ご尤も
市立東高校の学校祭は毎年文化の日の前日に生徒のみで行う前日祭と、文化の日に外部からのお客様に公開する本祭の二日間を使って開催される。
ホームルームの後、すぐに準備に取り掛かった。
着替え終わった女子の髪に髪飾りやヘッドドレスなどを付けていく。
化粧をする必要のない子には化粧をそのまま活かして、化粧をしていない子には化粧をしている。
「アッ……ひッ……」
対面する女子が尽く頬を紅く染めて目が虚ろなのが気になる。
やっぱり、俺、恐いんだろうな。
「付けまつ毛を付けますから、目を閉じないようにしてくださいね」
「ヒイイィッ!」
すっかり力んでいて上手く付けられるかな……。
心配になりつつ、彼女のまぶたを覗き込んで手を伸ばす。
「はあッ……はあッ……はあッ……はあッ……」
耳まで赤い彼女は俺がまつ毛を付け終わると魂が抜けたみたいに息を止めて目を見開いたまま固まっていた。
それから頭にヘッドドレスを取り付けて彼女の準備を終える。
次にメイクをする女子は見たことがあった。
「あ、去年の夏から着付けに来てましたよね?」
「うん。着付けだけじゃなくてカットにも行ってたけど気付いてた?」
「え……と、深江さんでしたっけ」
「覚えててくれてるじゃん。嬉しい」
深江さんは顔を赤くしてはにかんだ。
「いつもありがとうございます」
贔屓にしてもらっている礼を伝えると、何が良くなかったのか急に黙り込んで俯いた。
心なしか耳まで赤い。さっきの女子と同じだ。
ちなみに彼女。着付けの時に肌襦袢の着方も分からないとかで下着姿を見せつけられた記憶がある。
まあ、俯いてしまったので髪の毛を整えてからヘッドドレスを付けて化粧に取り掛かることにした。
それから男子の準備を始める。写真を撮る許可を貰っているから写真を撮りながらの作業である。
男子には髪をセットをしてから化粧をする。
「髪の毛縛ってると別人だな」
と向かい合う男子は言う。
「それはどうも」
「女の子みたいっていうか中性的っていうかなー」
別のところからも声が聞こえるんだけど。
「あれはヤバい。男子だ男子だって念じてないと持っていかれそう」
などと理由の分からない言葉が聞こえてきた。
開始十分前に準備を終えて女子たちに仕上がった男子を見てもらう。
「うっわ!えっぐっ!」
「ホントだー。すごーい。キリッとしてて顔が乙女ゲーの執事みたい!」
「これってさー。メイドよりも執事のほうがウケそうじゃね?」
女子の反応は悪くなかった。
俺はマンバンを解いて普段の髪に戻り、出し物の開始と同時に午後までお役御免となる。
「お疲れ様」
教室を出たら依莉愛に話しかけられた。
「あ、一条さんか」
依莉愛は一人で居たみたいで俺が出てきたところで偶然に出会したんだろう。
教室、というか二人のときや柚咲乃と居る時以外は依莉愛のことは名字で呼んでいる。
無用なトラブルを避けるためだ。
「一条さんは今日の午後が調理のほうだっけ?」
「うん。ウチは午後から裏方だよ。次の準備まで二時間くらいあるでしょ?一緒に回ろう?柚咲乃ちゃんの劇も見たいしさ」
俺は依莉愛と一緒に一年生のフロアに下りて柚咲乃のクラスの教室へと向かった。
柚咲乃のクラスの出し物は白●姫と●人の●人たちをアレンジしたものだった。
柚咲乃は魔女役で今日は奇数回で出演すると言っていたが、何せ一時間ごとに演劇を教室で行ってとなると学校祭を回る時間が彼女にあるのだろうかと心配になる。
柚咲乃の魔女役を見終えて教室を出ようとしたらジャージ姿の柚咲乃が出てきて引き止められた。
「和音先輩ッ!依莉愛先輩ッ!一緒に回りません?ボク、回れる時間があまりなくて」
「ウチは良いよ」
「俺も良いよ。どこに行きたい?」
「食べ物食べたい」
「じゃあ、ウチ、三年生のたこ焼きと焼きそばが食べたい。一緒に行かない?」
「良いッスね!行く行く」
ということで三年生のフロアまで昇り、三人でいろいろと食べた。
その後、柚咲乃が戻るまでいろいろ見て回り、柚咲乃が戻ってからは依莉愛と二人で校舎の中を探索する。
「去年はゆっくり見る暇もなかったし、見たいものを見られなかったから今年はウチ、楽しい」
「へー。あんなに周りに人が居ても楽しめなかったりするのか……」
「そうだねー。ウチは決して発言力があるわけじゃなかったから、言葉の強い人に皆従っちゃうんだよね。カーストトップと呼ばれるグループの中にもヒエラルキーみたいなものがあるんだよ」
「そういうもんなのか。何かそっちの世界はそっちの世界で複雑なんだな」
「ちょっと言い方が気に入らないけど、今日のところは一緒に回って楽しいって思ってくれる和音が居て柚咲乃ちゃんが居て、ウチも楽しいから今までの中でも一番楽しいよ」
今は依莉愛と一緒にいるけど、それ自体が奇跡みたいなもんだからな。
そもそも住む世界が違う人間だから、いくら依莉愛が一緒に居たいと決心していたとしても、そのうちに関わらなくなる。
所詮一時の事なのだし、それを本人が楽しいって言うならそれで良いんだろう。
とは言えダラダラと過ごしているわけにもいかず、交替の時間が近付いていることから、どちらともなくソワソワとし始める。
「てか、もうすぐ交替だわ」
「戻らなきゃね」
俺と依莉愛はクラスへ戻った。
クラスへ戻るとどこぞから湧いてきたのか女子がわらわらと居て大変なことになっていた。
「あ、おかえり」
クラスの女子が迎えてくれたが教室の中の席は満席で大半が女子。男子はまばらで何故か女子が執事と写真と撮って騒いでいる光景が目についた。
「ねー、何か凄くない?」
依莉愛が訊くのもご尤も。
何故、こんなところに他のクラスや学年の女子が並んでいるのか。
「最初は男子の客が多かったんだけど、執事が乙女ゲーっぽいって女子の間で広まったみたいで──」
依莉愛が話を聞きながら裏方の調理の方に行ったので俺はポケットから白い輪ゴムを取り出して髪をマンバンに結わえながら準備を待っているクラスメイトのところに向かった。
午後の女子のメイクは長引いた。
そうか。午後の子たちは午前の子たちと違って直しがそれなりに必要なのは登校してからの経過時間に寄るものだな。
少し急いで女子たちを先に仕上げて送り出した。
「やー、男子も化粧で変わるんだねー」
「おかげさまで厭らしい目を向けられなくてやりやすかったー」
「男が言い寄られる分にはトラブルにならないもんね」
など、メイドに扮した女子たちが涼しい顔で交替で戻ってくる。
「紫雲くんありがとう。凄く評判良かったよ」
何人かの女子に労われたので「それはどうも」と答えておいた。
それからまた写真に残しながら男子の化粧とセットを始める。
メイクが終わった男子から交替していき最後のひとりが終わると俺は教室から出た。
本当に結構な行列になってる。これはビビるわ。
午後のメイド&執事喫茶も盛況で大忙しだった。
俺の仕事はさっきのメイクで終わったけど、前日祭が終わったらサロンで仕事である。
今日の成果。男子のセットとメイクを母さんに報告しなければならない。
ミラーレス一眼レフデジタルカメラで撮影した作業経過とスマホで撮った動画である。
家に帰ってから母さんとリビングで一緒に見ていた。
「ほー……。眉毛もカットしたのか」
「ん。男子は割りと眉毛を整えないから許可を貰って整えさせてもらったんだ」
「それだったら顔も剃っちゃえば良いのに」
「あー、それは盲点だった」
「だろ?そのほうが化粧の乗りが良くなることもあるからな。毛質や肌質にもよるけどよ」
「そっか。けど、剃るのは怖くてできないな」
「まあ、ウチは美容師しかいないからな。カミソリを使えないから剃ることもないもんな。見たことがないことを覚えようもないわな」
「そうなんだよ……」
そもそも美容師は美容全般の作業免許を持っているもので、理容師とはまた違う。
顔を剃ったり出来たほうが良いよな。俺、男だし。理容師を取れたら男性客が来るかもしれない。
だったら美容師の試験を受けた後に理容師も目指すことにするか。
「こうやって見るとやってることはあまりかわらないな」
「そうだね。女性の髪型と男性の髪型って違いかなー。メイクは女性らしさや男性らしさに気を使ったけど」
「まあ、そうだな。和音ならどうメイクしても女っぽくにしかならないだろうけどよ」
「それは仕方ないんじゃない。今でもたまに女の子に間違われるしさ。悲しいことに」
「まあ、私に似たんだから光栄に思えよ。てか、あのつけまってウチに有ったやつだよな?」
俺が男子に付けまつ毛を付けている動画がテレビに映ると母さんがそれを注視した。
「ほー。男につけまもありだなー。あれ、ウチで使われなかったやつだろ?捨てようか悩んでたやつ」
「うん。そう。男子に付けるならアリかと思って持っていってみたんだよ」
「へー。これはアタリだな。ある意味では」
「まあ、ちょっと切ったりして調整はしたけどね」
「どうせ使わなくて捨てる予定のものだったからな。切って捨てるも自由で良いさ」
じゃあ、好きにさせてもらいますと胸中に留めて、明日の本祭のために寝ることにした。




