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対峙②




「何をしている!」


 大声に、暴漢がはっと顔を上げる。気を逸らしたせいで狙いが外れ、振り上げた彼のナイフはミス・セルティアの頬を浅く切った。同時に、彼女が渾身の力を込めて台座を押し、引き寄せた勢いが殺せていなかった暴漢はあっというまに廊下に転倒する。


 その暴漢を、今度はミス・セルティアが台座を振り上げて殴打し、ぐえ、という呻き声が漏れた。


 ようやく彼女の元に駆け付けたリアージュは、無意識のうちに手を伸ばし、荒い呼吸を繰り返す細い身体を抱き寄せた。


 ばたばたと足音を響かせてフィフスが暴漢に駆け寄り、後ろ手に縛り上げた。


「大丈夫か!?」


 腕に抱いた彼女を咄嗟に確認すれば、すっと一直線に切られた白い頬から真っ赤な血が零れ落ちるのが目に飛び込んできた。それからぽかんとこちらを見上げる夏の海のようなエメラルドグリーンの瞳も。


「………………公爵閣下?」


 しばし事態が呑み込めなかったのか、掠れた声がミス・セルティアの唇から漏れる。


「どうしてここに……?」


 それは彼女を疑っていたから。


 だが馬鹿正直に答えるわけにはいかない。一瞬、どう答えようかと思考を巡らせていると、「閣下」と呻くような声がした。振り返れば、廊下に座り込み、ぐったりと頭を垂れる暴漢と、苦々しい顔でこちらを見上げるフィフスがいる。


「自ら舌を噛んだようです」


 ち、と思わず舌打ちが漏れる。肩を掴んだままのミス・セルティアが動く気配がし、リアージュは慌てて彼女を抱き寄せた。


「見るな」

「……と言われましても」


 不服そうな声が身体を通して響く。騒ぎを聞きつけたホテルの従業員が駆け寄ってきて、立ち上がったフィフスが警察を呼んでくるよう頼んでいる。


 高貴な身なりの男性と、その従者。それから護るように抱きしめられている令嬢を見て従業員は倒れ込む暴漢が悪いとあっさり決めた。


 その彼に、リアージュは彼女の部屋で待ち伏せしていたストーカーだと説明し、騒ぎを大きくしたくないので支配人を呼んで説明がしたいと告げれば大急ぎで走っていった。


「……だいたいわかりました」


 そんな一連の流れをただ、彼の腕に拘束されて聞いていたミス・セルティアが呻くような声を上げる。そっと腕を解けば、血のこびりついた頬を歪め、不信感溢れる表情で彼女がリアージュを睨んでいた。


「私の話が本当か確かめに来たのですね? どうです? 向こうは本気で私を攫おうとしている」


 言いながら寒そうに腕をさする。血の気の引いた彼女の顔を見つめ、リアージュはぐっと拳を握った。


「仕方ないだろう? 全ては君が言ったことで証拠がなかった。信じるに値する部分が少ないまま放置はできない」

「それでも──」


 むきになって反論しかけるも、ミス・セルティアはぐっと言葉を堪えてちらりと開け放たれた部屋のドアへと視線を遣った。


「──……君に奪われた手紙の回収も奴の任務の一つか?」


 無言で扉に近づき、中を覗き込む彼女に聞けば「恐らく」と低い声が答えた。


「では奪われたのか?」


 彼女の隣に並んで、ゆっくりと部屋に踏み込めば見事に荒された室内が目に飛び込んできた。


 本当に彼女が襲われるなんて……。


(呪術師の件、調査した方がいいな)


 ミス・セルティアの言葉に嘘がないとなると、黒の領地の件も信ぴょう性を帯びてくる。


 新コートニー伯爵が旧宰相派だという話は聞かないがこうなっては不穏分子極まりないだろう。呪術師と結託されては厄介だ。


「……ミス・セルティア。君が言ったことについて証明すべき手紙が失われたようだが──」


 それでも彼について知っていることがあったら、それを担保に力を貸そうと言おうとして。


「手紙が失われたなんて、誰が言いました?」


 あっさりと反論されて目を瞬く。


 視線の先で、くるりと彼女が踵を返した。ふわっと彼女の明るい麦藁色の髪が揺れ、かすかに甘いチョコレートのかかったフルーツケーキのような香りがする。


「どこへ?」


 すたすたと廊下を進む彼女の後を、事後処理をフィフスに頼んだリアージュが追う。振り返った彼女が肩を竦めた。


「私の部屋です」




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