17 姉弟子様クエスト ギルド登録編
「お帰りなさいませ。
そちらの方は?」
トランクケース二つに水樹姉様つきで、メリアス魔術学園にある私の部屋に現れた私達にアンジェリカが少し怪訝そうな顔をする。
仕事柄最初が大事と知っている姉弟子様は派手なスーツを着こなしているが、それ男を漁る時の勝負服ですよね。たしか。
「私の姉弟子に当たる人よ。
占術学の権威でもあるから、占術学の講師として魔術学園で働いてもらうことになるのでよろしく」
こちらの手駒兼監視者たるアンジェリカはそれで私の企みを察したらしい。
私達のトランクケースを持ってただ一礼して見せた。
「で、宰相閣下。
この後私は何をすればいいのかしら?」
「働くためには身分証明が必要なわけでして。
とりあえず、それを発行してもらいに行きましょうか」
と、部屋を出ようとしてメイド達に阻まれる。
後ろからアンジェリカの淡々とした声が聞こえる。
「エルフの森でドワーフの真似をする輩は居ない。
エリー様とその姉弟子様もこちらにふさわしい衣装に着替えていただきたく」
私も姉弟子様の着せ替えおもちゃにさせられて、似たような服を着ているのですが。
つまり、そっち系勝負服。
「え?
私、また着せ替えおもちゃ?」
ぽちが姉弟子様のおもちゃにされた恨みからかざまぁみたいな顔で見てやがる。
後で報復してやる。
「おー。
本物は違うねー」
姉弟子様がドレス姿で鏡に己の姿を写す。
メイドに着替えさせられるあたり楽しみにしていたらしくテンションが高くて私が引いていたり。
そんな姉弟子様を尻目に、トランクケースから取り出したのは、タブレットと携帯ソーラー充電器。
「お、充電してるわ」
図書館の書物を調べるのも許可がいるし時間がかかる。
タブレットのカメラでパシャパシャ撮ってしまえば、向こうでも調べられるという魂胆である。
アンジェリカやメイドたちが私の持っているタブレットに興味津々なのだが、ここはあえて無視して大き目のポシェットになおす。
スリ対策である。
「絵梨。
お師匠様の形見の水晶はどうするの?」
「魔力回復陣を敷きますのでその中に置いてみてください。
それで回復しないならば改めて考えましょう」
たとえ回復できなくても、この手のマジックアイテム回復の魔術師なんかもメリアスぐらいの都市ならばいるだろう。
メリアス魔術学園の制服に着替えた私と貴族用ドレスに身を包んだ姉弟子様。
こうやって並ぶと間違いなく主役は姉弟子様だよなぁ。
「それで、今日はどのようなご予定で?」
アンジェリカの言葉に私はぽちを抱いて答えた。
少し言葉に力が入っていたのに気づかれなかっただろうか。
「姉弟子様の占いによって候補者は見つかっているらしいので、ケインを連れてクラスの取り巻きを雇いに。
その前に、姉弟子様の身分証明を作りに行きます。
アンジェリカは、学園の教師陣への説得をお願い」
「かしこまりました」
かくして、私と姉弟子様とケインの三人でメリアスの麓に降りてゆく。
ケインは姉弟子様に対して警戒心を隠そうともしない。まぁ、当然か。
「凄い場所よね。ここ」
水樹姉様が上を見上げて、広がる世界樹の万緑の光に目を細める。
よく見ると人が乗ったペガサスやグリフォンやワイバーンが空を飛んでいる姿を見ることもできるだろう。
こういう街だと上下の行き来にこの手の飛行型魔獣を使うのが、上流階級のステータスにもなっているのだった。
もちろん維持費は馬鹿高い。
「ぽちも絵梨を乗せて飛べるんだっけ?」
「できますよ」
「きゅきゅ」
私の肩でどや顔をさらすぽちに姉弟子様は興味津々だ。
目が口ほどに物を語っている。『乗せろ』と。
「水樹姉様。
乗せるのは構いませんが、上空は寒いですよ」
当たり前だが、高度が高くなればなるほど気温は下がる。
世界樹樹上にある魔術学園の私の部屋が寒くなかったのも魔法のおかげだったり。
なお、ぽちを手に入れた時に寒さと風で風邪を引いたのは良い思い出だ。
寒さに震えるがいいといたずらな邪心を心に潜ましていたら姉弟子様はぽつり。
「そう。
じゃあ、ライダースーツとフルフェイスヘルメットがいるわね」
その手があったか!
私も帰ったら買っておこう。
ぶっちゃけると、オークラム統合王国は領域国家というより、都市国家の集合体と言った方がいい。
何がいいたいかというと、ちょっと街一つ越えるだけで身分確認ができないなんて笑えない事態が頻発する。
北方蛮族・東方騎馬民族・南方魔族という部族社会と隣接して侵入され続けている現状において、流民の身分確認は早急の課題になっていた。
一つは貴族が身分証を発行する場合。
一番問題が無いのがこれなのだが、当然貴族のコネがないと使えない。
次に神殿や大商人等が身分証を作るケースで、貴族発行の身分証に準する効力を持つ。
これも同じくコネがないと使えない。もちろん費用もそれなりにかかる。
「あれ?
絵梨のスポンサーに頼まないの?」
姉弟子様の疑問に私は顔を向けて答えた。
胸につけられた銀時計の鎖が揺れる。
「そっちは魔術学園の方を頼んでいるので。
一から十までヘインワーズ侯に頼むと色がつき過ぎるんですよ。
で、成り上がりコースの経歴ロンダリングで水樹姉様の経歴をでっちあげます」
かくして到着したのがメリアスの外周城壁の一つにある城門。
銀時計を見せるだけで、衛兵は何も言わない。
「すいません。
滞在許可を頂きたいのですが?」
衛兵詰め所にづかづかと入って滞在許可証を求める。
流民については雇用問題や治安の悪化から、どうしても永続滞在許可を出す所は少ない。
また入る為には関所税を払い、トラブルを避ける為にそれとは別に保証金を積む必要がある。
このあたりは、領主の収入源になっているので色々と闇が深い。
「はい!
こちらの書類をお使いください!!」
人の見た目は大事である。
騎士様にドレスを来た美女がやってきたのだから視線はそっちに行くのは分かるが、私を最後に見やがったなこいつ。
まあ、魔術学園学生服だから文句は言うまい。
私を見た時に銀時計に気づいて顔真っ青だし。こいつ。
姉弟子様の代わりに羽ペンで必要事項を記入しているのを姉弟子様が横から眺める。
「ふーん。
こっちでの私の名前ってこんな感じなのか」
「これで、ミズキ・カミナと読みます。
覚えておいてくださいね。
さてと、関所税と保証金はいくらかしら?」
「関所税は一人銅貨三枚。
保証金は身元保証なしならば銀貨一枚、保障ありならば大銅貨一枚になっています」
ケインが銀貨二枚を職員に渡す。
銅貨100枚で銀貨一枚、銀貨100枚で金貨一枚になっている。
で、これに10枚で一枚になる大銅貨や大銀貨があったり、王国通貨だけでなく各諸侯や自治都市がそれぞれで通貨を出しているので両替商が大繁盛。
なお、ヘインワーズ家発行通貨は王国発行通貨と同じ含有率で作られている。
こういう時、おつりを言わないのがこの世界でのルール。
その差額が賄賂になる訳だ。
「保障なしで発行をお願いしますね」
「かしこまりました」
係員がぽんと判子を押して、滞在許可証を手渡す。
これで、流民出身で住所不定の姉弟子様の滞在許可が作られる。
「次は冒険者ギルドに行きましょうか」
滞在許可証を姉弟子様に手渡して、近くの冒険者ギルドへ。
ここに登録し、仕事をうける事で滞在許可の延長が可能になる。
以後、手続きの大半は冒険者ギルドが代行する事になるが、これは大きな変革だった。
関所税と滞在保証金は領主の収入源であるがゆえに、領主の都合によって決められていた。
それに団結して圧力がかけられるのがこの冒険者ギルドであり、もちろん流通の拡大を望む大商人等の後援がある。
そんな背景もあって冒険者ギルドは城門の近く、街によっては城門の外にある事も多い。
私達が冒険者ギルドの扉を開けると、一斉に視線が集まる。
皆、金になりそうな事についての嗅覚は鋭いのだ。
酒場も兼ねているカウンターに座り、滞在許可証をテーブルにおいてマスターに声をかける。
「冒険者登録をしたいのだけど?」
「あいよ。
書類はこれだ。
代筆は必要ないか」
まあ、銀時計の鎖をぶらぶらさせていれば、そこから先は口にする必要はないか。
羽ペンで必要事項を私が記載してゆく。
冒険者達はこちらをちらちらと見ているし、姉弟子様は興味深そうに冒険者達を観察している。
「翻訳はちゃんとできています?」
「雑踏だと無理だけど、絵梨が話している相手の会話は理解できているわ。
作って正解だったわね。
まあ、表情と状況で八割がた言いたい事は分かるのだけど」
さすが心理学の学位も持っている凄腕占い師。
姉弟子様の胸元にはアクセサリーに似せたピンマイク、耳にはイヤホンがつけられている。
それが持ってきたタブレットに無線で繋がっており、こっちの言葉を翻訳しているのだ。
こっちの言語なんて分かるのは私ぐらいしかいないので、翻訳ソフト会社にオーダーメイドで特注し音声認識と発音は私が行う羽目に。
結構な金がかかるが、それが払えるのが姉弟子様である。
「登録終了。
こちらが冒険者カード。
ミズキ・カミナ。
レベル1ですよ。
カードに血をたらしてください。それで本人認証するので」
「なかなか初々しいじゃない」
この世界にはレベルがあるが、そのレベルを決めるのは冒険者ギルドである。
魔物討伐でレベルが上がるだと、お使い系クエストが得意な冒険者のレベルが低く見られるという問題が出る。
そのため討伐は申告制で、お使いクエストは達成報告をもって経験点を加えられて必要点数に達したらレベルアップという訳だ。
なお、討伐の申告の為魔物の部位を持って帰る事が求められる。
「とりあえずレベルについては分かったけど、これ職業についてはどう判別しているの?」
姉弟子様がカードを見ながら首をかしげるので、私は銀時計の鎖を指差す。
「それはこっちで判断するんですよ。
要するに、冒険者として使えますよという証明でしかないので。
だから、こんな事もできるという事を今から実践しますね」
私はそのまま依頼カウンターに行って、姉弟子様名義でスライム討伐の依頼を受ける。
その横のギルド直轄の店にスライム討伐の証拠となるスライムの体液が銅貨三枚で売られている。
なお、真面目に倒してスライムの体液を納品すると銅貨一枚。
「すみません。
スライムの体液、あるだけくださいな」
そう言ってカウンターに置いたのが私達の世界の地金型金貨。
使えるかどうか試す為に持ってきたのだが、カウンター向こうのギルド職員はあわてて両替商を呼びにすっ飛んでいった。
「なるほど。
お金もレベルに入る訳だ」
「ええ。
与えられた依頼を剣だろうが、魔法だろうが、金だろうがとにかくクリアしますよという意味しか無いんですよ。
けど、流民からすると一番最初に手に入れないといけない、街に滞在する上で切実に欲しい信用を保障してくれるんです」
姉弟子様の言葉に私が返事を返す。
もちろん、ギルドカード詐欺も無い訳ではないが、事が自分の信用にかかわるので最終的に長続きはしない。
そんな話をしていると、冒険者達のざわめきと注目がすっとんできた両替商に向けられている。
そりゃそうだ。
純度99.99%の投資用金貨だから、こっちの世界では効果は絶大だろう。
「あ、良かったらついでにこれを換金してくれないかしら?
重かったのよね」
私の言葉にケインが金のインゴットをテーブルに置く。
見た目は小さいが1Kgあるその金のインゴットは、前回のクエストの赤字をうめておつりがくるとケインとアンジェリカが呆然とし、それを見て私と姉弟子様が苦笑したり。
これ、向こうの占い一回程度の値段でしかないのだから。
長くなったので、ひとまずここで切る事に。




