37.お持ち帰り
盗賊団の一件から半月が経ち、ドワコは工房と聖女の仕事を続けている。
今日は、『アリーナ温泉』の様子を見にエリーと一緒にアリーナ村に来ている。
かなり好評のようで、平民用の温泉は村人の憩いの場、貴族用は日ごろの疲れを癒す場所として多数の上級貴族も訪れるくらい人気となっている。
歩いて向かっている所で後方から多数の騎士たちに護衛された豪華な馬車がやってきた。ドワコが公務で使用する馬車よりも豪華な仕様になっている。物珍しさで眺めていて、エリーに話しかけた。
「すごく立派だね。この馬車は誰が乗っているんだろうね?」
と問いかけたが、返事が無かった。いつの間にかエリーがいなくなっている。エリーを探して周りを見渡してしまい、それで反応が遅れてしまった。
「おい、そこのドワーフ。」
隊列の先頭にいた騎士がドワコに向かって叫んだ。近くまで接近しているのに気が付かず、ドワコは馬車を止めてしまっていた。即座に他の護衛騎士が剣を抜いてドワコの周りを取り囲んだ。
「マルティ王国、王妃様の馬車と知ってのことか?覚悟は出来ているんだろうな。」
ドワコは人生終わったなと覚悟を決めた。ふと視線をあげると少し離れた木の陰にエリーが隠れていた。エリーはドワコだけに見えるように右手の親指を立てている。いわゆるサムズアップと言うやつだ。エリーの行動が理解できないでいると馬車の中から声が掛かった。
「お待ちなさい」
中から豪華な衣装を着た妙齢の女性が出てきた。金髪のロングヘアで顔立ちも良く気品あふれる優しい印象を受けた。
騒ぎを聞きつけた村人たちが沢山出てきた。村のために貢献していたドワコだっので、村人では知らない人がいないぐらい有名人である。王妃の乗る馬車の進路を妨げたと言う状況を把握した村人たちは不安そうに動向を見守る。
「おやおや・・・まあまあ・・・これはなかなか・・・コホン」
王妃は咳払いをし、姿勢を正してドワコに言った。
「本当なら即刻、無礼打ちにされても文句が言えない状況です。しかしながら、わたくしにも温情と言うものがあります。拘束しなさい。」
護衛騎士にドワコは身柄を拘束された。
王妃様と思われる人は良い物を見つけたと言わんばかりの笑顔になっていた。
「この者をそこに放り込んでおきなさい」
自分が乗っていた馬車を指差し護衛騎士に命じた。
「しかし・・・」
護衛騎士が答えようとすると制止した。
「言う通りにしなさい」
「かしこまりました」
ドワコを馬車の中に放り込み監視のために護衛騎士も乗り込もうとした。
「あなたは乗り込まなくてもいいです」
護衛騎士を止めて王妃が乗り込み馬車のドアを閉める。
「出しなさい」
と命令し、一行は動き出した。
そこには状況をつかめていない村人たちがポカンと立ち尽くしていた。
王妃は新しく完成した『アリーナ温泉』の評判を聞き、お忍びでアリーナ村に来ていた。もちろん予約も違う貴族の名前で取ってあり、王妃が来ると言う事は村の者は誰も知らなかった。
そこに運悪く遭遇してしまったドワコは身柄を拘束されてしまった・・・。
今、『アリーナ温泉』の貴族用の一番広い浴場には王妃様が入浴している。なぜかドワコも一緒に入っている。もちろん2人共、服は着ていない。そしてドワコは王妃様の体を洗っている状態だ。
「ドワコ。隅々までしっかりと洗ってくださいね。」
「かしこまりました」
ドワコは隅々まで王妃様の体を洗っている。
そして、洗い終わると今度は王妃様がドワコの体を洗い始めた。
「もう、こんなに汚れちゃって~キレイキレイしましょうね~。」
王妃様に後ろから抱き付かれドワコはきれいに洗われていく。
(体中のいたるところから王妃様の体の感触が伝わり幸せな気分にドワコはなっていた)
そして2人は湯船に入る。王妃様の膝の上にドワコが後ろ向きに座っている格好だ。
「ここはとても居心地の良い所ですね。気に入りました。」
「気に入っていただけたのなら良かったです」
(一応、自分が作った施設なので褒められると悪い気はしない。)
お湯につかりながら2人だけのゆっくりとした時間が流れていく。
少し時間を戻し、ドワコは拘束され、馬車に放り込まれた。そして王妃が乗り込み馬車が動き出した。馬車の中は側仕えのメイドさんが2人と、王妃様、ドワコの4人が乗っている。
ドワコは状況が良く掴めずにいた。拘束されたはずなのに何故か王妃様と同じ馬車に乗っている。しかも隣に座っている。
「私は、先ほどの件で失いかけた貴方の命を救いました。その恩を私の側で働いて返しなさい。」
半分強引に話を進めてくる。王妃様なのでドワコに拒否権は無いと判断し、半ばあきらめで返事をする。
(ドワコは後でわかった事だが、聖女は高い身分が保証されていて、実際はお咎め程度で済む事案だった・・・)
「かしこまりました。王妃様。」
「このお人形さんのような大きくクリクリした目に均整の取れた顔立ち、そして思わず守ってあげたくなるような小ささ・・・村人としておくのは勿体ないわ。」
ドワコは王妃様に気に入られたらしい。
時間は戻り、入浴を済ませ就寝時間となった。そこでも王妃はドワコを離さなかった。
「それじゃ一緒に寝ましょう。こちらへ来なさい。」
「それでは失礼します」
王妃様に誘われドワコは同じ寝床に入る。そのまま王妃様に抱き付かれたまま寝る事になった。
翌朝、ドワコは王妃様の胸の中で目を覚ました。立派なそれは何とも言えない心地よさだった。
「おはよう。ドワコ。」
「おはようございます。王妃様。」
起きたタイミングを見計らったかのようにメイドたちが部屋に入ってくる。
「「「おはようございます。それではお着替えの方をお手伝いさせていただきます」」」
メイドたちは慣れた手つきで王妃の着替えを行っていた。同時進行で別のメイドがドワコの服も着替えさせている。王妃は豪華な衣装を身にまとい気品があふれている。ドワコも何処から用意されたのかわからないが可愛いドレスを着せられている。サイズもぴったりだ。
「昨晩のうちに手配しておいてよかったです。良く似合ってますよ。」
「ありがとうございます」
王妃様に褒められてはいるが、ドワコは今まで頑なにこの手の服は着なかったので微妙な気分になっていた。
それからお忍びでの温泉滞在は数日続き、王妃とドワコの仲は日を重ねるごとに良くなっていった。
そして、短い休養も終わりをつげ、ドワコも含めた王妃様一行は馬車で城へ戻った。
「ここが新しく貴方の住むことになる場所です」
執務で何度も城へは行っているので今更ではあるが、初めて見て驚くように見せないと王妃様ががっかりすると思い少々演技を含め驚いてみた。
「大きいですね。ここで王妃様と一緒に暮らすんですね。」
(・・・嘘は言ってないよね?)
馬車から降り、出迎えの使用人がいっぱい並ぶ中、王妃とドワコは側仕えのメイドを従え奥に入って行った。そして王妃の私室に入る。
「ごめんなさいね。城に戻ってしまうと、公務がある関係で今までのように付きっきりと言う訳には行かなくなります。寂しい思いをさせてしまうかもしれませんが我慢してくださいね。」
抱き寄せられ、頭を撫でられて王妃はドワコに告げた。
「それと、城の中にはドワーフに対して良くない感情を持つ貴族がいます。あなたを守るためでもありますので、私のいない所では出歩かないように気を付けてくださいね。」
(・・・まあ今まで普通に城の中を歩いてましたけど)
「わかりました。気を付けます。」
あれから一カ月くらい経ち王妃様とドワコの生活は続いている。
公務がある日は、食事と入浴、就寝を一緒にするくらいだけの日もあるが、公務が休みの時は2人でいる事が多かった。
城での生活が始まった頃にドワコは王様に紹介された。
「この前アリーナ村で見つけたドワコです。可愛いのでお持ち帰りしちゃいました。」
王妃が王にてへぺろをしながら伝える。
「王妃が国民をお持ち帰りするのは感心しないな。まあ連れて帰ってきた物は仕方ない。」
王も昔から王妃に持ち帰り癖があるのを知っているようで半ばあきらめた感じだ。
王にとっても国民が一人消えたくらいでは何とも思っていないのかもしれない。
そして、王様、王妃様、ドワコの3人で仲良く食事をしている時に王様からこんな話題が出た。
「今日初めて聞いたのだが、聖女が1カ月くらい前から行方不明になっているらしい。」
「どうしちゃったんでしょうね?」
王様と王妃様が話をする。その横で青ざめた顔になっているドワコがいた。
(数日くらいの気持ちでいたけど、もう1カ月も過ぎてたんだ・・・仕事ほっぽり出してたけど・・・どうしよう。)
「言われて見れば先日の公務にも出てこなかったな。フードを被ったままで良いから任命してくれと息子に頼まれたから仕方なく任命したのに、名前も顔もわからないから探しようもないしな。」
「誘拐された・・・とか何でしょうかね?」
「誘拐されたとしたら、犯人側から何か連絡とかあるだろうしな。」
「ドワコ、ちょっと物騒な話をしてごめんね。顔が青くなってるけど大丈夫?」
顔の青くなっているドワコを見て王妃様が優しく語りかける。
「イエ、ダイジョウブデス」
ドワコは何とか声を出した。
「そう言えば他国へ使者として行っていた息子がそろそろ戻って来る頃ではないか?」
「ああぁ・・・そうですね」
王様と王妃様が会話をしているのを聞いてドワコは思った。
(息子と言うと・・・この国の王子様か。どんな人なんだろう?)
「只今戻りました。父上、母上。」
食堂の入口付近から声がした。
「おっ噂をすると・・・だな」
「ですね」
入って来た王子様(?)はツカツカと早歩きで王様の側に行く。
「今、城の者に聞いたのですが聖女が行方不明だと・・・」
「どこへ行ってしまったんだろうな。お前が強く推薦するから任命してやったんだぞ?」
王子は家族以外の者が一緒に食事をしているのに気が付きドワコの方を見てお互いに目が合う。
「ドワコ!なぜここにいる」
「へっ?」
突然、王子に名前を呼ばれドワコはびっくりして飛び上がった。
「あらあら、ドワコと知り合いなのね。」
満面笑みの王妃が王子に対して言った。
「知り合いと言う事は間違いではありませんが、もっと大事なことがあります。このドワコが今の聖女です。」
王子が王と王妃に向かい怒った口調で言った。
「あらあら・・・」
「そのなんだ。行方不明だと思っていた聖女は、実は今ワシらと一緒に食事をしていたと?」
「そうです」
王子は言い切った。そしてドワコに問いかける。
「で?ドワコはなぜ仕事を放り出してここで一緒に食事をしている?」
「なぜと言われましても・・・お持ち帰りされたから?」
ドワコが答える。
「お母様の悪い癖が出ましたか・・・気に入った物があるとすぐに持ち帰りしてしまいますから。でも人をお持ち帰りしては駄目ですよ?これでは人さらいになってしまいますよ?」
「魔が差しちゃって・・・ごめんなさいね」
王妃様がドワコに謝る。
「そんな謝らないでください。言い出せなかった私も悪いですし・・・。結果的に仕事を放り出す形になってしまい申し訳ありません。」
ここにいる全員にドワコは詫びる。そして気になった事を尋ねる。
「あと、王子様と私って面識ありましたっけ?」
「はっはっは。こいつは聖女の前任じゃ。なかなか似合っておったぞ。」
王様が笑いながら王子の正体を明かす。
「私はあまり乗り気ではなかったのですよ?国のために仕方なく・・・。」
「満更でもなかったくせに。まあ良いそういう事にしておいてやろう。」
とりあえず落ち着いたので、帰って来た王子も含め4人で食事を再開した。
食事も終わり王妃がドワコに言った。
「残念ながらとても惜しい気はしますが、これ以上拘束する訳には行きません。ドワコは自分の仕事に戻り職務を遂行しなさい。それが国の為となります。」
「かしこまりました」
こうしてドワコは解放された。・・・戻り際に王妃様がそっとドワコにささやく。
「たまには遊びに来てくださいね」




