今は無き王国の記憶 その十
騒動が終わって、アルフレッドを連れて鉱山都市ポトリを散歩する。
遺跡攻略後、状況は改善しつつあった。
アンセンシア大公妃によって近くポトリ伯が指名され、鉱山が再開。
鉱山の再開と都市機能の正常化が街に平穏を持たらそうとしていた。
「いらっしゃい!
お嬢様。
今日は何を注文するのかい?」
『金槌と金床亭』に入って女将の挨拶を片手で受けて、アルフレッドと共にテーブルに座り軽い食事を頼む。
テーブルを眺めると、空いている席が結構ある。
「ずいぶん冒険者達がいなくなっているわね」
「遺跡が近衛騎士団の警備下に入り、街が元に戻りつつあるからね。
目先のきく冒険者はさっさとこの街に見切りをつけて他所に移っているさ。
はい。
ポトリ名物、キノコと山菜と野鳥のサンドイッチ」
女将がテーブルにサンドイッチ二人分を載せたお皿を置く。
この料理は坑道で湧いた冷たい水がセットについてきて、代金がそこそこの値段なので鉱夫達のお気に入りメニューになっている。
鉱山は本来環境を荒らすのだが、ここポトリは世界樹と契約しているドライアドことアンセンシア大公妃のテリトリー。
枯山や荒れ地も数年もすれば鬱蒼とする森に早変わりしてしまう。
その為、坑道に生えるキノコと森で採れる山菜と野鳥がサンドイッチに挟める訳だ。
野鳥の肉をキノコと山菜でいためた物をパンに挟むのだが、この挟む為のパンを作る小麦だけは北部では足りないので西部から輸入している。
サンドイッチを食べながら、アルフレッドに話を振ってみる。
「そういうば、こっちが遺跡に突っ込んでいる時に、アルフレッドは何やっていたの?
遺跡警備というのは知っているけど?」
「ええ。
遺跡入口の警備を。
採掘された宝石の持ち出しをする鉱夫とかがいるので、腕っ節よりも信頼ができる人間が欲しいと。
俺はお嬢様のおかげでその手の信用はあるみたいなので」
まあ、世界樹の花嫁の付き人なんてやっていたら、普通くすねる人間なんて雇わないからなぁ。
で、そういうのをくすねるならば、もっといい稼ぎの手段があったり。
私あての賄賂ちょろまかしとか。
「そう。
まあ、中で危ないことしてなくて安心したわ」
「俺自身は、もっとお嬢様のお役に立ちたいと思っているんですが」
アルフレッドがぽちにサンドイッチ与えてモキュモキュと食べているのを眺めながら、やりきれない顔を私に見せる。
彼自身自分のレベルが遺跡突入に届かない事を自覚しているからこそ、あえて別れることに異を唱えなかったのだ。
「とはいえ、無理して死んじゃうなんて御免よ。
できる事をちゃんとしてくれるだけで、私は助かっているんだから」
「そうなのですが、俺は居る必要があるのか、時々不安になるんですよ。
今回もケインさんが頑張っているし、アマラもメンバーに入ってたし」
「アンジェリカ連れて行け無かったから、女同士のあれこれ頼んでいるからね」
「女同士のあれこれ?」
尋ねるなよ。察しろよ。
言って気づいたらしく、赤くなるアルフレッド。かわいい。
「あ。いたいた。
おつかれさまー」
声をかけてづかづかとやってきて、私達のテーブルに座るのはシアさんことアンセンシア大公妃殿下その人。
で、そのまま残っていたサンドイッチをぱくり。
「私も同じ奴一つー」
「もっといいもの食いなれているしょうに。
キノコと山菜と野鳥のサンドイッチね」
この女将はシアさんの正体を知っているわけだ。
という事はうっすらとこっちの事はばれるんだろうなぁ。
お嬢様どころの話ではないって事が。
「遺跡ではご苦労様。
おかげで街も元にもどりそうよ。
北部諸侯を代表してお礼を言わせて頂戴。
一足先に帰ったアリオスからもよろしくって」
頭を下げるシアさん。
アンセンシア大公妃では下げられない頭がこうして下げられるからこれはやめられないとは先の未来にて聞いた覚えがある。
彼女の中でのテストは合格という事なのだろう。
「で、折角だから少しお仕事の話をしたいなぁと思いまして。
エルスフィア太守代行殿」
で、即座に大公妃に戻るスタイルに苦笑するしかない。
女将も笑ってサンドイッチの皿を置いていった。
まあ、この人とこんな話できる時点で只者ではないと思われているのだろうが。
仕事の顔に切り替えて、私は口火を切る。
「エルスフィアは北部からの木材を川で運ぶ中継地なので、何か材料というものがあるかと言えばないと言わざるを得ないのですが」
「あるじゃないの。
タリルカンドとの交易協定。
一枚かませなさいよ」
こういう事を何処からか聞きつけて、さらりと突きつけるのだからただのビッチではない。
とはいえ、秘密にしていた訳でもないので、探りをいれながら会話を続ける。
「あれタリルカンドへの薪安定供給と王都から塩買ってきて売るのと、街道警備と馬車による定期便の整備ぐらいで、食い込む所ありましたっけ?」
「あるじゃない。
薪の安定供給。
タリルカンドだけでなく東部全体に拡大させなさいよ。
私の権限でまわせる限りまわすからさ」
そうきたか。
草原地帯や砂漠の荒地、高原が続く東部において薪は高値のつく商品だ。
タリルカンドへの安定供給をてこに、東部の薪の流通を一手に取り仕切ろうという考えらしい。
「緩衝地帯で互いに牽制していた所で、これだけ手を打たれたらこっちも黙っていないわよ。
貴方の太守代行就任は法院でも話題になっているみたいだし、タリルカンドにそのまま取り込まれたら悔しいからこっちもつばつけとこうと。
真面目に再度口説くけど、北部諸侯としてうちの派閥に入らない?
うちの男まわしてもいいし、そこの彼とできた子と私が寝てもいいからさ」
「!?」
「っ!!
げほっ!ごほっ!ごほっ!!」
不意に飛んできた剛速球に思わず立ち上がるアルフレッド。
私は私でむせてしまい、シアさんニヤニヤ顔である。
やばい。
この顔は獲物を見つけた獣にしか見えない。
「何?
まだやってないの!?」
「そっ!
そんな事できないじゃないですか!
お嬢様と護衛ですよ!!」
本人前にガチ否定するのはやめていただきたい。
かなり凹むので。
「と、護衛は言っていますが、お嬢様は?」
「するしないは別にして、子供はできない体なので」
「あ、貴方華姫だっけ?
大丈夫。
北部の世界樹の豊穣の加護にかかれば、そんなの関係なくぽこぽこ生めるから」
「……」
豊穣の化身が言うのだから間違いないし、かつて私は彼女の加護によって体を治したのだ。
それでも、ついに子供は作れなかった。
いや、作らなかったというべきか。
「でも、タリルカンド辺境伯の末弟との話も進んでいるんでしょ?
あー。
だからあの妹が反対しないのか」
あのちっぱいこんな所にまでブラコン轟かせているのか。
この人が北部から出てこないのを見透かして側室に入れたんだよなぁ。
さすがに遷都はできないから、どこまで兄LOVEなんだ。あのちっぱい。
おっといかん。
この人にペース握られたままでは好き勝手に弄られかねない。
「ごちそうさま。
エルスフィアの件については後で書面にて。
失礼。
アルフレッド。行くわよ」
「えー
もうちょっと弄らせなさいよー」
そんな事だろうと思った。
この人、長い生を生きているから、全力でじゃれ合える人は大事にするんだよなぁ。
私とか、ちっぱいとか、エリオスとか。
「あ。
そこの護衛さん。
あれは、嫌よ嫌よって言いながら自分から服を脱いでゆくから気をつけなさい。
食べてやばくなったら私が匿ってあげるわ。
その時は私にも味見させなさいよね」
最後の最後まで何言ってんだ。
この人は。
「ん?
アルフレッド。どうしたの?」
『金槌と金床亭』を出てから、なんかアルフレッドの挙動がおかしい。
何か息が荒いし、色々やばい顔なのだが。
こっちは何が起こっているのかいまいち分かっていなので、じっと待っていたらアルフレッドの口から飛び出してきたのはこんな言葉だった。
「お、お嬢様!
芝居を見に行きませんか!?」
その言葉を理解するのに、まばたき二回ほどの時間を要した。
え?
え?
え!!!!?
こ、こ、これってデートのお誘いですか?
手を見るといつの間にかお芝居の券が二枚。
おちつけ私。
とりあえず深呼吸をしてと思ったら、アルフレッドが手を掴んで引っ張る。
「ちょ!
ちょっと待って!!」
「もうすぐ開演なんです!
急がないと……」
ずんずんと私を引っ張るアルフレッド。
『金槌と金床亭』の窓から親指を立てているウインクするシアさんが見える。
やりやがった!
あの人の差金かよ!!!
でも、完全にテンパっていて私を手を引っ張るアルフレッドを振りほどくこともできず、いつの間にか背中にはりついたぽちを連れて、私はあれよあれよと芝居小屋の中へ。
「なんだあれ?」
「あの服みたらどこかのお嬢様のお忍びだろう」
「男の方が手を引っ張って、積極的ぃ」
周囲の人間にめちゃ見られているんですけどぉぉぉ!!
アルフレッドが我にかえるのと、私達が芝居小屋の席に座ったのはほぼ同時だった。
「え?
あ?
ああああああああああああっ!!!
お、お、お嬢様、俺は何でここへ……」
まだ始まっていないのが幸いして、周囲の注目をあつめるだけに終わるが、アルフレッドは絶賛混乱中。
多分、シアさんに暗示の魔法でもかけられたのだろう。
この芝居小屋の席、一番いい場所だし。
きっと私へのお礼とか良い事という言葉の裏側に好奇心を隠し切れないどこぞのビッチエルフの影が浮かぶが今回は許してあげよう。
だって、アルフレッドが誘ってくれたデートなのだから。
形はどうであれ。
「貴方が芝居を見に行こうって私を引っ張ってここに居るんだけど?」
自分の顔がニヤニヤしているのが分かる。
もう少しおめかしして来たかったが、そこはアルフレッドのやっちまったという顔を見て我慢しておくか。
「ほら芝居が始まるわよ。
静かにして」
だから、芝居が始まって暗くなったら寝るふりをしてアルフレッドに寄りかかってやるんだ。
わざとらしく寝息を立てて、腕に胸を当たらせて、私の匂いを嗅がせてやるんだ。
で、しらじらしく芝居が終わったら起きて、何もなかったように振る舞ってやるんだ。
顔が笑顔で崩れるのを必死に我慢して、うろたえまくるアルフレッドを堪能しながら私は芝居の間中寝たふりを続けたのだった。
このイチャコラが書きたくて、10話も大冒険させた無能作家がいるらしい。




