64.神殿建設
翌日、ドワコとエリーは砦に戻り神殿建設に向けて準備を始めた。
建設予定地はジョディの村の託児施設がある所の近くに決まった。将来的には併設で孤児院も建てたいと思っている。今回は急遽決まった為に人員が思うように確保できなかった。そのためドワコが直接建設の指揮を執る事になった。
「で、私も借り出された訳ですね。」
ちょっとご機嫌斜めなドワミがいた。
エリーが魔動機の研究に没頭していた所を無理やり中断させ連れて来た。
その他、手の空いた村の住民などもかき集められている。
「お忙しい所すみません。急遽、神殿を建てる事になりまして皆さんにご協力いただければと思います。数日間よろしくお願いします。」
領主であるドワコが直々に頭を下げたので村人たちはどのように接していいか迷った。
まず、ドワミには数人の人を配置して時計台の建設に取り掛かってもらった。ドワコはこの世界に来てから困っているのは時間の概念が大雑把すぎると言う事だ。共通の時間を定め、一定の時刻になると鐘が鳴り時間を教える装置だ。魔動機の技術を使えば完成できると踏んで概要だけ説明してドワミに丸投げした。
その他の人はドワコと一緒に神殿の建設に取り掛かった。図面は既に引いてあるのでそれに従って建築していくだけだ。建築資材は魔動車で次々に運び込まれてくる。クレーンの付いた魔動車を使い骨組みを組み立てていく。あとは建材のパネルを張り合わせていき建物の外観が完成する。外側が完成したら今度は内装を仕上げていく。聖堂と治療が出来る診療施設、今回は1名しか配置する予定がないが将来的に増えたことを想定し、複数人数でも生活できる居住スペースと個室を作った。あとはエリーの要望で厨房を広めに作り、大人数が使用できる多目的スペースも設計に入れた。作り始めてから言うのも何だが、無駄に神殿が広くなってしまった。これを一人で管理できるのか少々不安になった。
数日後、外装、内装とも完成し、家具等の運び込みも終わり後はシスターを迎え入れるだけの状態となった。厨房だけはエリーのこだわりがあるようで、様々な機材や道具が運ばれてレストランでも開けるのではないかと思うほどの充実ぶりだった。
そして並行して作業が行われていた村内に施設していた循環線路も完成した。これは線路を道の中央に施設し、さらにブロックで高さが合わせてあり馬車で横断することも可能となっている。いわゆる併用軌道と言う物になっている。これが村の主要箇所を結ぶ形で環状に施設されている。これを2本作り内回りと外回りで魔動鉄道を運行する計画だ。だが、問題点を調べるために当面は外回りのみの運行となる。
今日は出発式を行っている。領地の主要メンバーがそろい新しく製造された魔動車に乗り込む。大まかな仕様は砦と村を結ぶ魔動車と同じだが、若干大型化し、出入り口を広くして乗降がしやすいように改良されている。50名程度は乗る事が出来る。現在は予備車を含めて3両ほど用意した。将来的に人口が増えれば車両数を増やして対応する予定だ。
試乗した人たちの感想も良好だ。その言葉を聞いて開発に当たったドワミは嬉しそうだった。
工場も間もなく完成予定なので、これが稼働すると領地として収入が得られる環境が整う。
そして、数日たち城下町からこの領地の神殿に配属されるシスターが来る日となった。ドワコが手配した馬車に乗ってこちらに向かっているはずだ。
元々は他国だったために宗教的な物では異なる物になるため、布教するには苦労をすると思うが、そこは頑張ってもらうしかないとドワコは思っていた。
シスターを乗せた馬車が砦内に入って行った。主要メンバー総出で出迎える事になった。
「ようこそいらっしゃいました。シスター・メロディ。わたくしこの領地の領主補佐をしているデマリーゼですわ。よろしくお願いしますね。」
「はじめまして。私は城下町からこの領地の神殿に配属になりましたメロディと申します。どうぞよろしくお願いします。」
代表してデマリーゼが出迎えの挨拶をした。
「それでは今日はこちらで一泊していただいて翌日、神殿の方へご案内しますね。お部屋の方へ案内しますね。」
エリーがメロディを部屋に案内していった。
「それではこのお部屋を使ってくださいね。一通りの物は揃えてあると思うので足りないものがあったら、ジェーンを付けておきますので遠慮なくおっしゃってくださいね。
「今回シスターのお世話を担当させていただくジェーンです。何かあれば何なりとお申し付けください。」
「あっ、いえいえ。こちらこそよろしくお願いします」
「それじゃジェーンさんお願いしますね」
「かしこまりました」
そう言ってエリーは部屋から出て言った。
「ただいま戻りました」
砦の執務室にエリーは戻って来た。事務作業をしているドワコが返事を返す。
「ごくろうさま。シスターの様子はどうだった?」
「突然環境が変わったために、緊張しているかもしれませんね。ここは緊張をほぐす為に例のアレをやりますよ。手筈通りならもう少ししたら浴室に行く頃なので・・・。」
ちょっと小悪魔的な顔になっているエリーを見て、またアレをやるのかと・・・ドワコはため息をついた。
ドワコとエリーは先回りして浴室へ行った。
「それじゃサクサクーっと脱いで湯船に入って待ちましょう」
ドワコを急かし服を脱がせる・・・いや、自分でできるから。
まだやり残した仕事があるが休憩と言う事でドワコとエリーは湯船に浸かった。設備の改良で基本的に清掃作業をする時以外はいつでも入浴できるようになっている。今までは入浴時間が決まっていたが、自分の好きな時間で入浴するようになり、他の人と会う事も少なくなった。・・・まあこれはこれで残念だとドワコは思ってしまったのだが言わないことにした。
「それではこちらが浴室になります。共用ですので誰かが入っている時もありますのでご注意くださいね。」
ジェーンの声がした。
「ありがとうございます。それではお風呂いただきますね。」
ドアが開きメロディが入ってきたようだ。そこでドワコがある事に気が付いた。彼女は黒髪のロングヘアだった。シスターの服は頭の部分を布で覆っているため髪が見えない。この世界で黒髪と言うのは見た記憶が無かった。しっかりとスレンダーな体形で小ぶりな胸も見させていただいたが、彼女の様子が少し変だった。
「なにこれ?」
ドワコの自信作のお風呂である。驚いているのを見てちょっと楽しい気分になったが、次の一言でドワコは逆に驚いてしまった。
「シャワーが付いている。しかも洗い場には混合栓も付いてる。奥にはジェットバスがあるし。どういう事?」
ドワコは砦の人には各設備の名称を教えているが砦外から来た人は知らないはずだ。どこかに似たような設備があるのだろうかと疑問に思いメロディに質問してみた。
「お疲れ様。慣れない環境で疲れたでしょ?」
「あっ、領主様。いえ大丈夫です。」
「困ったことがあったらいつでも言ってね」
「はい、ありがとうございます。」
あたりさわりのない所から話に入った。
「浴室に入った時に何か驚いていたようだったけど、何かあった?」
「いえ、少し懐かしい気持ちになりましたので・・・」
メロディは思いつめたような表情になって、それ以上は話を進めることが出来なかった。
「それじゃドワコさん。私たちは先に出ましょうか。メロディさんごゆっくり。」
そう言って特に何もする訳でもなく浴室から出る事にした。
「エリー何か悪戯するつもりじゃなかったの?」
「ドワコさんひどいですよぉ。私がそんな人に見えますか?」
(過去にもあったから、そう見えてしまうんですけど・・・)
「あと、ドワコさん一つ製作お願いしていいですか?素材は揃えてありますので。」
「いいよ。材料あるならすぐ終わるし。」
ドワコとエリーは工房へ向かった。
「それじゃこれ、お願いします。」
そう言ってドワコに素材を渡した。・・・これは魔法書の素材?
「わかったと思いますけど、魔法書の素材です。1冊お願いしますね。」
「はいはい。ちょっと待ってね。」
製作用の箱に素材を入れクリエイトブックを開き魔法書を指定して実行。
「はい。どうぞ。」
エリーに完成した魔法書を渡した。
「これは何に使うの?」
「忙しいドワコさんの負担軽減になる事ですよ」
それ以上エリーは話してくれなかった。
翌日、エリーとドワコはメロディを連れて神殿に向かう事にした。
今回は馬車ではなく魔動鉄道を使って移動することにした。
「それじゃこれに乗って村まで行きますね」
ドワコが魔動鉄道の砦の乗り場に案内して言った。
「電車が走ってるんですね。城下町には無かったので新鮮です。」
電車と言う単語を聞いてドワコは昨日も思った違和感に気が付いた。魔動鉄道は電気で動いていないので電車ではないのだが、鉄道を総称して電車と言う人たちが元の世界にはいた。
ドワコとエリーが乗り込み、メロディも後に続いた。
「これ無料なんですか?すごいですね。」
メロディが無料で乗れることを知って驚く。そして魔動車は動き出し、あっと言う間にジョディの村に到着した。
「こちらで乗り換えになります」
エリーが隣の線路に案内する。これは先日開業した村内の環状線だ。
「路面電車もあるんですね」
メロディが言った。この領地では総称して魔動鉄道と呼ばせている。
「メロディさん。先ほどから言っている電車と言う言葉はどこで知られたんですか?」
ドワコが質問する。
「何となくそのような名称の気がして・・・。」
言葉を濁された。
村内環状線に乗り換えて魔動車が動き出した。しばらくすると神殿前の停留所に到着した。
「着きましたよ。ここで降ります。」
ドワコとエリーは魔動車を下り続いてメロディも降りた。
「それでは、こちらがドワコ領の神殿になります。少し広くて一人では管理が大変かもしれませんがよろしくお願いします。」
「いえ、こちらこそお世話になります。」
ちなみに神殿の入り口から中に入った。正面から入れば聖堂に出るようになっている。そこそこの広さがある聖堂だが、祭壇はあるものの、台座はあるのだが中央に配置されているはずの女神像が置かれていない。これは最初の打ち合わせ通りの物である。隣には診察用の部屋も作られている。そしてシスターの居住区へ案内する。数人のシスターが居住できるように個室と共用のスペースが作られている。そして異彩を放つのが厨房だ。色々な設備が整えられ商用としても使えそうなレベルになっている。そして隣には多目的に使える広めのスペースが作られている。この用途についてはドワコはわからない。
「立派な神殿ですね。一人で管理できるか心配ですが精一杯頑張ります。」
シスター・メロディが決意を表明した。
「あと、知っているかもしれませんが、元々はこの土地は隣の国でしたので宗教も異なります。一からの布教になりますので、大変だと思いますが頑張ってください。」
ドワコが注意点を教えた。
「それじゃ最後にシスター・メロディにプレゼントを差し上げます」
そう言ってエリーが昨日製作した魔法書を渡した。
「これは魔法書・・・ですよね?」
「そうです。使用者登録をしてくださいね。」
登録方法についてエリーが説明し、メロディが説明の通り作業を進める。
「はい。これでこの魔法書は貴方の物になりました。有効に活用してくださいね。」
「ありがとうございます」
「シスター・メロディは魔法の適性があるの?」
会話を聞いていたドワコがエリーに聞いた。
「直接本人に聞けばいいと思いますよ」
「シスター・メロディ。魔法書に何か書かれていますか?」
「えっと・・・」
シスター・メロディは魔法書をパラパラとめくる。
「えっ?この文字って日本語?」
小さな声で呟き、ハッとした様子でシスター・メロディが驚く。
「えっとヒールと書かれたページがあるだけですね」
「そっか・・・ってこの文字読めるの?」
ドワコは驚いた。この魔法書には大きな欠陥がある。書かれている言語がこの世界の文字ではなく日本語で書かれているのだ。魔法書の需要はあるのだが、読めないために売り物にならない。
「はい。前にいた世界・・・と言っても信用してくれる人がいませんが・・・で使われていた文字です。」
「たしか孤児で幼い時から神殿で暮らしていたと聞きましたけど?」
「はい。前にいた世界で交通事故に合い気が付いたら子供の状態で町をさまよっていました。そのまま神殿で保護されて、それから10年以上経ちましたので元居た世界の記憶も曖昧になってきているんですけどね。」
エリーが指名してまでここに連れて来た意味を理解したドワコだった。




