルクと一緒に城に向かった。
城に到着し、それぞれの控室に案内されパーティー用のドレスに着替えた。今回はマルティ王国側のメイドが付いていたので髪型も整えられ万全の状態でパーティーに臨んだ。
会場に到着すると前回と同じように色々な来場者から挨拶をされ、ドワコは受け答えをした。
「ドワコ。先日はありがとうね。お陰で指輪も完成して妹に渡す事ができたわ。指輪を見て大喜びだったから渡して良かったわ。」
この国の第1王女であるイザベラが話しかけてきた。今日はパーティー用のドレスを着ている。リオベルクに言わせると滅多に公の場では姿を現さないらしい。ほかの参加者も気になるようでチラチラとイザベラの様子をうかがっている。
「そうですか。喜んでもらえたなら良かったです。」
「あとはその指輪をどう生かすかは彼女次第ね。実際はこの国での風習だから、他国の方には関係ないかもしれませんけど、それで妹の背中を押すことができれば良いかなって思ってるわ。」
「妹さん思いなんですね」
何か起こりそうな気がするが、一応無難な返答をドワコはした。
少し離れたところに指輪の入ったケースを持ったイザベルの姿が見えた。結構目立つ体型なので遠目からでもすぐにわかる。リオベルクの元に行き何かを話した後、二人でテラスに出たようだ。
「もしかして想いを寄せている王子とはマルティ王国の王子だったの?」
本当に知らなかったようようでイザベルの行動に驚きを見せた。
「ごめんなさいね。まさかあなたの婚約者が想い人だったとは・・・。」
申し訳なさそうにイザベラは言った。
「少し気になるので後をつけてみましょう」
そう言ってドワコを連れて後を追いかけた。
あまり気乗りしないんだけどなぁ・・・とドワコは思いながらイザベラに付いて行った。
テラスではリオベルクとイザベルが向かい合っていた。
「リオベルク様。やはりわたくしは、あなたの事をお慕いしております。どうしても諦める事ができません。これは我が国に伝わる求婚の指輪です。どうかこれを受け取ってわたくしと一緒になって下さい。」
(これは、逆プロポーズというものですか。初めて見た。)
このような光景を初めて見たドワコとイザベラは興味津々に隠れて様子をうかがっていた。
「すまない。私には婚約者がいてあなたの希望に沿うことができない。」
リオベルクが予想通り、断りを入れた。
ドワコは内心ホッとした気分になった。
「やはりそうですか・・・。もうどうにでもなれですわ。あなたを殺して私も死にます。」
そう言ってイザベルは懐からナイフを取り出した。
「いけない!!」
ドワコは考えるより先に体が動いた。そしてリオベルクとイザベルの間に入った。
「ぐはぁ」
リオベルクを狙った高さだったので身長の低いドワコは肩を刺され床に転がり落ちた。
「ドワコぉ」
リオベルクはドワコを抱きかかえ叫んだ。
「ぶごっ」
抱えられたドワコは口から血を吐いた。
「あなた、なんて事をしてくださいましたの?」
イザベルが持っていたナイフをイザベラが取り上げて叫んだ。
「リ・・オベルクに怪我・・がなく・・て良かった・・・。(ヒール)」
ドワコがリオベルクに向かって言ってガックリと力を抜いた。最後の一言はリオベルクにしか聞き取れない位の小さな声だった。ドワコの片手には周りから見えないように魔法書が握られていた。そして詠唱が終わると即座に魔法書を収納した。
それに気がついたリオベルクは苦笑いをしながら、意図を理解して演技をする事にした。
騒ぎを聞きつけた衛兵とパーティー会場にいた参加者たちが何事かと集まって来た。
ドワコの口周りは吐血した血で赤く染まり、パーティー用のドレスは血まみれになった状態でリオベルクに抱きかかえられている。
「なんという事だ。どうしたのだ。」
公王が騒ぎを聞いて駆け付けた。
「お父様。イザベルがドワコを刺しました。」
と言ってイザベラがイザベルから取り上げたナイフを見せた。
既に衛兵たちがイザベルの身柄を押さえている。
「なんという事をしてくれたのだ。これは国際問題になるぞ。このバカ娘を牢に放り込んでおけ!」
公王は怒鳴るように衛兵に命令し、イザベルは牢に連れていかれた。
「すまない。なんとお詫びをして良いものか・・・。」
「それよりも、ドワコを手当てしないといけませんので一旦下がらせていただきます」
リオベルクはドワコを抱きかかえたまま控室へ行った。
そして控室に戻って来た2人。部屋に控えていたリオベルクのメイドが驚いた様子で言った。
「ドワコ様。どうされたのですか?早く手当てを。」
「いや、その必要は無いから。」
リオベルクがメイドに言った。
「え?」
メイドが固まった。
「見た目はこんなのですけど、大丈夫ですから安心してください。」
血まみれのドワコがむくっと起き上がり、何ともないとアピールする。
「ひっ!」
「メイドを怖がらせるな。これはある意味トラウマ物だぞ。」
リオベルクが突っ込みを入れた。
メイドに着替えを持って来てもらい。ドワコは新しい服に着替えた。ご丁寧に刺された所は見えるように包帯ぐるぐる巻きにした。
「それでどういうつもりなんだ?」
リオベルクがドワコに聞いた。
「飛び出したのは体が勝手に動いてなんだけど、刺されても出血の割にはダメージを受けていなかったから、口を噛んで吐血もしてみました。迫真の演技だったでしょ?」
「そうでは無くて、どうしてそのような事をしたのだと聞いているのだが?」
「ごめんごめん。実は前回のパーティーの時に、別れろってイザベル様に言われて、力ずくで解決しようとして命令した兵士に襲われたんだ。」
「そんな事があったんだ」
「まあそれは良いんだけど・・・見せしめに兵士1人に痛い目に合ってもらったから。それで一旦は黙らせたんだけど・・・。」
「ふむ」
「問題はその次の事で非常に頭に来たから、お灸を添えるために今回の芝居を即座に思いついて実行したんだ。」
「その次の事とは?」
「実はイザベラ様が渡した指輪に付いている宝石は、姉のイザベラ様が妹の為にと、デュラハンを討伐して手に入れた物だったんだ。苦労して手に入れた物なのに自分の思い通りにいかないからと言って、相手をナイフで刺そうとする行為が許せませんでした。」
「デュラハンと言えば銀ランクの冒険者が10人程度いないと、討伐できないと言われている位の強敵だぞ。第1王女はかなり強いのか?」
「結局倒せなくて、私が倒したんだけどね。」
「あーソウデスカ」
リオベルクはドワコが倒したと聞いて納得した。
「先日の話し合いの時に討伐に行って来たわけだな?」
「ですね。そろそろ頃合いかな?パーティー会場に戻りましょう。」
そう言ってドワコはリオベルクを連れてパーティー会場に戻った。
「皆様お騒がせしました。治療も終わりましたので私は大丈夫です。」
会場に残っていた参加者たちに無事だと告げる。肩に巻かれた包帯が痛々しいが、無事だと聞いて皆ホッとしたようだ。
「ドワコ殿。うちの娘が大変な事をしてしまった。お詫びする。」
「あまりイザベル様を責めないでくださいね。突発的に行動に出てしまったとは思いますが、彼女には彼女なりの考えがあったのだと思いますし、私は無事でしたので穏便に解決していただけることを望みますわ。」
「なんと、これだけの傷を受けながら娘の事を心配していただけるとは・・・わかった。ドワコ殿の気持ちを汲んで今回は穏便に解決することにしよう。」
「公王様のご英断に感謝いたしますわ」
ドワコが両手でスカートの裾をつまみ軽く持ち上げ、礼をした。
こうしてオサーン公国はマルティ王国に貸しを作る形でパーティーが終了した。




