45 ミノタウロスの迷宮 四日目
ミノタウロス討伐後も私達は遺跡のある村に滞在した。
他のモンスターの掃討と次の為のマップ作りというのが表向きの名目である。
「終った?」
帰ってきたシド達に私は声をかける。
出てきた答えは私の予想したものと同じたった。
「ああ。
始末したモンスターはスライムやゴブリン等自然発生する奴ばかりだ。
ミノタウロスだけどうしてここに居たのかどうも納得できない」
つまりはそういう事だ。
このミノタウロスは人為的に置かれたのではと疑っているのだった。
そもそもミノタウロスはその製造がかなり人為的なモンスターで、もとの神話からして詳しく説明ができないR-18なモンスターだったりする。
それゆえに、今回みたいにゲリラ的に設置するとその地域を確実に荒廃させるからたちが悪い。
「たしかここの遺跡は信仰の対象になっているので統合王国に登録しているのよね?」
「ああ。
先日も近衛騎士が見回りに来ていたそうだ」
遺跡や迷宮。
特に古代魔術文明がらみのものは、その継承者が王家であるという政治的ロジックによって王家の管理下に置かれている。
その為に、迷宮探索や討伐には近衛騎士が出張ることになるのだが、一人、こんな事をしそうな近衛騎士に心あたりがある訳で。
「シド。
その見回りに来ていた近衛騎士って誰?」
確認の為に私はその近衛騎士の名前を尋ねると、シドは私の期待通りの名前を出してくれたのだった。
こういう時の期待は外れてほしかったのだが。
「たしか、近衛騎士のサイモンって奴だったが」
やっぱりか。
何か悪巧みをしているのは分かるが、今回の悪巧みは何が理由なのか考える。
少なくともアリオス王子の命ではない。
あの王子は幼くして王になる事を期待されていたので、ノブレス・オブリージュについては徹底的に叩き込まれている。
私の粛清目的で民に犠牲が出る手を犯す必要が無い。
となると、第三王子のカルロスがらみなのだろうが、こんな騒動を起こす事で何のメリットがあるのかを考える。
私が実質的な当て馬である事は彼も感づいているだろう。
だから、わたしに対する手とも思えない。
そうなると、ミティアか。
アリオス王子が健在ならば彼が出る出番が無い。
アリオス王子がミティアに惚れて新大陸に高飛びする事が、統合王国崩壊のスタートなので多分それ狙いなのだろう。
彼はミティアの背景――王族である事――を間違いなく知っている。
待てよ。
兄の忘れ形見と弟の現王の息子の結婚。
本来ならば、祝福されて当然じゃないか。
にも関わらず、あの聡いアリオス王子は全てを捨てて新大陸へ高飛びするという形になった。
ゲームの設定うんぬんは置いといて、それがアリオス王子の選べたベストな選択だったとしたら?
「……どうした?お嬢。
真剣な顔で考え込んで?」
こっちが黙り込んだ事を不審に思ったシドが私に声をかけたので慌てて私は笑顔を作る。
いかんいかん。
「ごめんなさい。
近衛騎士巡回後のトラブルだから、近衛騎士団の不祥事になりかねないでしょ。
アリオス王子が絡むからどう穏便に片付けるか考えていた所なのよ」
当たらずとも遠からずな事をでっちあげて、ひとまず思考を棚上げする。
適当に言った事だが、実はこれも頭が痛い事だったりする。
「あの王子への貸しにするか?
あれ、それを気にするような奴じゃないと思うぞ」
「同意見だけど、それを無視するデメリットも考えられる人よ。
適当なお願いぐらいならば聞いてくれるでしょうね」
そこまで言って、アリオス王子への貸しにする為の策を考える。
ミノタウロスがいた事は事実なので、焦点は誰がミノタウロスを持ってきたかに絞られる。
「仕方ないわね。
この近くに盗賊団が居た事にしましょう。
で、私の選んだ人間に盗賊団のメンバーが居て、それに気づいた私が彼らを処分と」
私が手駒欲しさに低レベル冒険者を集めていたのは事実だ。
そこに盗賊が入り込んで悪さをしたというストーリーで、割を食うのは盗賊を見抜けなかった私。
後はここの領主に居もしない盗賊団討伐を依頼して、盗賊団が逃げたことにすれば近衛騎士団の責任より、私の失態の方が大きく宣伝されるだろう。
これの良い所は盗賊ギルドに繋がっているシドが協力すれば、まず話がでっち上げられるという点にある。
「けどいいのか?お嬢がわりを食う形になるが……」
「仕方ないわよ」
あえて繰り返す事で自分に言い聞かせる。
あまり仕方なくはないのだが、現状で私が泥をかぶるのが一番穏便に話が進むのだ。
「お嬢様。
よろしいですか?
探索で見つけた財宝の確認を村人としてもらいたいのですが」
忘れていた。
呼びに来たアルフレッドを見て一旦この話を棚上げすることにする。
「シド。
あなたも来て頂戴」
「かしこまりました。
お嬢」
村の信仰を集めていたので、この遺跡には結構な貢物が納められている。
もちろん、食料や酒などの生物は一定期間捧げられた後で腐るからと村人達で美味しく頂くことになっている。
で、それとは別に残る形での感謝となると金や財宝になる訳で。
これらを狙う盗賊まがいの冒険者の存在も近年問題に上がっているのだが、解決策は未だ出てきていない。
なお、これらの財宝は村の共有財産であり、今回みたいな討伐依頼の報酬として活用する所も多い。
「依頼料以上のものを受け取るつもりはありません」
新しい村の長老に私はぴしゃりと言ってのける。
そうすると大赤字確定なのを知っている長老は怪訝な顔をするので、適当に欲目を出してごまかしておこう。
「もっとも、長老にお願いがない訳ではないのです。
あのミノタウロスはどうも盗賊団の仕業のようで、近くに盗賊団の本隊が居るらしいのです。
その討伐に費用がかかるでしょうから、どうかそちらに財宝を使ってあげてください。
必要でしたら、こちらからも幾ばくかの支援をしましょう」
ここで、すかさずシドが追従の声をあげる。
こちらが何を望んでいるかの三文芝居は第三者を入れないと寒い事この上ない。
「さすがです!
お嬢様!!
苦しむ村人に私財を提供するその心構え!
世界樹の花嫁に相応しいですな!!!」
「えーやだなぁー
そんな本当の事をいわないでよー
おーっほっほっほっ」
銀の扇子でパタパタ仰ぎながら悪役令嬢アピール。
長老とアルフレッドの視線がむちゃくちゃ痛い。
長老はまだ、『この俗物が』視線だからどうでもいいのだが、アルフレッドは『何やっているんです?お嬢さま』だから刺さるの!胸にいろいろと!!
なお、この後で盗賊がらみで私が泥をかぶるから、このミノタウロス事件は私のマッチポンプという形に落ち着く訳で。
二度とこの村の土は踏めないだろう。きっと。
並べられた財宝を長老と共に確認中。
銀の燭台、琥珀のネックレス、ダイヤのティアラ、黒真珠の指輪……
かなり高価なものが多い。
「元々この村は遺跡の加護のおかげか豊かな村でした。
近年は不作が続いていますが、それでも他所に比べたらましなのでしょうな」
あ。
なんとなくだが、ここ世界樹の加護の端末の一つじゃないだろうか。
この広い統合王国全域に加護を届けるにはこの手の端末はどうしても必要になるからだ。
お。マジックアイテム発見。
前に話したと思うが、この遺跡一番の当たりのアイテムがこれだ。
「霊木の盾じゃない。
名のある戦士が納めたのでしょうね。これ」
木の盾なのだが、霊木を元に作られたシャーマン・ドルイド系装備で、中盤まで役に立つ防具だったりする。
防御力は木の防御力より高く、皮の盾より軽いので主人公に持たせるのにちょうど良いのだ。
そして、盾に彫られた呪文により大地の加護を得て、ちょっとした退魔属性を持つ。
簡単にいえば私が襲われたワイトをこいつでダメージを与えることができる。
ワイトが出る前に出ろよと言いたいがぐっと我慢する。
盾に彫られた文様から、作成者の名前を見つける。
サイモン・カーシーと彫られた文字を見て、笑顔を凍りつかせた。
「……どうなさいました?」
「ごめんなさい。
あまりにすばらしいものでしたので。
大事になさってくださいね」
多分この盾を調べないと分からないが、裏コードの呪文とか入っているのだろう。
私向けかミティア向けか分からないが、よくやると関心せざるを得ない。
私が盾を戻すとアルフレッドが欲しそうな視線を盾に向けていた。
「欲しそうね。この盾。
駄目よ。この村の物なんだから」
「……申し訳ございません。
お嬢様……」
それ以上の謝罪を私が遮った。
せっかくだから、少し好感度をあけでおこう。
「だから買ってあげるわ。
私が、アルフレッドに合う盾をメリアスで。
だから、しっかり守って頂戴」
「……はい」
その嬉しそうなアルフレッドの笑顔が見れたので、この迷宮探索は私的には大成功と記録しておこう。
なお、シドが露骨に『熱い』と手で顔を扇いでいたのは見なかった事にする。
「あ!
シドおかえり♪……んっ……」
メリアスに私達が帰ってくると、待っていたらしいアマラがシドに抱きついて甘いキスを私達に見せつける。
おかえしとばかり、扇で『熱いわー』と顔を扇いでいたら、真顔になったアマラからこんな事を告げられた。
「エリーごめん。
しばらく学校休むわ。
えらく上手い人が連続で私を買ってゆくから、体が持たないの」
高級娼婦としてメリアスでぶいぶい言わせているアマラを買い続けて喜ばせるだと!
そんなチート誰よと私が尋ねたら、口止めもされていないらしくアマラはあっさりとその人物の名前を告げた。
「近衛騎士のサイモンって人。
近衛騎士ってそんなに裕福なの?」




