85.奴隷市場
ドワコは奴隷市場にやって来た。
特に奴隷が欲しいと言う訳では無かったが、興味があったので来ただけだ。
ドワコには自称奴隷はいるがそう言う身分の者はいない。自称奴隷のメルディスも仲間として同等の付き合いをしている。
やはり奴隷と言うのは価格が高いのだろう・・・お金を持っていそうな商人風の人やそれなりの階級のありそうな貴族っぽい人など色々な人で賑わっている。
ただ、売られている奴隷たちを見ると、免疫のないドワコには少々きつい光景だった。
檻に入れられた人が並べられ、価格の高そうな者は1つの檻に1人だけ入っていて、安そうな者は1つの檻に複数人詰め込まれる状態で売られている。ほとんどの者が男女関係なく布1枚を付けた程度の裸に近い状態だ。中には若い女性がそれなりの良い服を着せられ売られている者もいるが、どのような用途で売られているかおおよそ見当がつく。
何処かから強制的に連れてこられたのか、それとも何か犯罪を犯してここに連れてこられたのかはわからない。ただ奴隷たちが暴れたり騒いだりはしていない所を見ると今の環境を受け入れているのかもしれない。
売られている半裸の女性たちを眺めながらドワコは奴隷市場を歩いてみた。だが、よく見ると猫耳や犬耳など獣耳が付いていてふさふさの体毛や尻尾があるものも含まれていた。この世界には獣人と呼ばれる種族もいるようだ。
そこでドワコは一人の少女に目がとまった。ボサボサの髪で腰のところに布が巻いてあるだけなので、少し膨らんだ胸は露出した状態だ。ちょうどドワコくらいの身長だが、右手と右足が無くなっている。左足は大きく怪我をしているようで損傷している。痛むのか辛そうな顔をして横になって丸まっている。ドワコがジーっと見ているのに気が付いてドワコの方を見たが、興味が薄れたのかすぐに視線をそらした。
「お客さん。この娘が気になるようで?見ての通り片手と両足が使い物にならないから、お安くしておきますよ?」
なぜ、このような状態の者を売ろうとしたのか疑問に思ったために見ていたのだが、とりあえず聞いてみた。
「おいくらで?」
ドワコは相場がわからないが、どれくらいなのか尋ねた。
「大金貨1枚でどうですか?」
ドワコが値段を聞いている所を見ると、買われてしまうのではないかと檻に入った少女が不安そうに見ている。彼女を救わないといけないと言う気持ちになり。手持ちのお金は十分足りるので買う事にした。
「はい。これ。」
ドワコは大金貨1枚を奴隷商人に手渡した。
「おっ。これは毎度ありがとうございます。そのまま連れて帰られますか?」
「はい」
「逃げられないように気を付けてくださいね」
そう言って少女の首の金属の首輪に付けられた鎖をドワコに手渡した。両足がこのような状態でどう逃げるのかと突っ込みを入れたくなったが、そのまま鎖を受け取った。
さすがに鎖を引いて歩くことは無理なので、ドワコが少女をお姫様抱っこで軽々と持ち上げた。
「お客さん。先に行っておきますけど返品は出来ませんからね。」
「大丈夫です。それじゃ持って帰りますね。」
貴族の少女に見えるドワコが奴隷と思われる少女を抱えて歩く光景は異様に見えたようで、色々な人が興味深そうに見ていた。正直かなり目立っている。
「買ってしまったのはいいが・・・この後どうしよう・・・」
後先考えずに買ってしまったドワコはこの後の事を考える。とりあえず服を何とかしないと、胸を露出した状態では可哀想だと思った。しかも長期間洗っていないようでかなりきついにおいもする。
「今から私の滞在している宿に行くよ?」
少女はコクリとうなずいた。
そして宿に戻ってきたらフロントの人が嫌な顔をしていた。格式のある宿には不釣り合いの少女を連れているためだが、ドワコは金貨1枚をフロントに置き、見なかったことにしてもらった。
「何だこの少女は?」
あからさまに嫌そうな顔をしたリオベルクがドワコに言った。
「町で買っちゃいました」
「首輪が付いているし奴隷か?それにしても酷いな」
容姿を指しているのか臭いを指しているのか元聖女とは思えない発言だなとドワコは思った。
「とりあえず洗ってきます」
そう言ってドワコは少女を抱えたまま浴室へ入った。まだ入浴する時間より早いようで、浴槽にはお湯も水も用意されていなかった。
「ちょっと待っててね」
そう言って洗い用の椅子を壁側に置いて座らせてた。こうしておけば倒れることは無いだろう。
そして魔法書を取り出し「ウォーター」を唱え浴槽に水を張った。そして水に向かって「ファイア」と唱え水を加熱していく。まだ工房で生計を立てていた頃、お風呂に入る時によく使った手だ。程よい温度になった所で魔法を中断して洗う準備をする。
ドワコは濡れるといけないので自分の服を脱ぎ、少女の巻かれていた布もはぎ取った。ついでに鉄の首輪も力業で破壊した。首輪があった所は青あざが多数できていた。手足の傷口も完全に塞がっており洗うのには問題なさそうだ。
「それじゃ洗うね。痛かったら言ってね。」
そう言って少女を洗い出した。程よくしてあることに気が付いた。
「しまった。この子の着替え用意してなかった。」
とりあえず洗うのを優先させた。全身綺麗に洗って少女を湯船に突っ込んだ。ついでにドワコも入った。
「足が付かないと安定感が良くないかな」
少女はかろうじて左手で浴槽につかまりバランスを取っている。ドワコが後ろに回り抱きかかえて支えた。
「辛かったでしょう?もう大丈夫だからね。」
今までの事を思い出したようで、少女は涙を流していた・・・ように見えた。
「私はドワコ。良かったら貴方の名前を聞かせてくれる?」
「・・・・・」
少女は口を動かしているようだが声が出ていない。
「声が出ないの?」
ドワコが聞くと少女はコクコクとうなずいた。
湯船に浸かった後ドワコは着替え、少女は大きなタオルを巻いた状態で部屋に戻って来た。
ドワコがすぐにヒールをかけなかった理由を確認するために少女をベッドに寝かせた。
「綺麗になったようだね。ドワコならすぐに治せると思うんだけど、なぜ回復魔法をかけなかったんだ?」
「ちょっと気になる所があってね。一緒に見てくれない?」
「・・・まあ構わないが」
タオルは巻いてあり完全には見えないが、少女の裸を見せるのは少々気が引ける。だが、仮にも聖女として医療活動をしていたはずなので、それなりの知識があると見てリオベルクにも同席してもらった。
「右手と右足はおそらく剣か何かで切断された物だろう。だが左足の傷は見た事がない物だな。」
リオベルクが少女を見て答えた。
「そう。右手と右足だけなら、すぐにでも回復魔法で処置をしていたと思うけど、問題は左足。」
ドワコがそう言って左足にできた無数の傷を指さす。
「その左足がどうしたんだい?」
「おそらくこれは銃創」
「初めて聞く言葉だな」
リオベルクは初めて聞く言葉だったようだ。
「銃創と言うのは、銃と言う金属の弾を射出する武器で、それにより傷つけられた時に出来る傷痕。そして反対側に抜けた後がない所から、弾が体内に残ったままになっているはず。」
「確かに異物が残った状態で回復魔法を唱えると、傷は治るが異物は消える時もあるが、残ったままになる時もある。そこから稀だが痛みが発生したり障害が発生したりする場合もあると聞いたことがある。」
「やはり取り除かないとダメかな」
ドワコは先ほど体を拭くときに使ったタオルを左足の銃創のある場所の下に敷いた。
「それじゃ押さえておいてね」
ドワコが何をするかわかったので少女を取り押さえて動けなくした。
「ちょっと痛いけど我慢してね」
そう言ってアイテムボックスからナイフを取り出した。
「!!!」
少女が驚き暴れ出そうとしたがリオベルクに押さえつけられ身動きが取れない。そのままドワコは少女の左足にナイフを突き立てた。
「!!!!!」
痛みの為に暴れている少女を必死にリオベルクが押さえつけている。何か叫んでいるように見えるが声は聞こえない。そのまま左足の奥までナイフで切り刻んだ。
「あった」
ドワコが弾を見つけ回収した。これを弾が貫通していないと思われるすべての傷口で行い弾を体内から取り出した。
「よく我慢したね。もう大丈夫だよ。」
そう言ってドワコは「ハイヒール」を唱え少女を回復させた。ナイフで切り刻んだ左足と欠損した右手と右足も綺麗に戻っている。
「!!」
少女は突然痛みが消えた上に無くなった手と足が復活したことに驚く。
「ドワコ。一つ思ったが、この子は声が出ないんじゃないか?あれほど痛い事をしても声ひとつあげなかったぞ?」
「浴室でも聞いたら頷いていたから出ないみたいだよ」
コクコク。少女はやはり声が出ないらしい。肯定の意味でうなずいた。
「呪いか薬か病気か怪我か・・・で対処が変わるな。まあハイヒールをかけた後だから怪我と言う線は無くなったがな。病気の場合は魔法では対処できないな。呪いか薬の場合は魔法で対処できるはずだ。とりあえず薬の線でキュアからいくか。」
リオベルクが言った。そしてドワコは魔法書を手に持ち「キュア」を唱えた。
「どう?話せる?」
ドワコが少女に尋ねた。
「あーあー。声が出るようになりました。」
原因は何かの薬だったようだ。声が出るようになってドワコは安心した。




