あのご尊顔を間近で
あれからお姉ちゃんが美希さんのツテで弁護士を雇い被害届のその後の対応をお願いすることになった。
その弁護士に会ってみたけど、女性の弁護士で美希さんよりお姉さんでママより若い感じで、もっとお硬い人なのかと思ったらそうでもなく、話しやすくて気安い人だった。
けど、話したことは何てことない、警察に伝えたことと全く同じ内容を復唱しただけだった。
ウチは顔の腫れを構わず学校に行った。
朝のショートホームルームでは担任の小板香織先生から二人の停学者についての言及があった。
「畑中桐子と大垣康平の二名が先週起こした問題で学校からの処分が出ています。畑中さんは謹慎一週間。大垣くんは無期停学。この学年、それとこのクラスは問題事が多過ぎて周りからの視線や評価が厳しくなっているからね。今後、健全な学校生活を送る心がけを怠らないように。そうじゃないと進学に響くからそのつもりで気を引き締めて学校生活を送ってください」
月曜日。
腫れた顔のウチ。畑中さんと大垣くん。
ウチを買い出しに行けと伝えた女子生徒はお咎めがないのは、その子が畑中さんの指示でウチに声をかけただけだからということみたい。
大垣くんをけしかけたのが畑中さんで、その責任を取らされて謹慎ということらしい。
大垣くんは問答無用だと思うけどさ。
そして、クラスでのウチはと言うと、得体が知れないとか、この世のものとは思えないとか、そういった類の視線を浴びている。
お昼休みに和音に声をかけると、和音だけは普段と変わらず接してくれたし、一緒に食べるお昼ご飯も何故か和音は口の中の傷に沁みないおかずばかりでどれをもらっても痛みを感じることなく食べられた。
そういうところが彼の人柄を写している。
本当にウチ、何でこんな良い人を周りの雰囲気に流されてイジメてしまったんだろうか?
改めて振り返ると高校に入ってチヤホヤされて良い気になっていたところは間違いなくあった。
高校生になって初めて会った人が多い中で男子にも女子にも褒め称えられて、さらにその後の連休で都会に出た時に読者モデルのスカウトにあったこともあり、まるで自分が女神にでもなった気分だった。
雑誌の表紙になったりして、マジで無敵だと思ってたもんなー。
今、思い出すとマジで恥ずかしいし、考えれば考えるほど自己嫌悪になるんだよね。
天上天下唯我独尊じゃあないけれど、唯一無二の万能感に毒されているときほど、周囲の価値観や考えに流されやすい。言われたことが全部できちゃう自分みたいな。
そんなだから和音のこと、本心からゴミクズだと思ってたし、何ならウチは女神で和音は無価値でカスなウンコ野郎だと真剣に思ってた。
今となっては美希さんと言う真の女神だと見紛う存在を知って、ウチは本当にバカだったとしか思えない。
その日の放課後。
ウチが鞄を背負って帰ろうとしたら、何人かの女子に囲まれた。
「今までごめんなさい」
「依莉愛ちゃん、ごめんね」
「畑中さんとその周りの男子が怖くて逆らえなくて……」
クラスの女子が口々に謝罪と言い訳をつらつらと並べる。
今更だよ。なんて思いながら、和音のウチに対する態度を思い返して、謝罪は受け取ることにした。
「実はね……」
女子の一人がウチに畑中さんのことを告げてきた。
畑中さんはウチがまだ和音をイジメていたときのグループに居た男子のことが好きでソイツはウチが好きだったんだとか。
和音をカッターで切った時にウチの手を握った男子だ。
ソイツが退学でウチは停学。
納得がいかない畑中さんはキツくウチに当たった。
畑中さんに従わない女子が居たら座古くんに脅迫をさせていたらしい。
「あの子がヤられて休みがちになったしさ……」
ということがあって、数人の女子が被害にあってるみたいだ。
ひでえなこのクラス。
「ところでさ、紫雲くんなんだけど……」
最近、ウチは和音としか話してないから、こうして話せるようになったら聞かれるのは当然だよなー。
「付き合ってるの?」
そう来るよなぁ……。
あー、ウチ、今そういうの面倒くさいし、確かに和音のことは好きだけど付き合うっていうのは考えられない。
イジメてて顔が良いから付き合ってだなんて都合が良すぎてムリに決まってる。
だから今は、誰よりも大事な友だちだって勝手に思ってる。
「付き合ってないけど何で?」
「紫雲くんとお話してたいなって思っててさ」
「何で?」
まあ、ウチが付き合ってないならチャンスはあるかもって思って当然だよなー。
目の上のたん瘤が畑中さんからウチに変わっただけだろうけどさ。
や、ちょっと、女子すげえよ。
聞き返したら次々と言葉が紡がれていく。
「凄く綺麗で手足が長くてスタイルも良いし頭も顔も小さくて──」
「あの美容院で働いてるの見たことあってさー」
やー、凄い。
彼女たちの言葉を聞いているうちに心が無になる。
「あのさー、紫雲くんってさ。教室に来てた子居るじゃん?」
「一年生の柊さんだよね?」
「そう、あの子。柊さんって紫雲くんの幼馴染なんだよ。ウチの前でもラブを隠さないくらい熱々でさー。きっと他の女子を寄せ付けないんじゃないかなー」
白々しく何もかもを柚咲乃ちゃんの所為にしておこう。
何せ今は二年生は他の学年との交流が部活と委員会以外にないからね。
あとで柚咲乃ちゃんに謝っとこ。
「そっかー。じゃあさ、こういうのどう?」
何だか悪いことのような気がする。
「学校祭の出し物でウチらメイド服着るからさ。メイクとヘアセットをお願いするって」
「あ、それイイね!それならウチらも紫雲くんのあのご尊顔を間近で見られるんでしょ?」
「んーーーッ!そうならマジで上がるんだけど」
あれ?何でそこまで盛り上がるんだ?
今までウンコ呼びしてたんじゃないの?
「そこ、盛り上がるところ?」
訳わかんなくて聞いてみた。
「だってさー。紫雲くんが顔を切られた日にね。顔見えたじゃん?あれでだよ」
「サロン・ド・ビューテのイケメン美容師だよ?SNSで有名なの知らないの?」
そう言ってスマホの画面を見せてくる女子がいるし。
ヤ、ウチそのくらい知ってたけどそこまで?
「ケガして男の子っぽくなってさー。キュンキュンしちゃうんだよね」
「そうそう。学校では話してくれないけど美容院でだと話してくれるしね」
「あー!私も浴衣の着付けを紫雲くんにしてもらって凄く良かったんだよね。聞き上手話し上手だしさー」
「でも、褒め上手でちょっとタラシっぽいところあるよねー」
「それはあの顔だから許せちゃうんだよー」
ウチ、知らなかった。ここまで盛り上がっていたの?
何でだ。マジかよッ!
あー、それにしてもウチ、こういうの苦手なんだよなー。
「今まで畑中さんと男子の手前、紫雲くんのこと話せなかったけど、教室に男子もいない今じゃないと話せないもんね」
「え?ということは女子の間ではずっと紫雲くんのこと話したりしてたの?」
「うん。放課後とか部活の時とか大丈夫そうな時には話してたよ。先輩と後輩のほうが紫雲くんファンが多いんだけど、二年生の間でもファンがいるんだよ」
「……知らなかった」
「依莉愛ちゃん、すぐ帰っちゃうからだよー」
「じゃあ、最近まで紫雲くんのことをウンコって呼んでたのは?」
そう言うと、女子の何人かの表情が真顔になった。
ウチを睨みつけて、明らかに怒りを向けている。
「そもそも、私、人をウンコとかクソとか言いたくない。それを言わせてたのはアンタや畑中達でしょ?言わなければ脅して暴力を奮ったりイジメたり、女子は何人か酷いことされた。依莉愛ちゃんは読モでバイトしてていなかったりするから知らなかったかもしれないけどさ」
「あたしは依莉愛ちゃんのこと、めっちゃ嫌いだったよ。でも、停学明けたら大人しかったし、紫雲くんに謝ってたしさ」
そうか。確かに脅していたらしい話はちらほらと聞いた。
その時に女子がどうのって耳にしたこともあったからそういうことか。
ウチの耳に入らなかったのはウチからの印象の悪化を防ぐためか。
つまり、ウチも悪かったんだ。彼女らにとっては間違いなく。
ウチも罵ってたもんな。
「それはごめんなさい。本当に……」
素直に謝った。
「あたしは今はもうそこまで嫌いじゃないから良いよ。それに依莉愛ちゃんの顔の傷は紫雲くんが絡んでるからだってわかってるからさ。そういう覚悟を持った人を貶したりしないよ」
そうしてクラスの女子達と和解できたみたい。
それから、女子たちは和音に学校祭の話を持ち出したんだけどさ。
彼から出てきた言葉が面白かった。
「え、あ……んと……。男子の髪とメイクをするんなら良いですよ」




