39.貧民街
武器屋組合の一件が済み、ドワコは聖女の執務室にいる。
「セバスチャン、前に頼んでいた調査の結果を報告してください」
「かしこまりました。お嬢様に依頼されていた調査ですが、あの長屋の管理は現在は管理者不在となっているようです。先々代の聖女様が困っている人たちのためにと、私財を投じて作った物だそうです。」
「そうですか。あそこまで大規模だとかなりの私財を投じたのかもしれませんね。それで管理者不在と言うのは?」
「はい。元々は半世紀ぐらい前に建てられた物らしいですが、それまでは先々代の聖女様が維持管理を行っていたようです。ただ、7年前に先々代の聖女様が亡くなり、先代聖女様へと引き継がれたはずなのですが、うまく引継ぎが出来ていなかったようです。そのために元々老朽化が進んでいた上に7年放置されていたために、今のような状態になったようです。」
「今の所有権はどなたが持っているかわかりますか?」
「元々は国の管轄する土地の上に建てられていますので、土地は国が管理しているようです。建物については先代の聖女様に書類上は移行しているようですが、本人はその事を把握していないと思われます。」
「セバスチャン、ありがとうございます。」
「本来はもう少し早く報告せねばなりませんでしたが、遅くなりまして申し訳ございません。」
「いえいえ。これで十分です。それと住民の暮らしについてはどうでした?」
「はい。お嬢様のおっしゃる通り治安は安定しているようです。住民が協力して治安維持に努めているようです。住民の仕事についてですが、工事や町工場などで働く者、細々と商売をする者、店で奉公している者など様々です。共通して言えることは、貰えるお金は僅かだということです。」
「賃金の高い職場を紹介できれば良いのですが、現状では厳しいですね。一時しのぎですが、炊き出しと住民の診察を行いましょう。建物の修繕については前聖女に確認を取ってから作業の準備に入ります。これにかかる費用は私の方で持つことにします。」
「かしこまりました」
「それでは少し出かけてきます」
「「「いってらっしゃいませ」」」
ドワコは執務室を出て、王子のいる部屋の前に来た。今までなら部屋がわからなかったのだが、およそ1カ月王族の居住区にいたため、ある程度は王族の部屋がわかるようになっていた。そして部屋の前にいる使用人に面会に来たことを伝える。王子から面会の許可が下り部屋に案内された。
「お忙しいところすみません。少々確認をしたいことがありまして伺わせていただきました。」
「ドワ・・・じゃなかった聖女よどのような要件かな?」
金髪の中性的な雰囲気の王子が名前を言いかけ慌てて訂正する。
(この前も思ったけどこっちが地毛かな?女装の時はカツラだったみたい)
「早速ですけど先々代の聖女様より、貧民街について何か話を聞いていませんか?」
「いや、聞いた記憶がないな。」
王子は答える。
「土地は国の管轄なのですが、書類を調べた所、建物に関しては前聖女様となっていまして・・・」
「おい、確認してきてくれ。」
近くの側仕えに確認に行かせた。
少しして側仕えが戻ってきた。
「確認してきました。7年前に聖女様のおっしゃる通り建物の所有権が移行しています。」
「わかった。ありがとう。」
「ドワ・・・じゃなかった聖女よそなたの言う通りであったようだ。」
(また間違えかけてるし)
「それで、確認してどうするつもりだ?」
「私にその権利を譲ってほしいのです」
「この話を聞くまでは知らなかった事なので構わんよ。それじゃそちらで手続きを頼む。」
あっさりと許可をもらい、所有権を移行する手続きを行った。
(手続きをしたのはセバスチャンだけど)
次の日、ドワコはドワーフの集落に来ていた。
貧民街の改装計画についての打ち合わせだ。
昨日のうちに引いておいた図面を親方に見せながら説明する。
「まず、物資に搬入を容易にするために通路の確保を行って舗装作業を行います。これは特殊形状のブロックを使います。これを慣らした土の上に敷き詰めると人が通るくらいではビクともしない舗装道路が作れます。まず、これの生産をお願いします。」
「それを嬢ちゃんがアイテムボックスに入れて運ぶわけだな。本当にあっと言う間に大量の物資が運べるのは驚きものだ。」
「舗装道路完成後、各家を取り壊しこの図面の通りの家を建てていきます。各パーツを共通化し部品点数を少なくして容易に組み立てられるようにします。各パーツは事前に用意して建設現場に持ち込みます。この部品製作もお願いします。これが各パーツの図面です。」
「ほうほう。なるほどな。わかった。作っておく。」
「あとは現地での作業をしてもらう人員の確保もお願いします。大掛かりな工事になると思いますけど、よろしくお願いします。」
「腕が鳴るな。こりゃ楽しみだわい」
親方を通じ、貧民街の改装計画が進んでいく。
その翌日、ドワコはアリーナ村に来ていた。
久しぶりに会ったエリーは少しご機嫌斜めだった。
「ドワコさん王妃様から解放されてから少し経っているのに全然来てくれないんだもん」
「ごめんね。少し忙しくてね。」
「お姉ちゃんとは一緒にお出かけできるのにね?」
エリーが言うお姉ちゃんとはシアの事だ。小さい頃から姉妹同然で育ったようで今でもお姉ちゃんと呼んでいる。
「楽しそうな事しているのに放置するなんてひどいですぅ。次は私も行くよ?」
「わかったよ。次はお願いね。」
「今日はどうしますか?食料の調達?それとも輸送用のコンテナ作る?」
ここに来た理由を話していないはずけど、エリーにはお見通しのようだ。
「最初は輸送用コンテナから作ろうかな」
工房の庭で大型のコンテナの製作に取り掛かる。この中に建築資材を突っ込みアイテムボックスに入れて輸送する予定だ。これを複数個制作する予定だ。
丸一日コンテナの製作につぎ込み、7個のコンテナを完成させた。ちなみに大きさは徐々に小さくなるように作ってある。そうすることでマトリョーシカのように、一つのコンテナに全部入れられるようにして、使わない時はアイテムボックスの占有を緩和させることができる。
その日は工房に泊まり、翌日ドワコとエリーは冒険者ギルドに向かった。
ドワコは村で食料の調達をするつもりでいたが、エリーが冒険者ギルドに行くように薦めた。
冒険者ギルドに入るとエリーが依頼の書かれた紙が掲出してあるボードより一枚の紙を剥がしカウンターに提出した。
「これお願いします」
依頼内容を確認したギルドのおばちゃんが確認をする。
「えっと、この依頼は何人で受けるんですか?」
「2人です」
「この依頼はそれなりの人数を揃えないと厳しいと思うけど大丈夫?」
「大丈夫です」
エリーは自信満々に言い放った。
「わかりました。それじゃよろしくお願いしますね。」
ドワコが依頼内容を確認する前にエリーが依頼を受けてしまった。
依頼書を覗き見ていると『マンガー討伐 そのままの状態で1体持ち帰る 報酬大金貨5枚』と書かれていた。大金貨5枚と言えば500万相当である。依頼としてはかなり高額だ。
「ドワコさん。それじゃサクッと狩ってきちゃいましょう。」
エリーが笑顔で言ってきた。
そしてドワコとエリーはワイバーンに乗ってマンガーのいるエリアへ移動している。
「そろそろですよ。・・・この辺りで降ろしてください。」
エリーに言われるまま広い草原にワイバーンを着陸させた。
「あそこにいるのがマンガーです」
エリーが指さした。
全高が5mくらいある毛むくじゃらの像のような生き物がいた。かなり大きいです。
「それじゃドワコさんお願いします。お肉が痛むといけないので魔法は駄目ですよ。」
「はいはい」
ドワコは鉄のハンマーを持ち、マンガーに立ち向かった。
「頭ですよ。頭狙ってください。」
エリーが後ろの方で叫んでいる。頭の位置ってかなり高いんですけど・・・。長い鼻を駆け上がり鉄のハンマーを振り下ろし頭に1撃を加える。そのままマンガーは息絶えた。
「意外とあっさり倒せたね。これで大金貨は楽だね。」
「いえ、そうでは無いんですよ。この依頼はここからが大変なんです。これだけの巨体をそのままの状態で運ばないといけないので普通の馬車では載せられないんです。冒険者では手配不可能な大型の輸送馬車を使うか複数の馬車をつなげ速度を合わせ協調して運ぶとか・・・。でもドワコさんなら運ぶの簡単でしょ?」
「ああ・・・なるほどね。それで沢山の人がいる訳だ。」
ギルドのおばちゃんが大人数が必要になると言った意味を理解した。
「それじゃ2体目行きますよー。」
「依頼は1体で良かったんじゃ?」
「これは炊き出し用の食材です。美味しそうなのを狙ってくださいね。」
そしてドワコは2体目を確保しアイテムボックスへ収納した。
村に戻り、依頼達成の報告に冒険者ギルドに寄った。
「早かったですね。討伐した物は裏庭にお願いしますね。」
ギルドのおばちゃんにそう指示され、アイテムボックスから討伐した1体を裏庭に出した。
「確かに確認しました。それではこれが報酬ですね。あと、おめでとうございます。2人ともランクアップです。銅ランクから銀ランクへと昇格しました。これにより受けられる依頼も増える事になります。」
「ランクアップだって」
「ドワコさんおめでとう」
「エリーもね」
「この依頼、元々は多人数で受ける依頼なので少数で受けると、その分、割増しで評価ポイント入るんですよ。ドワコさんのおかげですね。」
そして工房に戻ると、いつの間にか野菜類の食糧が用意されていた。
「必要だと思って確保しておきましたよ」
とエリーは言った。準備良すぎです。
ちなみに、食料は村に入ってくる冒険者が増えた為に増産体制に入ったが、最近では冒険者も減ったために食料が余り気味になっていて確保は容易だったそうだ。
それから数日経過し、貧民街での炊き出しを行う日となった。
事前に炊き出しをする事の告知を出していたために大きな混乱は起きなかった。
貧民街の一角に予定の場所で炊き出しの準備を始める。遠巻きに貧民街の住人が見ている。今回のメニューは肉と野菜のたっぷり入ったスープだ。先日確保したマンガーの肉を使用し、野菜はアリーナ村で調達してきた。アイテムボックスに入れたものは劣化しないようなので材料は長期間保存可能だ。
炊き出しの準備をしているのは、聖女用のローブまとったドワコ、メイド服を着たエリー、ジェーン、ジェシーの4人だ。手早く準備をしてゆく。それと並行して診察が出来る準備も行う。
準備ができ、ドワコが診察、エリーが診察に行けない重傷者の往診受付、ジェーンとジェシーが炊き出しの配給だ。炊き出しで使用する食器類は使い捨てでは無く、持って帰り各家庭で食器として使える物とした。
「お待たせしました。ただいまより炊き出しの配給と診察を行います。往診の受付も行いますので直接来ることが出来ない方は代理の方を通じお知らせください。」
ドワコが開始の号令をかける。特に割込み等も無く1列に並んで配給の食べ物を受け取っていく。その間ドワコは怪我人、病人の診察を行い回復魔法で治療していく。エリーは往診の受付を行っている。
食べ物の配給の列に以前、ドワコに手紙を渡した少年が並んでいた。いったん診察を中断して少年の所へ行った。
「こんにちは」
ドワコが少年に向けて挨拶をする。
「あっ。聖女様っ。この前は手紙を読んでくれてありがとうございました。そのおかげでお母さんの怪我も治ってみんなで元気に暮らしています。」
「そうですか。それは良かったです。あの手紙が無ければ、私は今、ここにいることは無かったでしょう。人の縁とは、どのようにつながるかわかりませんね。それでは私は診察の方に戻りますので、ささやかな物で申し訳ないですけど、たくさん食べていってくださいね。」
そう言うとドワコは診察へ戻った。
少し経ち、診察がひと段落したので、エリーから往診のリストを受け取り、回る事にした。やはり体が資本と言う事もあり、怪我で仕事が出来なくなると家計にも大きなダメージが来る。支え合える家族がいない、または支えることが出来ない子供しかいない家庭にとっては死活問題になる。
「これで大丈夫です。しっかりと働いて家族を支えてあげるのですよ。」
ドワコは最後の訪問先の家でにこやかに(と言ってもフードを被っているので相手には表情が見えないが)伝え、炊き出しを行っている場所へと戻った。
「どう?食材足りてる?」
ドワコがジェーンに問いかける。
「かなり配ったとは思いますが、予想以上に複数回取りに来る人がいて少し厳しいかも知れません。」
「お腹いっぱいになってもらえれば良いので、追加で出しますね。」
予め沢山作って用意してあるので、出来上がった物が入っている大鍋をアイテムボックスから取り出し交換した。その光景を子供たちが見ている。
「聖女様、この大きな鍋ってどこから出てくるんですか?」
1人の少女が聞いてきた。
「これはね。一つの魔法のようなものだよ。困っている人の為にこうして魔法を使ってみんなを笑顔にするのが、私の仕事なんだよ。」
優しく答えると、それを見ていた他の子供たちに囲まれてしまった。
「ねーねー聖女様ぁ」
「わたしも聖女様みたいになりたい」
しばらくの間、子供たちと交流を楽しんだ。
背の高い聖女様の周りに子供が集まる光景だと絵になるのだが、ドワコは小さいので、遠くから見ると子供たちが固まって遊んでいるだけのようにしか見えなかった。
炊き出しも無事に終えて、撤収作業を行った。
帰り際、住民が出てきて見送ってくれた。
一応公務だと言う扱いなので、家には直接戻らず城に戻り、着替えてから帰宅した。




