83.船上にて
翌日、ドワコは酷い船酔いに悩まされていた。
何度も嘔吐を繰り返し体力的にもきつくなってきた。
「ドワコ、大丈夫か?」
心配したリオベルクがドワコに話しかけた。
「あまり大丈夫じゃないかも・・・」
外洋は波が高く、このような小船では船体が大きく揺れる。昨日は比較的波が静かだったので大丈夫だったが、今日はそれなりの高さの波があり、朝からこんな感じだ。メイドの1人も同じように船酔いで嘔吐を繰り返し今日は仕事を休んでいる状態だ。
「それにしても我が国で最強を誇るドワコも船酔いには勝てなかったか・・・ぷぷ」
「そこ笑い事じゃないで・・・ゲロゲロゲロ」
「うわぁ汚い」
ドワコはリオベルクに思いっきり嘔吐物をかけてしまった。
リオベルクはすぐに部屋に戻り、着替えをして戻って来た。
「思ったけど、船酔いって魔法で治せない?」
それは盲点だった。気持ち悪さでそこまで考えが回らなかった。
「ちょっと試してみる・・・」
ドワコは魔法書を取り出し「キュア」を唱えた。
ドワコが光りに包まれ、船酔いの症状が改善された。
「おっ。治った。」
「いまのキュアだったよね?」
「そうですが?」
リオベルクは水属性の中級魔法「水の癒し」を指して言ったのだが、まさか光属性の上位魔法をドワコが唱えるとは思わなかったようだ。
「上位魔法使えたんだ・・・」
「前に闇属性のは使った記憶がありますけど?」
以前、筆頭宮廷魔導士のジョレッタとの魔法勝負の時に勝敗を付けるために闇属性の上位魔法は王族を含む皆の前で使ったことがある。それ以後、城内でのドワコに対する冷たい風当たりが完全に無くなった。それと同時に本人は自覚が無いが、国内最強の魔導士の座も手に入れたようだ。
「そうだったな。あれはびっくりしたな。突然ドラゴンを召喚して見せるからな。驚きでお母様なんか少し漏らしてたみたいだったよ。」
「いやいや。知っていてもそこは他の人に言わない物でしょう。」
「まあドワコだから話したけどな。他の人には話さない。」
「ドワコ様・・・よろしければ私にも魔法で治・・・ゲロゲロゲロ」
「うわっ汚い」
ドワコは紙一重で嘔吐物を回避した。
ドワコと一緒に船酔いで悩まされていたメイドだった。
光属性の再詠唱時間が過ぎていたのでドワコは「キュア」でメイドの船酔いを取り除いた。
「ありがとうございます。嘘みたいに気分が良くなりました。」
そう言って仕事に戻る為、着替えに自分の部屋に戻っていった。
洋上での食事は非常に簡素な物になる。最低でも6日かかる行程なので生ものなどは衛生上積み込みことが出来ず保存が出来る物ばかりとなり、水も使用量が制限される。結局のところ食事は毎回同じような物が出てくるので正直飽きた。幸いドワコは出発前にエリーに渡された大量の食利用以外にも自前である程度の間食用の食糧は持ってきているので、こっそり自室で食べて楽しんでいる。
こんな感じで5日経過し航海は順調に進んでいる。予定通りいけば翌日に目的地に到着するようだ。ところがそう上手くいく訳ではなくトラブルが発生する。
昼過ぎに見張り員より大型の魔物がこの船に向かっているとの報告を受け、船内は緊張が走る。船長が指揮をし、オール漕ぎをしている船員が一斉にオールを船に収納し、迎撃用の武器を取った。まずは弓矢による遠距離からの牽制攻撃だ。一斉に船員たちは一斉に弓を構え、斉射した。
そのころドワコは・・・。する事が無いのでお昼寝中だった。
「もう食べられないよぅ・・・」
幸せそうな寝顔で寝ていた。
「ドワコ、ドワコ、起きて」
気持ちよく寝ている所を誰かに起こされた。
「もう少し寝させて・・・ぐぅ」
「起きんかー」
叩き起こされた。誰かと思って見たらリオベルクが怒った顔でドワコを睨んでいた。
「もう朝ですか?」
ドワコは寝ぼけたまま答えた。
「いや、敵襲だ。」
「えっ」
敵襲と聞きドワコは飛び起きた。仮にも護衛を頼まれている訳だから寝ている訳にはいかない。急いで外に出ると船員たちが必死に弓を放ち攻撃を行っている。
「クラーケンだな」
魔物を見たリオベルクが言った。
巨大なイカのような魔物だ。かなりの大きさなので取り付かれると船が沈むかもしれない。
「お客さん危険ですので船室へ戻ってください」
リオベルクとドワコの姿を見つけた船員が慌てて駆け寄り退避を促す。
船員たちが必死に弓を放つがクラーケンにはダメージが入っていないように見える。
「大丈夫です。この子が何とかします。」
そう言ってリオベルクはドワコを抱きかかえ前に置いた。
「エー。まあ仕事だから仕方ないよね。」
抱えられたのに不満の表情を見せるドワコだったが、あまり時間の余裕もないようだ。
魔法の撃ちやすい場所に陣取り人払いをする。
「すみません。この辺り少し開けてもらえますか?」
船員は何をする気なんだ?と言う顔をしたが、お客さんの言う事なので従い場所を開けた。
そしてドワコは魔法書を手に持ち詠唱を始めた。
「・・・・・。・・・・・。・・・・・。・・・・・。・・アイスジャベリン。」
水属性の上位魔法で無数の氷の矢がクラーケンに襲い掛かる。多数の氷の矢が刺さり、かなりのダメージが入ったようだ。続けて詠唱に入る。
「・・・・・。・・・・・。・・・・・。・・・・・。・・カマイタチ。」
今度は風属性の上位魔法を発動し見えない風の刃がクラーケンを引き裂いていく。そしてそのまま海の中へ沈んでいった。
「片付きました」
あまりにも呆気なく倒してしまったので船員たちはポカンとしている。少し間を置きクラーケンが倒されたのに気が付き皆が勝利の歓声をあげた。
「「「うおー」」」
「お客さんすごいですな。さぞや高名な魔導士さんなんでしょう。おかげで助かりました。」
船長がお礼を言った。
「ここでやらないと船が沈むと皆が困りますからね。当然の事をしただけです。」
ドワコは当然のように答えた。
「さすがドワコだな。本来クラーケンは海軍で対処しなければ倒せない位の魔物だ。それを一人で簡単に倒してしまうとは・・・。」
リオベルクがドワコに言った。
船員たちは武器を片付け、それそれの持ち場に戻り船が動き出した。
「それにしても急に上位魔法を軽々と使うようになったな。何かきっかけでもあったのか?」
リオベルクは疑問に思っていた事をドワコに聞いてみた。少し前までは中級魔法までしか使っていなかったはずだが、何かのきっかけで失われていたはずの上位魔法が使えるようになったのではとの考えに至った。
「そうですね・・・元々魔法書には上位魔法まで記載されているのですが、詠唱方法がわからなくて使えなかったわけで、中級魔法はリオベルクに詠唱方法を教えてもらったんですよね。」
「そう言えばそうだったな。上位魔法の詠唱方法を知っている者がいると?」
「はい。その方から上位魔法の詠唱方法を教えてもらいました。」
「良かったら名前教えてもらえないかな?」
「えーっとエリカさんって名前ですけど?」
そのままドワコは答えてしまった。言ってからしまったと思った。
「昔、我が国に女神様と肩を並べて魔物たちと戦ったと言われている伝説の天才魔導士がいたが、名前と同じだな・・・たまたま同じ名前なんだろうけど。今、マルティ王国にいるのか?」
「いえ、今はいないと思います。」
「そうか。残念だ。」
さすがに400年前の人です。なんて言っても信じてもらえないよね。
「昼寝の邪魔をしてすまなかったな。ほぼ予定通りに進んでいるはずだから、明日には目的地に到着するだろう。」
「やっとで陸地に上がれるんですね。それじゃお昼寝の続きをして来ます。」
そう言ってドワコは自室に戻り昼寝の続きをした。




