84.オサーン公国
「陸が見えたぞー」
船員の声で陸が近づいてきたのを知りドワコは自室を出て見に行った。6日間がすごく長く感じたドワコはやっとで陸地に上がれることに喜んだ。
「おっ。来たようだな。」
先に来ていたリオベルクがドワコに話しかけた。
「やっと到着ですね。6日間が長かったです。」
「途中船酔いで大変そうだったからな。ここは今回の目的地オサーン公国。海に囲まれた島国の海洋国家だ。いくつかの島があるが、全部合わせると国土は我が国と同じくらいの広さだが、国力は我が国の2倍程度だな。」
「なるほど」
リオベルクからオサーン公国の話を聞いた。
陸地が近づくにつれて周りの船が多くなってきた。海洋国家と言われるくらいなので主な交通手段として船が使われているようだ。
「おっ?なんか変わった船がいる」
ドワコが見た先には、今まで見た船とは異なる帆を付けた50mくらいの大きな船が見えた。
「あれはオサーン公国の海軍が保有する軍艦だな。詳しい仕組みはわからないが風の力で動いているらしい。」
リオベルクが説明をした。言われると軍艦のように見えなくはない。サイドには多数のオールが2段に並べられている。風が無い時はこれで推進させるようだ。ただ、遠距離攻撃用の火器は搭載されて無いようで弓などでの攻撃を想定しているのかもしれない。
ドワコ達が乗った船は港のある街へ向かって航行している。その港はオサーン公国の城がある所で船を降りると港町で1泊して城に向かうようだ。
船が港に着岸し、固定用のロープで船を固定し、渡り板が通されドワコたちはやっと地面の上に立つことが出来た。
「やっとで着いたー」
ドワコが両手を上げて背伸びをする。ついでに首もコキコキ鳴らしてみた。
「本当はここから先が大変なんだけどね。この国ではかつらは絶対に取らないようにね。」
「よくわからないけど、わかった。」
船から降りたところに馬車と数人の護衛の兵士と思われる人達が待っていた。
「遠路遥々ようこそいらっしゃいました。お待ちしておりました。滞在中の護衛任務も任されていますので、何かありましたら遠慮なくお申し出ください。」
「世話になる」
隊長と思われる人物がリオベルクに挨拶をした。
「それでは滞在先の宿にご案内しますので、どうぞ馬車にお乗りください。」
隊長に案内されドワコとリオベルクは馬車に乗り込んだ。そして宿に向かって動き出した。
「おや?」
ドワコは違和感に気が付いた。
「どうかしたか?」
リオベルクがドワコの様子が変だったので聞いてきた。
「この馬車、緩衝装置が入れてありますね。」
ドワコの指す緩衝装置とは、馬車の車体と車輪の間にバネなどを入れて乗り心地を良くするものだ。今まで貴族用の馬車にも乗った事があるが、そのような機構が備わっている馬車は初めて乗った。ちなみにドワコ領にある魔動車には当然その機構は入れてある。
「緩衝装置とは?」
リオベルクはわからないようでドワコに聞いてきた。
「馬車の本体と車輪の間に緩衝となる物を入れて乗り心地を良くする装置なんだけど・・・」
「言われて見ると確かに乗り心地が良い気がする」
「それに道路も整備されていて揺れ自体も少ないですし、大きな船と言い、この国は私たちの国よりかなり技術力がある気がします。」
「さすがだな。あまり気にしなかったのだが、言われて見るとその通りだな。」
港から宿までは距離が離れておらず馬車はすぐに宿についた。馬車のドアが開けられた。そこでドワコが驚く。
「これって・・・電灯だよね・・・電気があるのか?」
ドワコ領にも発電所もあり電気はあるが魔動機を主な動力にしているため、電気製品関係の開発は後回しになっている。無線機や電熱器具などは作ったが、実は白熱電球すら開発が出来ていない状態だ。研究はしているが、中に入れる発光体となるフィラメントの強度が保てず開発に苦労している。
「不思議な魔法だよね。夜になるとこれが明るくなって照明になるんだ。」
リオベルクが自分の物ではないのだが自慢げに話す。
ドワコとリオベルクは馬車を下り、宿の入り口まで赤いカーペットのようなものが敷かれた所を歩いて行く。そしてその先には従業員が左右に分かれドワコ達を迎え入れた。
「ようこそいらっしゃいました。どうぞこちらへ。」
係の者が部屋まで案内した。
「「「お疲れ様でした」」」
先に宿へ行っていたメイドたちが部屋の準備を済ませて待っていた。
昼食を済ませ夕食までは自由時間になった。
リオベルクはやはり疲れていたようで部屋で休むと言っていたが、ドワコは街の様子が気になり、一人で繰り出す事にした。
宿のフロントで外出する事を伝え、簡単な地図を買ってドワコは街に向かって歩き出した。道路は広く舗装されとても歩きやすい。馬車も頻繁に行き交う様子が見られる。人もたくさん歩いていてマルティ城下町より整備されているようだ。とりあえず地図を見ながら店などが並ぶエリアへ行く事にする。
「これはすごいや」
5階前後の建物がずらっと通りに並び、たくさんのお店の看板が掲げてある。店自体は統一性がなくバラバラの分野のお店が並ぶ。
「ここが服屋で、ここが靴屋、ここが喫茶店で、ここが道具屋・・・。」
地図を確保していなかったら、初めての者は間違いなく目当ての店にはたどり着けないだろうと思った。
ドワコは新しい街に行った時には武器屋を覗くようにしている。この世界に来た頃は、この分野で食べていたので思入れがあるためだ。
「とりあえず1軒目。店構えからすると普通の冒険者向けかな?」
外には剣と盾の絵が描かれた看板が掲げてある。いかにも武器屋な感じだ。中にはお客さんもいるようだ。ドワコは店内に入った
「らっしゃい。おっ可愛いお客さんだね。お店間違えてないかい?」
今ドワコの容姿は青い長い髪を両肩で結び前側に垂らしている。そして服装は貴族が着る外出用の物だ。どう見てもいい所のお嬢さん風で冒険者などには見えない。
「私は武器屋に来たんだけど間違ってる?」
店の人がからかう口調で言ったのでドワコも言い返す。
「おや。本当にお客さんだったか。すまんな。ゆっくり見ていってくれや。」
ドワコは店内を見回す。冒険者風のお客さんが数人店内にいて、従業員は先ほど話しかけて来たおやじ1人のようだ。並べられている武器、防具はすべて新品だ。
「ここって中古品の武器は無いの?」
「中古品?うちは新品しか扱っていないぞ。中古品が欲しければ向かいのお店に行きな。」
新品の武器、防具だけを扱うお店と言うのはドワコにとって初めてかもしれない。入手経路はどうなっているんだろう?
「別に中古品を探している訳では無いけど、聞いただけだよ?あと、この武器や防具ってどこで作られた物なの?」
「ん?そりゃあっちの工房がある区画だが?商業ギルドが製作された物を一度集めて俺たちみたいな商人に卸している訳だ。嬢ちゃんは他の所から来たのか?」
「工房があるんだ。そうだね今日この国にやって来たんだ。」
「そうかい。この街はにぎやかだから見ていて楽しいだろう。この店もだけどゆっくり見ていって土産話にでもすると良いぞ。」
「ありがとう。そうさせてもらうね。」
店内を見てから次の店に行く事にした。先ほどおやじの言っていた中古品を扱っている店に入る。
「いらっ・・・これは珍しいお客さんだ」
中古品を扱うお店は駆け出しの冒険者風のパーティが2組いた。それぞれ4人組のようだ。色々な物を手に取ったりして選んでいる。1組は男3人、女1人のパーティで、もう1組は女4人のパーティだ。女だけのパーティとは珍しいなとドワコが見ていたら、気が付かれたようでこちらに来た。
「貴族様がこんな所に何の用だい?」
「私、武器に興味がありまして色々見て回っている所なんですよ。」
リーダー格の女性がドワコに話しかけて来た。ドワコも隠す必要も無いので正直に答えた。
「へぇ。珍しい趣味してるんだな。それじゃ今、この2つの剣で悩んでるんだがどちらがいいと思う?」
仲間が持っている売り物の剣を指さす。
ドワコが受け取り見てみる。
コンコン刃先を叩いて確認する。そして水平にして刃の付き具合を確認した。
「両方ともダメですね」
「え?」
ドワコがどちらかを決めてくれるものだと思ったが、両方とも不可を出してきた。
「どうして?これなんか握りやすいし、これなんか切れ味良さそうだよ?」
リーダー格の女性がドワコに言った。
「えっとですね。この件は根元が腐食していて固い物を攻撃すると根本から折れますよ。そしてこっちは一度折れた剣をわからないように引っ付けてあります。これで攻撃すると接合部分が不完全なのでそこから折れます。自分の命を預ける物なので最低限折れないものが良いですよ?」
「嘘を言っちゃいかん」
ドワコの辛口コメントを聞いていた店の主人が来て2本の剣を見た。
「本当だ。2本とも不良品だな。これは売り物にならない。こんなものを商品として置いていたとは・・・すまんな。」
「本当だったんだ」
店内にいた者は、先ほどまで貴族の道楽かと思われていたが、ドワコを見る目が変わった。
「それじゃこれくらいの価格で、お勧めみたいなものはある?」
リーダー格の女性が聞いてきた。
「そうだね・・・」
ドワコが店内を見て歩き1本の剣に目がとまった。軽くたたいたり、刃の並びを見たり、実際に振ってみたりしたが、これは中々良い物だ。お値段も指定した金額で収まっている。
「これがお勧めかな。軽いし切れ味が良いから扱いやすいと思うよ。」
そう言ってその剣を渡した。
「どう?」
リーダー格の女性が武器を探しているメンバーに手渡し確認してもらう。
「なにこれ?すごく扱いやすい。私これにする。」
軽く握って振っただけで良さがわかったようだ。
「まいどあり。それにしても嬢ちゃんの目利き凄いな。貴族様じゃなったら家で雇いたいくらいだ。」
「へへっ」
ドワコは褒められて悪い気はしなかった。この街では修理された武器も売られているのがわかり勉強になった。ドワコ領にいるドワーフの親方は「武器の修理?そんな物、強度が落ちるからやらんぞ!」の一点張りだったので修理は行わなかった。結局ドワコが壊れた武器を回収し、鉄に戻し再利用していた。
このようなやり取りをしていたらいつの間にか男3人、女1人のパーティは店からいなくなっていた。
「ありがとう。助かったよ。」
「また来てくれな」
そして店内も見たのでドワコは店を出る事にした。
それから何軒か武器屋を見て回り、次に目指したのは工房がある区画だ。この国の高い技術力を見ると、おそらくドワーフ職人がいるはずだ。そう思いその区画に入ると目を疑う光景があった。首に金属製の首輪をつけられ鎖につながれたドワーフ達が工房の中で働かされている。その横には監視役と思われる鞭を持った男たちがいる。
「これは貴族のお嬢様。ここにはどのような御用で?」
見回りをしている兵士に声をかけられた。
「海を渡った国から、今日この街にやって来たのですが、少し時間がありましたので見物をして回っていた所なんですけど・・・」
この光景を見た後なので少し動揺しているが、ドワコが答えた。
「ここはドワーフの奴隷たちが国の為に色々な物を作っている場所だ。工房の外から見る分は構わないが見ていてもあまり面白い物ではないぞ?」
兵士が親切に教えてくれた。
「このドワーフの方たちってどこから来たかわかりますか?」
「いや、わからんな。おそらく商業ギルドが奴隷商人から買った物だと思うが・・・。」
「奴隷商人ですか?」
「そうだ。他国では禁止している所もあるようだが、我が国は奴隷制度を認めているからな。ちなみに奴隷市場もここから少し歩いた所にあるぞ。」
ドワコが地図を見て確認したが、その様な表記は無かった。
「この地図は・・・上流階級向けだな。国によっては奴隷と聞いて嫌な顔をする所もあるからな。配慮して載せてないと聞いたことがある。書いてないのはそのためだな・・・えっと、この辺りだ。」
兵士が奴隷市場の場所を教えてくれた。
「親切にありがとうございます」
「礼には及ばないよ。健全な取引をしている所なので、安全だとは思うが気を付けてな。」
ドワコは兵士と別れ、先ほど聞いた奴隷市場を目指した。




