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真・恋姫†無双 仲帝国の挑戦 〜漢の名門劉家当主の三国時代〜  作者: ヨシフおじさん
第九章・革命の空へ
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99話:皇帝宣言

   


 曹孟徳、宮廷にて大規模な粛清を実行……その知らせは、中華全土を激震させた。


 時は乱世といえど、これまで曲がりなりにも守られてきた形式や法といったものの一切を踏みにじる蛮行であったからだ。


 粛清は皇帝の名の元に発表され、これによって朝廷を脅かす地方領主の多くが排除された事になる。その中には孫策や劉焉、馬騰といった名だたる大諸侯も含まれており、辛くも粛清を逃れたのは欠席していた劉表と華北の戦場にいた袁紹ぐらいのものであった。


 これによって朝廷の力は一時的に強化されたが、皇帝の権威ではなく軍隊の権力によってそれが為されたという事は、軍務を一手に握る曹操らの影響力がより強固なものになったという事でもある。


 

「あんの小娘ぇ…………!」


 その報を聞いて、袁紹は怒髪天に達した。


 なりふり構わぬ曹操の覇道に憤りを感じた……という至極まっとうな理由で。

 袁紹の場合、物事を深く考えないというだけで、根は常識人なのであった。


「由緒正しき伝統ある漢帝国の歴史に泥を塗りたくるなんて、絶っぇぇぇえッ対に許しませんわッ!」


 曹操……昔から彼女のやることは、常に正しかった。幼い頃から付き合ってきただけに、誰よりよく分かっている。過程はともかく、結果は常に最善にして最高。しかも単に頭が良いというだけではない。

 

 ―――人を惹きつける人望に、どんな重圧をも撥ね退ける精神力。


 そして時には周囲を押し切ってでも信念を貫き通す、決断力と苛烈さを兼ね備えていた。



 自信家の幼馴染はそのまま成長し、無名の宦官の孫から一国の宰相にあたる地位まで登りつめた。

 旗揚げ時は夜盗かと見紛うほどのみすぼらしい私兵集団だったのが、今では中華最強の軍隊だ。



(華琳さん、貴方という人は名族でも無いくせに………本当にズルいですわ)



 いつからだったのだろうか。

 


 そんな彼女に対する嫉妬が、憧れへと変化し、いつしか尊敬へと変わっていったのは。




 ――だからこそ。




(どうして“あんな”真似を……!)


 認めたくはなかった。そして何より、信じたくなかった。


 自分がライバルと認め、密かに目指すべき目標とも仰いだ幼馴染が、騙し討ちで諸侯を虐殺したなどという話が受け入れられるはずもない。


 乱世の奸雄・曹操いえども人の子だ。いかに非凡な才を示そうとも、王者を目指す者ならば王道を歩む志を持ち合わせているはず。その点は、あの幼馴染だって変わらない。そう、信じたかった。



(ッ………!)



 その反面で袁紹は、やはりこうなってしまったか、と何処か冷静に納得してもいた。



 まったくの想定外だった、といえば嘘になるだろう。自信満々な幼馴染の表情の裏に、どこか深い闇や陰を感じるものが潜んでいるような気がしていたからだ。


 成長するにつれ、彼女のそうした暗い側面は鳴りを潜めていった。袁紹はそれを単純に成功して気が晴れたからだと楽観的に捉えていたが、それは誤りだった。



 ――曹操は単に、演技をするのが上手くなっただけなのだ。



(それでも貴女は……この袁本初が認めた、たった一人の好敵手ですのよ!?)


 

 もっと器の大きい人間だと思っていた。もっと志の高い人間だと思っていた。

 だというのに、この情けない有様はなんだというのか。自分は彼女を見損なっていたのか。

 


 分からなかった。



 どうして旧友がこんな暴挙に至ったのか、まったく理解出来なかった。


 あれほど宮廷闘争に明け暮れる漢王朝を憂いていた彼女は、自分の知らぬ間に権力欲に塗れた政治屋に墜ちてしまったのだろうか。


 いかに対立し、嫌味を言い合い、時には剣を交えたとしても。

 同じ様に乱世を憂い、同じ様に平穏を願った友だった、――筈だった。



「ふ、ふふふふ………………」



 やがてその口許に不敵な笑みが浮かび、体が小刻みに震えだす。

 

「おほほほほほほ―――――おーっほっほっほっほっほ!!!」


 ついには堤防が崩壊したかのごとく、膨大な笑い声の奔流が一気に噴き出した。




 分かっていたはずだった。これこそが、自分のよく知る“華琳”だ。


 常人では想像もつかないような発想と、いかなる困難も容易く乗り越える行動力。

 ついぞ自分はそれを理解することが出来なかった。それが今も続いているというだけのこと。



「――華琳さん、やはり……わたくしには貴女が何を考えているか理解できませんわ」


 悲しいかな、非凡な幼馴染に対して、自分は情けないぐらい残念な頭脳しか持ち合わせていない。


 ならば――。



「このわたくしが、今度は“直接”聞きに言ってやりますわ」



 そう、直接問い詰めるしかない。本人の口から直接、自分にでも分かる簡単な言葉で。

 説明してもらうのだ。どうして、こんな暴挙に出たのかと。何を考えて、そこに至ったのかを。


「華北四州は、まもなく袁家の手に落ちるはず……」 


 公孫賛はよく持ちこたえているが、そろそろ潮時だ。脱走兵や内通がちらほらと出始めているし、沮授の考えた“秘策”も発動まで秒読みの段階。そして易京城さえ落とせば、華北四州は完全に袁家の支配下に落ちる。



 ――あとはただ、圧倒的な兵力をもって南下するのみ



 今のところ、全ては計画通りに進んでいる。

 袁家の誇る天才、田豊と沮授の思惑通りに。


「華琳さん、首を長くして待っていらっしゃい」


 袁紹は腕組みをしたまま視線を南方へと向ける。

 天子と、曹操、そして己がこれから君臨すべき土地へ――。



「おほほほ、おほほ、おーッほっほっほっほっほ!!」



 もはや彼女の脳裏に、和平だの交渉だのといった単語は存在しない。

 そこにあるのは、袁家の輝かしき勝利と栄光のみ。


 彼女に付き従う黄金の軍隊と共に、袁紹は天下統一に王手をかけようとしていた――。



 ◇



「うわぁ……」


 思わず素でドン引きしてしまった張勲は、コホンと咳払いをして平静を装った。無理もない。孫家から南陽を取り戻した彼女たちの前には――。



「「「袁術さま万歳、万歳、万々歳!!」」」



 劉勲ら主君を見捨てて脱走した旧家臣たちが、何食わぬ顔でずらりと並んでいた。


(なんですか、これ?)


 彼女たちの思考回路を推測するのに張勲は、とてつもなく長い数秒間を必要とした。それほどに劉勲らの態度は理解しがたく、本心から意味が分らなかった。


(つい昨日まで美羽様を見殺しにしておいて、なんで当然のように顔を出せるんですかねぇ……)


 笑顔が引きつり、眉が小刻みに揺れる。そんな彼女の静かな怒りを知ってか知らずか、さも当たり前のように美辞麗句を並び立てる人民委員たち。


「袁術さま、ご機嫌麗しゅう。よくぞお戻りになられました」

「逆賊討伐、お見事でした!感服いたしました!」

「我ら一同、いっそうの忠誠と奉仕を宣言します!」


 媚を売りつつ、自己弁護を図る旧家臣たち。明らかに嘘だと分かる、しらじらしい言葉が連続する。


 彼らにしてみれば、袁術など自分たちに都合のいい人形に過ぎない。お飾りとしての機能しか求めていない事を隠そうともしていなかった。


(後で全員、家族と一緒にぶっ殺してやりましょうか……)


 凍りついた笑顔の中に、どす黒い感情をたぎらせる張勲。


 薄っぺらい言葉に、ぶ厚い面の皮……こちらが不利になれば当たり前のように裏切り、有利になれば当たり前のように味方面をする人民委員たちの態度は、さすがに許容の限度を超えていた。


「久しぶりね、張勲。元気してた?」


 そんな不忠者たちの最前列にいるのは、相も変わらず上質なドレスと芳しい香水に身を包んだ女だ。まるで休暇をとってただけとでも言いたげな軽いノリで、この騒乱が起こる前と変わらぬ調子で張勲の前に立つ。ふわり、とジャスミンの香りが漂う。


「こっちは曹操ちゃんと取引して色々と大変だったわ。で、これがその成果よ」


 対して、劉勲が自信満々で懐から取り出したのは、上質な紙でできた一枚の書類。


 まるで張勲らに選択肢は無いと言わんばかりに、劉勲は一方的に話を進める。懐から上質な紙を取り出すと、確定事項を通達するように文面を読み上げる。




「――漢帝国は仲帝国を冊封国として認め、宗主国として朝貢を受けることを受容する」




 冊封さくほうとは、称号・任命書・印章などの授受を媒介として、「天子」と近隣の諸国・諸民族の長が取り結ぶ名目的な君臣関係である。つまりこの場合、仲帝国は漢帝国を宗主国と認め、その臣下となる事を意味する。


 文書はそれに留まらず、続きには以下のように記されていた。


「貢期は半年ごと、洛陽・宛城間の道路を貢道とし、南陽郡における税収の1割を“方物”として天子に献上されること」



(えぇ………)



 張勲は自らの顔面から血流が消えうせるのを感じ、自分の知る常識が今や過去のものとなったを知った。


 劉勲と曹操が交わした取引は、「袁術は漢帝国から独立した新王朝を建てるが、漢帝国に従属する」というもの。


 とはいえ地方は元から独立しているようなものなので、実利的な違いは何もない。『冊封』自体も概念的なもので厳密な規則があるわけでもないので、正直な話、言葉遊びの領域に近い。


 ただ、『冊封』という形態をとった事で、仲帝国の側は『朝貢』と称して様々な利益を治める義務を負う。一応「朝貢を受けた宗主国は貢物の数倍の宝物を下賜する」という決まりがあるものの、官位や印章などでも代用可能だったりする。


 しかも仲帝国は形式上は独立国であるため、漢帝国の側には統治に関する一切の責任がない。仲帝国に形ばかりの下賜を行って貢物を受け取る代わりに、南陽郡の支配は袁家に一任する。


 分かり易い話が、「仲帝国は漢帝国の経済植民地となる」という事だ。何を隠そう、袁家の得意としていた非公式帝国主義が、今度は立場を変えて自分たちに適応されるというだけのこと。


 随分と回りくどい手に思えるが、自国の一部を植民地化するにはそれなりの理由がいるものだ。これを聞いた北郷一刀は、次のように憤ったという。


「一部の日本人が同じ日本人から搾取することを正当化するために、日本の中に新しく植民地を作る……そんな馬鹿な屁理屈があってたまるか」


 つまり、劉勲らは自分たちの権益と立場を曹操に保障してもらう代わりに、領民たちが本来持っていた「漢帝国臣民」としての権利の一切を放棄させたという事になる。



(袁家の全てを売りとばしてでも、自分だけは生きながらえようという腹ですか)


 売女め、と内心で毒づく張勲。

 

 劉勲は、彼女らしいやり方で、曹操に『特売』をかけたのだ。袁家の領地と、家臣団、そしてその象徴たる袁術の身柄――その全てを、はした金同然に買い叩かれる代わりに、自分だけは免除してもらう。



 それが認められたのは、漢帝国そして曹操にしても魅力的な案だったからだ。


 そもそも領民の保護などという国家の義務は、国家の側からすれば面倒事でしかない。貢物という形で税さえ搾り取れれば、領民がどうなろうと知った事ではないというのが本音だ。


 であれば南陽郡を「仲帝国」として独立させれば外国と見なせるため、盗賊やら水賊やらが出ても漢帝国がそれを討伐する義務を負うことはない。


「それからもうひとつ」


 劉勲は淡い茶髪をほっそりとした指先に器用に巻きつけながら言う。


「なお、冊封国として漢帝国に帰順した仲帝国には、朝廷の代理人として『大行令』が駐在する事となる」


 指先に巻きつけた髪を耳にかけ、劉勲は謎めいた笑みを浮かべる。

 まさか、と張勲が目をしばたたかせると、そこには我が意を得たりと言わんばかりの劉勲の顔。



「皇帝と丞相の名において、劉子台を『大行令』に任命し、関連する業務を司る権利をここに授ける。大行礼の言葉は、朝廷の御言葉と心得よ!」



 『大行令』とは、秦代に帰順した周辺諸民族を管轄した典客を起源とする官位である。外務大臣、もしくは近代の植民地総督のような役割を担っており、劉勲はそれに任命されたのだ。



(や、やられた……)


 張勲は額の生え際から汗が滴るのを感じた。


「お嬢様のご恩を忘れて、今度は曹操さんに尻尾を振ることにしたんですか」


「尻尾だけじゃなくて、腰も振ったわよ。とても悦んでたわ」


「………最低」


 張勲の瞳に深い軽蔑の色が走った。


 虎の威を借りる狐――今の劉勲には、ぴったりの表現だろう。優れた男を彼氏にした事で、自分まで優秀になったように錯覚して、悦に浸っている勘違い女。


(とはいえ、ここまで来ると逆に清々しいですね……)


 張勲の表情に、露骨すぎるほどの焦燥と不快感、そしてそれを上回る諦念とした表情が貼り付く。


 たしかに劉勲は道化なのかもしれないが、自分たちはそんな彼女によって完璧に組み伏せられてしまったのだ。恐らく彼女はこうやって、幾度となく自分と他人の両方を騙し、振り回していったのだろう。

 

 ほとんど完全敗北といった状態の袁家にあって、唯一彼女だけが無傷で、それどこか以前にも増して影響力は増大していったのだから。宿主を食い潰して壊死させ、それによって自分は肥え太る寄生虫。


(なんだか嫌な予感がしますね……)


 曹操らは劉勲を利用することで袁家を影響下に置いたつもりなのかもしれないが、あるいは――。




 ◇



 それから時をおかず数日後、袁術軍は戦おうともせず南陽まで曹操軍を迎え入れ、あっさりと降伏した。


 宛城に入場した曹操に対して劉書記長は膝をつき、最敬礼で次のように言い放ったという。


「我が仲帝国は漢帝国の徳を慕い、臣として方物の献上いたす」


 ここでいう「臣」とは「天子」の「臣」、つまり漢帝国を主とした主従関係を結ぶことを意味し、「方物」はそれに伴って政治的従属を示す為の貢物を差す。


 長らく中華と異民族との間で行われてきた冊封と朝貢を、朝廷と仲帝国の間で行うと言うのだ。袁術は献帝の家臣として冊封を受け、仲帝国は属国として漢帝国に朝貢する代わりに庇護を受ける……早い話が「顔も立てるし金もあげるから攻めないで……ね?」という事だ。


 理屈はこじつけ以外の何物でもないが、どちらにとっても旨みのある話である。

 

 曹操は袁術から莫大な献上品を毎年受けられるし、袁術は曹操の軍事的保護を受けられる。そして領土を接する両者は共に、互いを警戒しなくて済む。


 とはいえ、全ての関係者がこの講和を快く思ったわけでは無い。


 特に曹操陣営にとって袁家は徐州戦役を狂わせた仇敵と見なす考えが強く、また恥を恥じとも思わぬ厚顔ぶりに眉を顰める者も多かった。



 ◇◆◇



「朝貢だと? 何考えているんだ、あいつらは」


 大袈裟な追従を繰り返す劉勲らを見て、憎々しげに吐き捨てる夏侯惇。声にははっきりと軽蔑の感情が含まれている。


 人の上に立つ者は、それ相応の責任を負う。日頃は民から搾取しておきながら、不利となるや民も主も責任も放り出して逃げ出すような連中に、果たしてどれだけの価値があるというのか。


「主君と領地を売りとばしてでも、自分だけは生きながらえようという腹か……ふんっ!気に入らない!」


 見るのも不快だと言わんばかりに、夏侯惇はそっぽを向く。彼女ほど露骨でないにせよ、多かれ少なかれ、投降した袁家高官を見つめる曹操軍将兵の目は暗い。


(所詮は大衆を誤魔化すための方便に過ぎない、という訳か……)


 比較的穏健な夏侯淵でさえ、例外では無かった。


 彼女もまた、劉勲たちが孫家相手に最後の抵抗を試みるという可能性を捨てきれずにいたのである。人民の代表、大衆を導く選ばれし者、などと胸を張るからには、その誇りの為に自らの生命と賭ける気骨があるのではないかと考えていた。 

 苦労せずに袁家を従えたというのに、釈然としない気分だけが残る。


 何の罪悪感も覚えず手の平を返すような連中が口にする忠節に、いったいどれほどの信用が置けると言うのだろうか。薄っぺらい言葉に、ぶ厚い面の皮……こちらが不利になれば当たり前のように裏切り、有利になれば当たり前のように味方面をする人民委員たちの態度は、さすがに許容の限度を超えていた。



「華琳さま、本当にこれで良かったのですか? この際、袁術陣営を攻め滅ぼして我らの統治下に置いた方が……」


 夏侯淵は釈然としない思いを、曹操に伝える事にした。


 劉勲も賈駆も、特異な才の持ち主ではあるが、味方に引き入れるには少々危険ではないか。いくらでもやりようはあったはずなのに、曹操は最後まで彼らを手放したくなかったように思える。いつもの曹操といえばそうかもしれないが……少々釈然としない。


「つまり劉勲は信用できない、と?」


 口元を歪ませ、曹操が質問する。


「はい、あのような輩はいずれ、我らを裏切ります。我らに従うというのなら、それ相応の行動をしてもらわねば信じられません。口先では何とでも言えますので」


「あら、辛辣ね。じゃあ、足でも舐めさせてみようかしら?」


「か、華琳様!」


 冗談よ、と返す曹操だったが、夏侯淵は半信半疑だった。実際、彼女の主だったらやりかねない。ついでに言うと、劉勲も割と平気でやりそうだ。


 四つん這いの状態で、なまめかしい喘ぎ声と共に犬のように舌を滑らせる劉勲と、目を細めてそれを見下ろす曹操……。


「と、とにかくッ! 恥もなく軽々と主を変えるような売女は信用できません!絶対に裏切ります!」


「でしょうね」


 あっさりと曹操は裏切りの可能性を認めた。それを承知でなお、曹操は劉勲たちを使うと言っているのだ。


「秋蘭、貴女の言い分は正しいわ。劉勲は単純に私と袁術を天秤にかけて、私についた方が得だと判断しただけ」


 天秤が逆に傾けば、劉勲は躊躇いもせず裏切るはず。曹操にはそんな確信があった。

 しかし――。


「そういう女なのよ、あの子は」


 劉勲の行動は賞賛されるものではないが、かといって不可解な事とも思わない。


 寄らば大樹の陰。長い物には巻かれよ……昔からそう言うではないか。


 むしろ異常なのは揺るぎなき忠誠心の方ではないのかと、曹操は考えてしまう。もし人間が合理的な生き物なのだとしたら、利が大きい方につくのは当然の事なのではないだろうか。


「昔から変わらないのよ。子供らしいというか女らしいというか……とにかく計算高い」


 子供は大人の前では無力だし、男がその気になれば大抵の女は組み伏せられる。


(だから強い相手には逆らっても無駄だという現実を、本能的に知っている。生きるために戦うべきかどうか、勝算があるかどうかを瞬時に判断しながら行動する……)


 合理的な生存戦略だった。一度戦わないとなったら、徹底して服従する。戦う気力も実力も無いのに余計な反発をしたって逆効果。睨まれるより、気に入られた方が楽に生きられる可能性が高まるのだから。


 そして劉勲のような女は、他人を騙す前にまず自分を騙してしまう。一種の自己暗示のようなもので、それを繰り返している内に自分でも騙している事を忘れ、嘘が「真実」になっていく。



 昔から劉勲は天性の女優だった。彼女は相手が求める人格を敏感に感じとり、それをそのまま無自覚で演じきることが出来る。


 彼女が誰にでも見せる媚びの表情は演技ではなく、その場限りの「本気」だ。金のために近づいた醜悪な上司に本気で惚れ込む事も出来るし、いずれ使い捨てる予定の部下を我が子のように慈しむ事も出来た。


 だからこそ何人もの男を手玉にとれるし、どんな交渉事でも相手を信用させられる。実際、交渉をしている時の彼女は誠心誠意、“尽くす女”だからだ。良くない噂があろうと、対面した相手に「今度こそは」とか「自分だけは」と思わせてしまうのだ。


 何のことは無い。彼女は本気で袁術に仕え、曹操に仕え、何より自分に仕えている。複数の他人から求められる人格を、相手によって使い分けているようなものだ。


(今思うと、洛陽で一緒に学んでいた頃の劉勲は私より賢かったわね……)


 洛陽の学舎は、単なる教育機関ではない。名のある学舎ともなれば名士の子弟が多く集まるため、社交の場としても機能する。学舎での人間関係が出世に影響する事も珍しくはない。


 当時の劉勲は名のある教師に媚びを売って、名家の御曹司を悦ばせて、計算高く、ずるく、せせこましく、大人しく言う事を聞いていた。入学当初は無名で最下層に属してたにもかかわらず、入って半年も経たない内に金と護衛に取り巻き、そして高級官僚の覚えを手に入れた――。


(もっとも、それだけ賢しいなら今の私たちの窮地にも気づいているでしょうね……)


 夏侯淵を始めとする部下の大半は、自分たちが劉勲らに対して圧倒的優位にあると考えている。だからこそ真摯のかけらもない劉勲らの態度が気に喰わないし、分不相応な講和条件にも不満を持っていた。


 しかし、と曹操は思う。本音を言えば今の自分たちにそれほど余裕がある訳ではないのだ。

 

(今は使える人間が一人でも多く欲しい。袁家を抱き込めば、江東の旧支配層がまとめて手に入る……)


 夏候惇を含めた大多数の武官が今回の件を快く思っていないのは、曹操もよく分かっている。


 だが、曹操には彼らが必要だった。


 危ない橋を渡ってでも人材と資源を手に入れなければならない



 ―――――なぜなら。




(…………麗羽)



 徐州で足元を掬われた結果、袁紹との差は大きく開いている。今や公孫賛の領地は本拠地・易京城周辺だけとなり、中華でもっとも豊かな大地である華北四州は袁紹の手に落ちた。勢いに乗った彼女が南下してくるのも時間の問題だろう。



 ――総数55万。



 華北四州を制圧した時の、予想される袁紹軍の兵力である。公孫賛との決戦であった「界橋の戦い」を除いて、袁紹軍はほとんど消耗していない。

 常に敵を上回る兵力で圧倒する一方で、所領の安堵をチラつかせる。この古典的な「アメとムチ」により、諸侯の大部分は戦わずして彼女の傘下に下ることを選んだ。


 曹操が動員可能な兵力は、多く見積もってもこの半数程度でしかない。袁紹と違って中央集権化を志向しているので、既得権益を脅かされる諸侯とは必然的に対立するのだ。精強な軍と効率的な官僚制度が整備できる一方で、内外には敵も多く作ることになる。


 もちろん曹操も袁紹に対抗すべく手は打っていた。司隷に兵を進め、洛陽と長安を支配下に置くことに成功している。しかし戦乱で荒れ果てた司隷を組み込んだところで即戦力にはならない上、副作用として西涼の軍閥や異民族を束ねる馬騰と敵対することになってしまった。


 この上、孫策に江東を抑えられてはかなわない。孫家と同盟する事も考えたが、荊州の劉表との対立が決定的になる上、後々の禍根になる事は分かり切っている。


 だからこその、袁術との和平。そして騙し討ちにも等しい粛清。


(袁家はしょせん、孫家という虎の威を借りる狐。だけど狐は虎と違って飼い主を殺すことは無い……)


 虎は飼い慣らせない。必ず牙を剥く。それは孫家が袁家に対して二度も反乱を起こした事で自ら証明してしまった。


 ならば遅かれ早かれ、殺すしかなくる。そして袁紹の脅威が目前に迫っている今、曹操に手段を選んでいる余裕はなかった。


 たとえどんな手を使ってでも着実に力を付ける必要がある。

 状況は、それほどまでに厳しいのだ。

       

更新が止まった後もちょいちょい感想をくれる人がいたので投稿。



リアルが忙しくて再会の目処は未定



更新止まってた間に真・恋姫†夢想-革命シリーズで新キャラが何人か出てきたのですが、

既に出しちゃったキャラはそのままで、まだ出してないキャラは新シリーズから出す方針です


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― 新着の感想 ―
[一言] 曹操さんと主人公の百合Hシーンノクターンで見てみたい
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