82.ドワコ海を渡る
王子様御一行はマルティ王国と北側の諸国連合との国境に到着した。
ここで出国の手続きを行い、諸国連合の入国審査を受ける。
この北側の国とは他の諸国連合の国と違い、仲があまり良くないようで、互いの国に持ち込みが出来ない物などが存在し、荷物検査等も厳正に行われるようだ。これが王族の隊列であっても同じように行われる。ドワコ領と同じ諸国連合であるブリオリ国の国境は手続きだけで検査なく通行できるのと比べると同じ諸国連合内でも、対応の違いがあるのだとドワコは感じた。山々に囲まれていたり何らかの理由で通行できないために、マルティ王国としては多少の不便さが生じても、このルートを通る他ない。
そしてリオベルクとドワコが乗る馬車のドアも開けられ、検査のために衛兵が顔を覗かせた。
「失礼します。任務ですのでご不便をおかけしますが、少々御辛抱ください。」
衛兵が馬車の中を確認する。
「ご協力ありがとうございました」
そう言って馬車のドアが閉められた。
他の馬車や荷物も調べられ一行すべての検査が終わり入国許可が下りた。
「なんか厳しい検査ですね」
「そうだね。もう少し簡略化できればいいけど、我が国の事を警戒しているみたいで中々上手くいかないんだよね。」
「私の領地からなら簡単に海に出られるんだけどなぁ」
ドワコは思った事が出てしまい口を滑らせてしまった。
「簡単に出られると?」
「しまった。口が滑った。」
あわてて口に手を当てたがすでに遅かった。
「ちょっと詳しく聞かせてもらおうかなぁ」
ニヤニヤしながらドワコの横にリオベルクが座った。
仕方ないので道路整備についてリオベルクに話す事にした。
「あの砦から半日もかけず港まで行けるようになったと?」
「まあ結果的に言うとそうなります。」
「いくら裁量権を任せているとは言っても、流通ルートが根本的に変わるような大きな事業をやっているとは夢にも思わなかった。今は出先なのでどうにもならないが、戻ったらまずこの事案から話し合いを行うことになるだろうな。」
「はぁ・・・そうですか」
余計な仕事が増えた気分になったドワコは少し気落ちした。
「それで出入国手続きについてはどうなっている?」
「それについてはブリオリ国との協議で、マルティ王国とムリン国の国境ような簡素な手続きで行き来が出来るようになっています。」
「と言う事は名簿に名前を書く程度で荷物検査などは行っていないと・・・。これは本格的に検討するべき事のようだ。明らかにどちらのルートを通って海に出る方が良いか誰にでもわかる事だからな。」
少しまじめな話をしているうちに今夜の宿泊地に到着したようだ。
小さな宿場町のような所に少し豪華な宿があった。おそらくこの道を使う人がいて発展したところなんだろうとドワコは思った。馬車を下りてメイドの案内でドワコとリオベルクは宿に入った。
今回は別々の部屋が用意されていてドワコはホッとした。今日は良く寝られそうだ。
ここには共用だがお風呂の設備もありドワコもゆっくりとお湯につかる事ができた。だが、着衣したメイドも一緒に入っていて綺麗に洗われてしまった。食事も終えて、昨晩寝られなかった分もありベッドに入るとすぐに眠りについた。
翌朝、準備を終えて一行は港町を目指して進んでいった。
「予定では今日港町に着くはずだ。そこで一泊して海路でオサーン公国を目指す。」
リオベルクから今日の予定が告げられる。すでにマルティ城を出発して3日目だ。最近は馬車に乗る事も少なく、ワイバーンや魔動車での移動が多かったために、のんびりとした移動が若干苦痛だったりする。
「そう言えばアリーナ銘品館の件は残念だったな」
リオベルクは共通の話題を思い出しドワコに言った。
「せっかく色々と優遇してもらったのに台無しにしてしまって、すみません。」
「セコイゼーだったかな。奴は厳正に処罰したので、そういう事は出来ないだろう。」
さすがに国家反逆罪とか言われて捕まったはずなので、かなり重い物を受けているはずだ。聞くのも怖かったので話題を変える。
「それで今はシアはどうしている?」
「新しいお店を開きました。数店同時に開店して城下町にも1店あるんですよ。」
「して、どのような店なのだ?」
「下級層向けの服を売るお店ですね。見に行きましたけどかなり繁盛してましたよ。」
「下級層からすれば服は高価な物で手が届かないはずだが、繁盛しているのか?」
ドワコとリオベルクの下級層の認識はほぼ同じものだったが、他の貴族とは違い、一応聖女として下級層の国民とも触れ合っているので経済状況などはある程度把握している。どう考えても下級層が店を繁盛させるほどお金を持っているとは考えられないとリオベルクは思った。
「それでどれくらいの値段で売っているのだ?」
リオベルクの問いにドワコがおおよその値段を教える。
「なんだそのありえない価格設定は。城下町で食べ物を買うのとそんなに変わらない値段ではないか。」
大量生産の低コスト化で売られている衣類の価格は安い物では下級層の食費1日分程度で上下がそろう。少し仕事を頑張れば下級層でも普通に買える価格帯になっている。金額にして大銅貨数枚だ。ちなみに他の服屋では最低でも大銀貨数枚は必要になる。およそ100倍の価格差がある。
「下級層の人でも継ぎ接ぎだらけでは無い綺麗な服が着られるようにと言う事で、製作にかかるコストを落として製作してますから、この価格が実現しています。」
「興味深いな。どのようなコスト削減をしているか一度見てみたいものだ。」
「これは私の領地の工場で生産しているので、機会があれば見に来てください」
リオベルクは工場と聞いて町にある小規模な手作業で行う工場を思い浮かべていたが、その考えが全く違う事に気が付くのはもう少し先の話になる。
こうして話をしているうちに港町へ到着したようだ。一行は今日の宿泊する施設へと向かう。かなり高級感の漂う宿だ。さすが王族が利用すると言うだけはある。
「ドワコ、ここから先はかつらの着用をお願いね。」
「はい」
ドワコはかつらを装着し、髪がオレンジのショートヘアから青のロングヘアへと変わった。ゆったり目に両肩で束ねて耳が隠れるように前に垂らした。たぶんこれで大丈夫。
馬車からドワコとリオベルクは降りて足元を見ると赤絨毯のようなものが敷かれ入り口まで続いている。
(なにこれ?どこかのVIPですか・・・あっそうだったVIPだよね。王子様だし。)
ドワコは同行しているのが王子様だと言うのを少し忘れていた。本来ならこういう対応なんだよね。
リオベルクに手を引かれドワコは赤絨毯の道を進んでいく。左右に従業員が並び出迎えられる。奥には支配人と思われる人物が立っている。
「ようこそ、マルティ王国王子様とドワコ様。お待ちしておりました。どうぞこちらへ。」
支配人が部屋へ案内をする。残念ながら今回は同じ部屋のようだ。ベッドは2つあるので寝るのは別々なのは多少は救いになっている。だが、内装が今まで宿泊した所とは大違いの豪華さと広さがある。ついつい色々見回してしまった。良くわからない置物があり、風景画などが壁に飾られ、至る所に花が活けてあり甘い香りが漂ってくる。程よく見回した所で窓の外を見た。少し小高い所にあるようで港町が良く見える。そして海には沢山の船が浮かんでいる。
「さて、ドワコの仕事なんだが・・・」
リオベルクがドワコに本題を切り出した。
「第四騎士団が護衛に着くのは、この港までなんだ。そしてここから先は少数での移動となる。これは船の定員によるものなのだが、複数の船を用意すればいいと思うかもしれないが、この国の決まりで他国が出国で使う場合は1件につき1隻までとなっている。この国は他国・・・特に我が国に対してかなり警戒をしているようで、この項目の撤回を再三要求はしているが聞き入れてもらえずに今に至る訳だ。こちらとしても使わせてもらっている身なので強く言えない上に港の使用に関しても多くの税をかけられ困った物だ。」
「ソレハ、タイヘンデスネ。」
ドワコ領はブリオリ国に専用の港を保有していて、監視は付くが自由に船の航行が出来るようになっているなんて言えないよね・・・とドワコは内心思った。
「ドワコ何か隠してるね」
「ギクッ」
どうしてこう言う時だけ勘が鋭い。とドワコは思った。仕方ないので白状する事にした。
「ドワコ領はブリオリ国に専用の港を持ってまして・・・。」
とりあえず規模は伝えず港を保有している事は伝えた。
「そうなると益々このルートの有益性がなくなったな」
港の話を聞いてリオベルクは色々と考えを巡らせているようだ。
「我が国は海洋へ出られる船を所有していないが、使用できる港があると言う事は我が国も船を持てると言う事だな?」
「まあそこに係留する船なら保有も可能かと思います。でも2隻留めたらスペース無くなってしまいますよ?すでにドワコ領の船が1隻ありますし。」
ドワコは2番艦の建造も視野に入れている。これが出来れば本当に置くスペースが無くなってしまう。
「そうか、そんなに狭いのか。他国に使わせるくらいだからそれくらいの規模なんだろう。残念だ。」
リオベルクは残念そうにしている。実際はドワコ領の船は全長150m程度ありこれを横付けで留める、この世界の船は全長20m程度しかないようだ。本当は1隻分のスペースでも縦に止めればかなりの船が留められるが黙っておく事にした。
「でもすごいな。我が国もミダイヤ帝国との戦争に敗れ国土が狭くなってからは海に面している土地が無くなり、海洋に出られる船を保有することが出来なくなってしまったと聞いている。それを数カ月で達成してしまうとはな。」
本当は数日で作りましたなんて言えないよね・・・。
「おっと話がそれてしまった。それでだ、船が一隻しか使えないので私とドワコの2人と側仕え数人のみが船に乗り込み、護衛が無い状態になる。側仕えに戦闘能力を有する者がいればよかったが、ドワコ以上の適任者が見つからなかった訳だ。この思わずぎゅっとしたくなる容姿からは想像できないくらいの強さだからな。まさか誰も護衛だなんて思わないだろう。正直引き受けてくれて助かったよ。」
「はぁ。そうですか。」
「それとオサーン公国にはちょっと苦手な奴がいてな・・・まあこの話はまた後だな」
リオベルクは何かを言いかけたがやめたようだ。
夕方になり、食事、入浴を済ませ、明日に備えて寝る事にした。同じ部屋だったが、お互い特に何もなくそのまま眠りについた。
翌朝、一行は準備を済ませ港へ向かった。
「それでは我々の護衛はここまでですので、道中お気をつけて行ってらっしゃいませ。」
第四護衛隊の隊長がリオベルクに対し挨拶をした。
「ご苦労だった。帰りの道中気を付けてな。」
「はっ」
他の使用人たちが乗り込む船に荷物を積んでいく。そして積み込みが終わりドワコとリオベルクとメイドを含めた側仕え数人が一緒に乗り込んだ。そして「カンカンカンカン」とけたたましい鐘の音が聞こえ船が出港していった。
「「「えいっほー、えいっほー。」」」
下の階から男たちの声が聞こえる。この船の動力は人力だ。もちろん風を利用して推進する帆も無い。総勢20人くらいの屈強な男たちが左右に分かれオールを漕いでいる。全長は20mくらいで船体上部に客室と船長室があり船員たちの居住スペースは船体にあるようだ。正直客室もかなり狭い。ドワコに割り当てられた部屋は1.5畳くらいのスペースにベッドが置いてある個室だ。これでも個室なだけ良い方らしい。メイドたち使用人は、これくらいのスペースで3段ベッドの3人部屋らしい。
「これで6日乗るのはきついなぁ」
一応貸切と言う状態にはなっているので他の乗客はいないだけ、まだ良いと考えないといけないのかもしれない。おそらく乗合の船だと足の踏み場も無いのかもしれない。幸い狭いが通路は空いているし、個室でない座り込むだけの客室は今回必要になる荷物などが置かれているが多少のスペースは開いている。そこでストレッチ程度の軽い運動はできる。通路を歩き散歩をするのは良いが、下の階には降りる事が出来ないため動ける範囲はかなり制限される。
「船旅はどうだい?」
外を眺めていたらリオベルクが来てドワコに聞いてきた。
「正直狭くてストレスたまりそうです」
「海へ出たのは初めてかい?」
「いえ前に領の船が完成した時に試験航海で乗りました」
「経験があるならそんなに苦痛を感じないと思うが?」
あの船と比べる自体が間違っているとドワコは思った。動力も魔動機を使い高速化が図られているうえに音も静かだ。今は下から男たちの声がずっと聞こえている。船内も一人一人それなりの広さの個室があり、空調も完備して快適空間となっている。それに比べて今は・・・。
(こうなるんだったら領の船使えばよかったな・・・)
だが出発前に船は置いてきてしまった。正直悔やまれる。ちなみにワイバーンに乗り換えると言う手も考えたが船が小さすぎて召喚した直後に船が沈むのが予想されたのでやめた。召喚させる時はそれなりの広さの地面または甲板が必要になるが、この船にはそのような余裕は無い。
「まあ仕方ないからあきらめるしかないな。最短でも6日船の上だ。せっかくなら楽しんだ方が良いと思うがな。」
「6日か・・・長いなぁ」
仕方ないのでこの後は自分の部屋に戻りゴロゴロして過ごす事にした。




