57 メリアス大捜査線 その三
地下水道出入口閉鎖の仕事は表向きは一応終わった。
それぞれに兵を配置して、出入りを塞ぐだけだから問題はない。
で、表向きはと言ったが、裏は盗賊ギルドが掘った隠し通路などを塞ぎきれていない。
さすがにシドとアマラも隠し通路のすべてを知っているわけではないので、それらの封鎖については放置せざるを得なかったのだ。
だからこそ、中に入ってギルドマスターをはじめとした幹部の拘束に動かないといけなかった。
「法院衛視隊の取り調べが終わったそうです。
その後の近衛騎士団の取り調べは後日に回すと」
こちらへの護衛兼連絡要員としてやってきた近衛騎士サイモンの報告に私は頭を抱えざるを得ない。ああ。お役所仕事。
電光石火のクーデターだったことで、命令系統の混乱が発生しているのだった。
正直、こいつがここにいるのも怪しいことこの上ないが、上に確認取るより使えると割りきって使ったほうがましなのだ。
何しろ、下手に動くと王室の守護者として王権の拡大の恩恵を受ける近衛騎士団と、諸侯の利害調整と監視の為王権の介入を嫌う法院衛視隊の良い訳がない仲が更に悪化するからだ。
頭であるアリオス王子・私・フリエ女男爵の間で合意が成立しているから軋轢で留まっているが、下手したら近衛騎士団と法院衛視隊の衝突だって発生しかねないのだ。
「で、メリアス騎士団の現場が動き出すのはいつぐらい?」
「明日。
無理しても、夜半。
彼らにも休憩は必要です」
頭にぽちを載せた私の質問に気にすることなく答えるサイモン。
彼はこの時点で中級文官持ちだったりする。
そりゃ将来の魔族大公だからと納得したが、有能な事はとりあえず今の時点ではありがたい。
その分何かしてくれるだろうと警戒してるのだが。
「突入メンバーが足りない。
近衛から何人出せる?」
「従士数人と兵士30人程度」
即座に数字を出してくるサイモン。
おそらくは、その人数が彼が動かせる現状の手駒なのだろう。
「法院衛視隊からも同人数引っ張って来なさい。
手柄の独占は軋轢を呼ぶから、法院衛視隊から引っ張った人数の同数を突入に使います」
「かしこまりました。
法院衛視隊に連絡してまいります」
サイモンが出ていって私は大きくため息をついた。
間違いなく、今回の騒動に絡んでいるだろうから、単独で出したら証拠のもみ消しに走りかねない。
だが、手札の不足は深刻なので、怪しい彼らすら使わざるを得なかった。
それ以上に気になることがある。
サイモンが狙っているのは私か?ミティアか?アマラか?
二人には対魅了のアミュレットは渡しているが、何をやらかすために来たのかわからないから不安が募る。
「お嬢いるか?」
「開いているわよ」
声の後にシドが入ってくる。
おそらく地下水道に突入する編成のことだろう。
「俺とアマラ、ゼファンとヘルティニウス司祭は確定。
で、あれ連れてくのか?」
もちろん、あれ呼ばわりはミティアの事である。
最初、志願して私とキルディス卿の説得という名の説教によって撤回させられたばかりだ。
ミティア曰く、
「私とキルディス卿が入れば六人!」
寝言は寝て言え。ミティアよ。
いやさ、ゲームでは正しいのよ。その人選。
けどね、己を狙った襲撃事件の犯人捜索にその被害者が乗り出すというのちょっとどうかなと思うのよ。私は。
ましてや、敵討ちをしたいわけでもないだろうし。
という訳で、ミティアを外した以上私も却下。
「で、後二人だが、確実にギルドマスターを抑えられる人間が欲しい。
お嬢のケイン卿貸してくれないか?」
アリオス王子の側近としてグラモール卿は外せない。
その点、ケインならば代わりにアンジェリカが側につくから問題がない。
急造パーティーだが、傭兵出身のケインならばそのあたりのリーダー指揮もできる。
悪くない人選だ。
「ケインの指揮下に入るならば」
「もちろんだ。
俺はケインの旦那より上だと自惚れてはいない」
「いいわ。
ケイン持って行きなさい。
後一人は?」
そこでシドが予想外の名前を出してくる。
「アルフレッドを連れて行きたいと思っている」
え?
何で?
アルフレッドは昨日毒食らって寝ているじゃない!
こっちの考えている事が顔に出ていたらしい。
シドが種明かしをする。
「アルフレッドの志願だ。
起きてミティアから状況を知った彼が言ってきた。
でないとお嬢にそんな事言えないだろうが。
どうせ捜査は長丁場だ。
俺達の出番は最終盤だから傷も疲れも癒えていると」
あの馬鹿……おとなしく寝ていればいいものを。
けど、それもアルフレッドらしいと笑みが溢れるのを止められない。
「お嬢。
顔がにやけているぞ」
「あら。失礼。
却下します。
けど、ここに来たのならば仕方ないから詰めてもらうけどね」
「その説得、お嬢自身でしろよ」
「もちろん。
代わりに一人連れて行って欲しい人間が居るわ」
こっちの提案に警戒の色を強めるシド。
まあ、無理難題なのはあっているから、その警戒は間違っては居ない。
「使えるのか?」
「使えるわよ。
フリエ女男爵。
今、メリアスで動いている法院衛視隊のトップ。
ギルドマスターを確保して、背後の諸侯の名前を何としても抑えないといけないの」
「そんなお偉方現場に送り込んでいいのか?」
シドの懸念は最もだ。
だが、ここで諸侯の名前を聞き出すことができるならば、この馬鹿騒ぎの後始末で色々有利に立ち回れるのだ。
だからこそ、確保から最初の取り調べは秘密警察兼スパイマスターであるフリエ女男爵にやってもらいたかったのだ。
もちろん、それをシドに明かすわけにも行かないが。
「政治よ。政治。
盗賊よりなお深い闇のお話聞きたい?」
私のわざとらしいが目が全く笑っていない説得に、シドはあっさりと白旗をあげた。
私と同じく、わざとらしいが目がまったく笑っていない。
「そんな危ない所踏み込みたくもない」
地下水道捜査はそれから一時間もしないうちに始められた。
投入人員はシド達のパーティー六人を中心に、エルスフィア騎士団から10人、近衛騎士団から30人、法院衛視隊から30人の70人を集め、六人パーティーに分けて投入。
これとは別に100人近い人間が地下水道出入口を封鎖している。
ゲームではこの地下水道の層は5つ。
とはいえ、明日になればさらなる増援が見込めるので敵を最下層に押し込めてしまえばある意味勝ちと言えよう。
なお、ここの第二層から世界樹の迷宮に繋がっている。
「第一層攻略パーティが帰還しました。
死者はおりませんが、重症2、軽症3。
盗賊ギルド幹部二名を確保しギルド側に死亡7重症2軽症2。
攻略続行不能と判断して、全パーティが撤退しています」
数時間後。
アンジェリカの報告に私とサイモンとフリエは平然と、ミティアは船を漕いで付き添いのキルディス卿に睨まれながらその報告を聞く。
最初に潜ったのはシドで、次はアマラが潜るために今アマラは私の横でシーフ服姿で立っている。
「思った以上に時間がかかりそうですね」
「大規模捜査ですから、単独で迷宮に行くのとは違いますよ。
サイモン卿」
「失礼。
一人で潜って大体なんとかなっていたもので」
胃が。
胃が痛い。
いや、仲が悪いのは分かったから、そのギスギスオーラちょっと抑えてくれると嬉しいのだけど。
一人、まったく気づかずに寝かかっている被害者もいるしさ。
なお、当然の事ながら捜査の総指揮は私。
こんな時、己の五枚葉従軍証がうらめしい。
誰も文句言えないから仕方ないが。
「第二陣を即時投入します。
死体の『回収』に二パーティ使い、残りは『維持』と『探索』。
ヘルティニウス司祭を『回収』パーティーに入れて。
ソンビやゴーストになられたら厄介よ」
足元を固めながら、一歩一歩確実に抑えてゆく。
時間はとりあえずはこっちの味方だ。
このままゲームのシナリオどおりならばまず問題はないが、賭けてもいい。
確実に諸侯が介入に来る。
諸侯の介入前にギルドマスターの身柄を抑えられるかで話が変わってくる。
「地下水道出口の一つで戦闘発生!
盗賊ギルド幹部とその手下が封鎖線を突破しようと戦闘を行っています!
支援を!!」
伝令から不意に飛び込んできた戦闘報告。
ゲームではこんな事は当然起きない。
つまり、ここも安全地帯ではないという訳だ。
「こちらから後詰を出します。
サイモン卿。
お願いできますか?」
「心得た。
従士2人、兵士6人借りてゆきます」
私の頼みに、サイモン卿は当然とばかりに立ち上がり、後詰のために部屋を出てゆく。
フリエ女男爵は動かない。
彼が娼館で高級娼婦のアマラを買い続けて調教しかかった事は彼女の耳にも入っているはずなのだが?
まぁ、ここはフリエ女男爵を信用しよう。
「お嬢。
報告だ。
今の所ギルドマスターは見つかっていない。
隠し通路もだ。
多分、こっちに掘るより第二層から世界樹の迷宮経由で逃げられる可能性があるから、隠し通路はそこが本命だろう」
探索から戻ってきたシドは地図を広げて、地下水道と世界樹の迷宮を重ねる。
何度か世界樹の花嫁が走破しただけあって、マップがちゃんと残っているのがありがたい。
けど、古代魔術文明の謎技術によって、罠やガーディアンは常に機能している。
「そのルートを取らない理由は?」
私の質問にシドは悪人顔で笑う。
こういう顔を見ると盗賊だなって納得するのだが。
「お宝さ。
逃げて身を隠すにも金がいる。
その持ち運びに苦労しているのさ。
戦ったやつらも身に一杯の金貨や宝石を持ってた。
歩く宝箱だな。あれだと」
ゲームでは出てくる敵や財宝がえらく良かったがそんな理由があったか。
それで見えてきたものがある。
地の利が無い場所で戦うのも避けれる、ゲームだったらありえない名案が。
「誰か、地下水道の水路図を持ってきてくれない?」




