表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
昨日宰相今日JK明日悪役令嬢  作者: 二日市とふろう (旧名:北部九州在住)
王室法院の二番目に長い日

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

97/135

閑話その五 ある男の呪い

「ごきげんはいかがかな?

 ゼラニウム?」


 世界樹の最深部にある世界樹の蕾と呼ばれる部屋。

 私が名前を呼んだゼラニウムと名乗る女は無表情な目で俺を見つめる。


「……」


 一糸まとわぬ姿で笑みを作るゼラニウム。

 我が師によく似た彼女からの笑顔を見ると少し懐かしく感じる。

 その笑顔が誰に向けられているかもはや分かることもなく。

 そんな彼女の顔に先ほどできた杖を差し出す。


「貴方が産んだ世界樹の種を組み込んだ杖です。

 いい品でしょう?

 貴方に敬意を払って『ゼラニウムの杖』とでも名づけましょうか」


 ゼラニウムの顔に何も動きが無い。

 時間遡行をしてこちらで権力の階段を歩み始めた時、出会ったのが彼女だった。

 古の大賢者モーフィアスの名を名乗る俺にとって良きライバルであり、良き友であり、良き恋人でもあった。

 最初は彼女で良いかとも思った。

 だが、彼女が俺の偽りの名前を呼ぶ度に突きつけられるのだ。

 誓いを果たせ。

 約束を果たせと。

  

「どうして?

 何でモーフィアスはこんな事をするの?」


 それは、彼女のまだ人らしい心の残滓から来た質問。

 先代ベルタ公の宮廷クーデター時、俺は彼女を裏切りってベルタ公側についた。

 俺への憎悪は失脚し花姫に堕とされた時に調教によって植えつけられた快楽によって上書きされる。

 その後花姫として囲われた平穏とそれを奪われた彼女に差し出した俺の手でよみがえる愛情によって彼女は望んで世界樹の花嫁となった。

 誰にも知られる事無く世界樹の生贄にされたその果てに、世界樹の花嫁と成り果てた彼女に残っていたものは無垢なる平等だった。

  

「約束があるのです。

 果たさねばならなかった約束が。

 そのためには、この国は崩壊してもらわないといけない」


「……」


 我が師が歴史に姿を表わすのはこの国が崩壊した後のタリルカンド。

 そこで華姫として売られる事で我が師の足取りが追えるようになる。

 その為には花姫を華姫に改ざんし、この国を崩壊に導かないといけない。

 これは、その為の第一歩だった。


「どうして?

 何でモーフィアスはこんな事をするの?」


 ただ意味も理解せずに繰り返すゼラニウムの質問が痛い。

 このまま聞き続けていれば、きっと躊躇ってしまう。

 だから、さっさと事を済ませてしまおう。


「我が師は、私にこの呪文を教えてくれる前、理論だけは語ってくれたことがあるのです。

 たしか、この世界を演劇として見た場合、その役が大事であって役を演じる役者そのものはあまり関係がないと」


「……?」


 きっと何を言っているのか理解できないだろう。

 部屋いっぱいに浮き上がる魔法陣にゼラニウムが捕らえられる。

 己が捕らわれているのに笑顔を俺に向けるその姿を見ながら、忘れさせる予定の知識を告げる。


「『アカシック・レコードの改竄』。

 我が師が時空跳躍魔法を生み出した基礎理論です。

 そして、私は我が師を作り出す」


 何処に帰ったのか分からない我が師を探すより、確実に我が師を見つけ出す事ができる。

 それが、長く魔術を研究し、我が師へ届く唯一の道。


「貴方という存在を、この世界から消してどこかへ飛ばしてしまいます。

 その時、生活ができるよう最低限の感情はアカシック・レコードからつけておきましょう」


 我が師をこの世界に呼び寄せるにはアカシック・レコードに我が師の事を記録させる必要がある。

 そして、その記録の理由にふさわしい言い訳が、こちらの世界に馴染みがある者の召喚だ。

 全てを忘れさせるゼラニウムのお腹には、私の命が宿っている。

 それが我が師となるだろうと確信していた。

 言うなれば、我が師を生み出すためのアカシック・レコードへの生贄。

  

「『アストラル・ゲート』開門!

 彼女を別の世界へ!!」


 世界樹の膨大な魔力が満ち、ゼラニウムの体が崩れ魔力と同一化する。

 それでも彼女は、俺への問いかけを止めない。

 たとえ全てを忘れるのだろうが、彼女の最後の願いは聞く義務が俺にはある。


「ねぇ?

 あなたは           ?」


 彼女の意志が何かを言ったような気がしたが、それが何か聞き取れない。

 だからこそ、それの言葉は俺の呪いを解くには至らなかった。




 それから、幾ばくかの時間が経った。

 既に人の身を捨てて不死の魔物に身体を変えていた俺にはあまり関係のない事だが。

 順調にこの国は崩壊に向かい、追い詰められたヘインワーズ侯に近づく。


「エレナ様のご婚約お祝い申し上げる」

 

「ありがとう。

 モーフィアス殿」


「おや?

 あまり嬉しそうではないですな。

 ベルタ公の風下にいる事が気に入らないので?」


 わざとらしく、ヘインワーズ侯の敵愾心を煽ってゆく。

 追い詰められているヘインワーズ侯は俺の手に飛びついた。


「世界樹の花嫁に出す手駒がない。

 ベルタ公は何を狂ったか庶民を推している。

 どうせ、隠し子か何かだろうが、絶好のチャンスなのだ!

 だが、エレナはベルタ公の次男との婚約が決められている……」


「こちらも似た経緯の娘を養女として用意すればよろしいではありませんか」


「おらんのだ。

 ちょうど都合の良い娘が。

 まったくの赤の他人だと、ベルタ公側から買収されかねない」


 困っているのは知っている。

 そいうい風に国政を誘導したからだ。

 我が師が名乗ったヘインワーズ家は、滅びないといけないのだから。


「ならば、そのような娘を魔法で作って見せましょうか?」


「できるのか!」


 こちらの差し出した悪魔の手に飛びつく。

 大賢者の名前と共にこの国への影響力は深いところにまで根を張っている。

 あとは、理由が必要だった。


「古代魔術文明の秘術に、縁者の召喚という魔法がありましてな」


 ヘインワーズ侯には分からないだろうが、無数にある可能性から途切れた縁者を引っ張りだすのが本来の魔法である。

 この魔法を使って我が師をこの世界に呼び寄せる為には、どうしてもこの国を崩壊させねばならなかった。

 ヘインワーズ家の窮地を利用して、この実験を行うことができるはずだった。

 そして、その実験は成功した。

 俺の予想を裏切る形で。




「おお!

 予言の巫女の召喚に成功したぞ!!」


「お断りします」


 その一言の後時空跳躍を唱えた彼女を見間違える筈が無い。

 あの人に会うために、過去に戻って歴史を狂わせた。

 この人に果たす約束があるからこそ、この国を崩壊させる必要があった。

 その歓喜は心のなかに秘め、俺はどうして我が師が出てきたのか考えざるを得ない。

 その答えも我が師は語っていた。


「アカシック・レコードの改竄においてロジックエラーが出る場合、無数にある可能性--曖昧さと言ってもいいわ--を用意する事と観測者を指定する事で回避できるわ。

 箱の中の猫が生きているか死んでいるか箱を開けないと分からない。

 その箱の開け手が誰かを考えてロジックを組み立ててゆくの。

 これは、正当性を訴えないといけない歴史なんかによく使われる歴史の改竄と同じ」


 我が師を主役とした物語。

 その物語が元の話に近ければ近いほど、演者の個性より役が大事になってくる。

 その役に近い者がアカシック・レコードに選ばれる。

 そして、本人がその役を演じるならば、必然的に選ばれる。

 再召喚の後、記憶より若かりし姿で知らぬ服に身を包んだ彼女は彼女と共に消えた守護竜を肩に載せ、我々の前にその名前を告げる。




「エリー。

 エリー・ヘインワーズ。

 それがこちらでの私の名前です」



 

 我が師よ。

 貴方が忘れさせた名前がやっと聞ける。

 貴方の乾いた未来をやっと変えられる。

 だからこそ気づくのが遅れる。

 俺の致命的失敗、因果の精算の見落としを。


「昨日、今日、明日は繋がっている。

 正確には、そう劇の脚本が作られているのを演じているのに過ぎない。

 時間と空間というのは、観測者によって主観的に並びが決められているよ。

 だから、観測者が誰かはアカシック・レコード改竄の為にはすごく大事なの」

  

 


「私は世界樹の花嫁になった暁には、『花嫁請願』を持って世界樹の放棄と世界樹の花嫁の廃止を請願します!」




 ああ。

 そういう事か。

 これは我が師の物語のはず。

 物語は主役が居て、その主役を引き立てる悪役がいる。

 我が師を引き立てる悪役は誰か?

 俺しか居ない。

 つまり、アカシック・レコードを改竄した時既に、この物語の終幕は決められていた。

 我が師が幸せになる物語。

 そこには過去となった未来は不要のものになる。



「貴方の思い出の場所でお待ちします」

「!?」



 だからこそ、悪役らしく退場しよう。

 それが、貴方との約束なのだから。

 堂々と敗北者を演じて、この茶番に幕を下ろそう。

 うまく演じられるだろうか?

 きっと大丈夫だろう。

 我が師の思い出の場所。

 王都大手門見張り台の上で待つ。

 我が師は復興した王都をここからよく眺めていた。

 見ていたのは過去。

 今、俺の目には未来が見える。


「お待ちしていました。

 エリー・ヘインワーズ子爵」


 そして、夜も更けて星達を観客にして、静かにその物語は終幕を迎える。

オチに散々苦しんで、最後は中二病ワードでぶん投げるスタイル。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ