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真・恋姫†無双 仲帝国の挑戦 〜漢の名門劉家当主の三国時代〜  作者: ヨシフおじさん
第九章・革命の空へ
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97話:想定外の事態

      

 豫洲、許昌にて。


 孫家、袁家に反旗を翻しその領土を制圧しつつあり。袁家は辛うじて宛城を維持するも、苦戦中――。


 この報告を耳にした兗州牧・曹孟徳は、すぐに配下の武将に命じて兵を動員させた。曹操軍は徐州で受けた大打撃からやっと回復し、その恨みを晴らすべく訓練に明け暮れていた。彼らの矛先が、内乱で疲弊した袁家に向かうのはごく自然の流れと言えよう。


 当時の曹操陣営における最大の悩みは、なんといっても袁紹の存在だった。『界橋の戦い』以降、北方での戦いを優位に進めており、華北の統一も時間の問題。静観していれば、いずれ飲み込まれるのは明らかだ。


 このとき曹操には、2つの選択肢があった。


 一つは直接袁紹と対峙する方法であり、公孫賛と組んで袁紹を挟み撃ちにするというもの。メリットは軍事的に極めて妥当な戦略であり、デメリットは同盟相手を裏切ったとの汚名が付くことで政治・外交的には不利になってしまうということ。

 

 もう一つは袁術の領土を平らげてから袁紹と対峙する方法であり、豊かな袁術領を得られれば国力の増加と内政の充実・安定が見込めるというメリットがある。


 問題は、その大義名分だ。徐州を巡って争った経歴はあるものの、両者の間には全面戦争を始めるほどの外交問題は起こっていなかった。


 ――これまでは。




『 南陽郡太守・袁公路に伝玉璽横領の疑いあり 』



 孫家が反旗を翻すにあたって、袁家討伐の大義名分としたのが上記の理由である。


 事実、袁家は北郷一刀から回収した『伝玉璽』を保持していた。孫家はそれを理由に、「袁術には皇帝就任の野心がある」とでっち上げたのだ。


 当然ながら袁家にそのような意図はなく、根も葉もない流言であった事は後に周瑜自身が認めている。しかし袁家にはそれを証明する方法がなく、民衆の大半がそれを真実だと考えれば“そういうこと”にされてしまうのだ。


 そして『大粛清』によって民心を失った袁家に、民が同情を寄せることは無かった。うまい具合に大義名分を得た民衆と諸侯は、それを理由に袁家を滅ぼそうと考えていた。



 もちろん、曹操もその一人である。馬鹿馬鹿しい流言だろうと、使えるものは何でも使う。それが彼女の流儀なのだから。


「全軍、袁術領へと侵攻せよ――」


 予てよりの計画に従い、直ちに7万の大軍が先陣を争うように進撃を開始する。州境では既に「曹操軍来襲」の噂を聞きつけた兵たちが脱走しており、曹操軍は全くの無抵抗で袁術領へと足を踏み入れたのだった。



 ◇



 ついに、ここまで来た。宛城の城門を前にして、孫策は勝利を確信した。


「これで袁術軍も終りだ。袁術も、劉勲たち人民委員も」


 周泰の報告によれば、袁術は籠城を決め込んだという。


「雪蓮、宛城の守りは堅い。――ここが、一番の正念場だ」


 周瑜の表情は厳しい。瞬く間に袁術領を平らげたように見える孫策軍だが、それが綱渡りに等しいのは軍師である彼女が一番よく知っていた。


 そもそも孫家の勝因は、広範囲に分散した袁術軍の指揮系統を寸断・麻痺させることで、士気の低下と各個撃破を成功させたところにある。逆にいえば、袁術軍は物理的な損害をほとんど被っていないということだ。


(いくらか増えたとはいえ、私たちの兵力は2万程度。劉備と揚州の豪族たちを入れてやっと6万……対して袁術軍は少なくとも10万、傭兵と新規徴兵の部隊も入れれば更に膨れ上がる……)


 もっとも、その懸念は曹操軍の侵攻によって払しょくされつつある。

 しかし、孫策にはもう一つ速攻で袁家を倒さねばならない理由があった。


 ――兵站だ。


(今は降伏した袁術軍の物資で捕っているが、それもいつまで持つか……)


 さすがの周瑜といえども、この短期間で兵站網だけは作り出すことは出来なかったようだ。そんな金は無いし、そもそも物資を運ぶ手段がない。


 仮に兵士一日当たりの食事を1kgとすると、1万の兵士をたったの10日間養うだけで10トンもの物資が必要となる。騎兵なら兵士とその十倍の秣を必要とする馬のセットなので、110トン。これに水やら衣服・防具・病気に備えた替えの馬などを含めれば、歩兵1万騎兵1千の部隊を約一ヶ月支えるのに必要な物資は、実に1200トン近くに達するのだ。


 街道・港湾の整備と大量の馬車・輸送船舶、そして兵站計画を立てる管理部門が組織されていなければ無理な相談でしかない。いや、それらを保有していても現地調達抜きには成り立たないだろう。


(だが、現地調達は民の怒りを買う。時間が経てば経つほど、民心は私たちから離れてしまう……)


 そのための短期決戦。ほとんど薄氷の上を歩いているようなものだ。孫家が最も恐れる事態は、袁家が分散した膨大な兵力を再度集結させ、重要拠点に集中配備すること。あとは籠城で時間さえ稼げば、先に干上がるのは孫家なのだ。

 

(何か一つ歯車が狂えば、全てが終わる。その程度の勝利でしかない……)

 

 だが、包囲網を敷いてから三日と経たない内に、孫策軍には前代未聞の危機が生じる事となる……。


「北方から軍勢だと!?」


「確認できたのは、騎兵が2000ほど。ですが、これからさらに増える事も予想されます……」


 孫策の頭にまず浮かんだのは、袁術軍が救出に来たという可能性だった。許昌には、有力な袁術の家臣が多く逃げ込んでいる。


「だが、袁術軍にそこまで余力があるとは思えない……となると考えられるのは―――」


 考えられる可能性は、一つしか無い。



(曹操軍………ッ!)


 杞憂であってくれ、そう願う孫策たちであったが、届けられる情報の大部分が所属不明の軍隊が曹操軍である事を裏付けていた。大規模な騎兵部隊も、北に展開しているというのも、袁術軍では考えられない。



「孫権様――『曹』の旗です!目の前の大部隊は、曹操軍です!」



 その言葉に孫策は言葉を失う。


「……戦闘配置だ!陣形の転換を急げ!」


 孫権はかすれた声でそう命じると、自らも兜を取り上げた。眼下では部下たちの手で、慌しく迎撃の準備が進められていた。包囲網が解かれ、南下してくる曹操軍を迎え撃つべく陣形を整えてゆく。緊張が高まる中、見張りの一人があっと声を上げる。


「何だ、あれは……!」


 自軍の両側面。そこには、信じがたい光景が広がっていた。兵士ばかりか馬をも鎧で完全武装した、重装騎兵の大部隊がこちらに向かって押し寄せているのだ。ここから見えるだけで、2000騎はいる。見張りは慌てて銅鑼を鳴らす。


「重装騎兵が向かっているだと?」


 興奮した見張りが指差す方向を仰ぎ見て、孫策は顔をしかめた。冬空が広がる豫州の大地に、煌めく鎧をまとった軍勢が風のように駆けている。先頭を行く騎兵が捧げ持つ旗を目にした孫策は絶句した。袁家を示す橙色の旗と、曹操軍の藍色の旗――そして、人民委員会を示す赤旗。


 眼前の軍勢は、どこから湧いて出て来たのか。少なくとも、袁術では無い。宛城の包囲網は完璧であった。であるとすれば、別の誰かが手引きをしていたに違いない――。


「劉勲……!」


 しばらく姿が見えないと思ってはいたが、こういう事だったのか――孫策は震える拳を握りしめる。

 目の前の光景は、両陣営の結託を証明していた。どんな手品を使ったのかは知らないが、劉勲と曹操は手を結んだのだ。


(――いや、違う)


 今の袁家に、曹操と対等な立場で交渉できる力は残っていない。劉備ならともかく、曹操は冷徹な政治家だ。袁家に対して完全な屈服を要求するだろう。


 つまり、劉勲はそれを飲んだという訳だ。名誉も誇りも忠義も無く、ただ保身のために全ての義務を放り投げる最低のクズ――孫策の脳裏に、媚びるような笑みを浮かべて曹操におべっかを使う劉勲の姿が思い浮かぶ。


「売女めが……!」


 孫策は憎々しげに罵ると篭手を嵌めた手で地面を殴りつけた。


「雪蓮、あの鎧は恐らく……」


「分かってる。南陽製の板金鎧でしょ」


 鎧というのは、存外に高価なものだ。袁紹あたりならともかく、並の諸侯が2000騎もの重装騎兵を配備しようとすれば破産を覚悟しなければならない。


(富の袁術と武の曹操が結ぶ、か……最悪の展開ね)


 孫策軍の場合、部隊の6割が槍兵で占められている。しかし機動力を生かした接近戦を重視した短槍兵であるため、対歩兵戦には有利でも対騎兵戦には滅法弱い。特に攻撃力と防御力の高い重装騎兵には不利で、戦場が豫州の平野ともなれば猶更だ。


「雪蓮!」


「分かってる……!」


 焦った様子の周瑜に、孫策は悔しげに答える。


 ここは退くべきだ。運よく勝利できたとして、こちらの被害も馬鹿にならないはず。


「退却だ……ッ!」


 

 ◇



 少し、時をさかのぼる――。


 兗州と豫州の境にて、曹操は少数の護衛と共に待機していた。時間を確認すると、曹操は大きく息を吐いて愛馬に跨る。


 やがて彼女の跨る馬は前へと進んでゆき、州境の検問所まで辿り着く。ちょうど曹操が馬から降りたとき、検問所の扉が開いて中から30名ほどの集団が進み出た。


 先頭を歩くのは劉勲――袁家書記局長その人が、丸腰で曹操へと近づいてゆく。その姿は宮廷にいた頃と変わっていない。髪も肌も手入れを欠かした様子はなく、およそ戦場には似つかわしくない煌びやかな衣装を纏っている。

 富と権力を失ってなお、かつての栄光に縋りつくような姿は滑稽でもあり、同時に一種の危うい執念すら感じさせられるものであった。


 曹操は姿勢を変えぬまま、遅れて登場した劉勲を半眼で静かに睨みつける。両者の距離が数歩となった時、視線が一瞬交錯する。

 無言のにらみ合い。鋭い眼光で相手を射抜かんばかりの曹操と、愛想の良い視線を向ける劉勲。


 数秒後、先に目を逸らしたのは劉勲だった。彼女は片膝を付き、頭を垂れ、膝を地面につけると媚びるような声で曹操を歓迎する。


「お待ちしておりましたわ。御祝いを申し上げます、丞相閣下」


 自らも近づき、曹操は実に鷹揚に命じる。


「出迎え大義である。面を上げよ」


「はい」


 曹操は無表情なままの曹操に、劉勲はあくまでにこやかな笑みを浮かべて口を開いた。



「不幸な行き違いによって剣を交えた事、まずは深くお詫び申し上げます。これからは誠心誠意、心からの忠誠を閣下に捧げることをお誓い申し上げます」



 しれっと白々しい世辞を述べる劉勲。実に清々しい笑顔である。


「周知のとおり、我々袁家は長らく江東の地を平和に治め、富と人を増やしてまいりました。しかし現在、平和を愛する我らは逆賊・孫家の反乱によって苦境にあります。どうか、我らと共に漢帝国に仇なす反乱分子・孫策を討伐して頂けないでしょうか。さすれば漢帝国と丞相閣下の威光も、改めて天下に轟く事となるでしょう」


 相変わらずの劉勲の長広舌に、曹操のこめかみが僅かに引きつった。しかし劉勲はそれに気づいた様子はなく、全員を見渡すように両手を広げて演説を続ける。


「逆賊討伐の暁には、我ら一同も今まで以上に職務に励み、丞相閣下のご活躍を支える手足となりましょう。皇帝陛下よりお預かりした江東の領地を富ませ、これまでの税に加え、更に毎年の富を献上いたします」


 要するに、「後でお金あげるから助けて」という意味である。なんとも虫の良い話ではあるが、袁家統治時代の江東の繁栄を顧みれば、その富の1割を貰えるという話には旨みがあった。


「――此度の勝利、ひとえに丞相閣下のお力の賜物かと存じます」

「――これからは我々も同志として、共に漢帝国を支えましょうぞ」

「――然り、然り。一刻も早く乱世を終わらせ、太平の世を築かねばなりません」


 彼女に続き、取り巻きたちも似たり寄ったりの美辞麗句を並び立てる。流石に上流階級なだけあって言葉の耳触りは良いが、肝心の中身は何もない。征服者が望んでいると思われる脚本を、舞台俳優よろしく筋書通りに演じているだけだ。



「劉勲――これはどういう事だ!?」


 狼狽した様子の袁渙が、人ごみを分けて前へと進み出る。


「“全ての富を献上する”だと?貴様、曹操に袁家を売り渡す気か!?」


 劉勲の提案は、事実上の無条件降伏にも等しいもの。これは流石に想定外だったのであろうか。あらかじめ聞かされていた劉勲の取り巻き以外は皆、血の気の失せた顔を並べている。袁渙は怒りと情けなさの混じった表情で声を絞り出す。


「これではまるで、売国ではないか!我らにも卑しい売女の真似事をしろと!?」


「あら、不思議な事を言うのね。売り渡すも何も、漢帝国の忠臣として丞相閣下に助けを求めているだけよ。逆賊・孫家を討つために、ね」


 劉勲の唇の両端が吊り上がり、機械めいた台詞が吐き出されてゆく。これほど身勝手な言葉を耳にした者は、人民委員いえども稀であっただろう。全盛期には歯牙にもかけなかった「漢の臣下」としての役割を、都合のいい時に都合のいい部分だけ抜き出して使おうというのだから。


「献上にしても、人に助けてもらったらお礼するのは当然の事じゃない。それこそ命を助けてもらったんだから、収入の全部ぐらい安いもんでしょう」


 劉勲の瞳が狡猾に光る。


「そ・れ・に・随分と偉そうなこと言ってるけど、そんな貴方が公費をどれだけ貯め込んでいるか、幾つの商会から賄賂を受け取って事業の斡旋をしたか、娼婦との間にできた庶子をどれだけ堕胎死させたか、アタシは全部知ってるんだケド?」


 悪意が言葉に宿るとすれば、劉勲の声はまさにそれだった。


 かっとなった袁渙がずい、と一歩前に進み出る。しかし彼と劉勲との間に、藍色の軍服を着た曹操軍兵士が立ちはだかる。彼らは劉勲を守るべく肉体の壁をつくり、威嚇するように槍の穂先を構えた。



「――――劉勲、話は終わりかしら?」


 曹操の声に、劉勲は恭しく鳶色の頭を下げた。


「失礼いたしました。袁家人民委員会は、丞相閣下に逆賊・孫家討伐の依頼を要請し、そのために必要なあらゆる支援をさせていただきます」


「……それだけかしら?」


 それを聞いて、顔を伏せた劉勲の口元が歪む。やはり喰いついた、と。


「忠誠の証として、丞相閣下にはこちらを献上いたします」


 とどめとばかりに、劉勲は懐から最期の交渉材料を取り出した。輝く金色の塊――両の掌に乗せて掲げられたそれは、『伝国の玉璽』。かつて劉備たちから押収した玉璽を、劉勲は密かに持ち出していたのだ。


「ふむ……袁術が玉璽を手に入れたという噂は、本当だったのね」


 玉璽を持ち上げ、曹操はその輝きを瞳に映す。


「袁術に関しては、気になる噂もあったのだけれど……」


 曹操の瞳が、射抜くように袁家家臣を見つめる。袁術が帝位を狙っているという、孫家の流したプロパガンダのことだ。


「あんなもの、孫家が苦し紛れにほざいた戯言に過ぎません。袁家は今までも、そしてこれから、漢帝国の忠実な臣下であります」


 劉勲はにこやかに答え、再び頭を下げる。疑惑の玉璽を、こうして差し出した事が何より証拠。孫家の発言は、妄言に過ぎない……。


 それに最悪、袁術がその気だとしても自分たちには関係ない。その時は主君を排除して、別の者を立てればよい。君主の責は、家臣の責ではないのだ。

 

 だが劉勲が再び顔を挙げた時、そこには予想外のものがあった。



 ――曹操が、玉璽を自分に差し出している。 



「え?」


 この時になって初めて、劉勲の笑顔の仮面が剥がれた。


「あ、あの……丞相閣下?」


 ぽかんと呆ける劉勲とその取り巻きに、曹操は押し付けるように玉璽を渡す。

 続いて放たれた言葉は、耳を疑うものであった。



「やっぱり、袁術には皇帝に即位してもらうわ」

         

 劉勲が無条件降伏するくだりは、銀英伝のアレがモデルです。外国の軍隊頼るのはアルスラーンとかでも見ましたけど。


 外国の軍隊連れてくるのは常識……国民国家になる前までは。中世なんて同じ地域の貴族と農民より、貴族同士のネットワークの方が強い繋がりでしたしね。


 それにしても、劉勲さんのトリューニヒト化が止まらない……。

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