『彼女』が死んだ、その後で
*お義姉様視点
投げ掛けられた言葉の意味を計りかね、彼女は瞳を瞬かせた。
今は、養女のシャルロッティが支援している職人達との、打合せの席であった。
相変わらずどこか抜けている、養女の兄君が持ってきたお土産(原材料)の加工についての話を、していた筈なのであるが。
顔を顰めて窘める、初老のまとめ役に構うことなく、くすんだ赤毛の青年は、同じ言葉を繰り返す。
「――貴女は、それで良ろしいのですか?」
それ、と言うのは、青年が続けた、都合良く利用されている、と言う言葉で理解した。
別に、夫にも、養女にも、彼女は利用されたと思った事は無いのだけれど。
頬に片手を当てた彼女の脳裏に、困った様に頭を掻く、青みがかった黒髪の青年の姿が浮かんだ。
――あれは、自分が好かれる事を想定して、行動しないのだ、と。
夫を含め、各所から専門分野以外はアレと認知されている、養女の実の兄君は、巷の脳筋認定とは裏腹に、意外と人を見ている殿方である。
そして彼は、記憶を喪失し、少なからず混乱が続いていた彼女に、わざわざ、妹と家族になってくれないかと、頭を下げてきた程に家族思いでもあった。
容姿こそあまり似てはいないが、不器用な兄君と、シャルロッティはよく似ている。
――あれは、自分を、国を回す為の便利な道具だと、定義付けしてしまってな……。
死にかけたり、修行するのにかまけて、妹をきちんと守ってやれなかったと後悔していた青年は。
哀しむ様な、痛みを堪える様な、横顔だった。
「――利用されているとは、思ったことはありません。
ここにあの子がいないのは、貴方方に、嫌われていると思っているせいですから」
苦笑交じりの彼女の説明に、赤毛の青年は呆気にとられたようだった。
じっと、観察するように彼女を見つめる初老の男に、彼女は目を向けた。
「貴方方が向けていた期待を、あの子が裏切ったことは確かです。
けれど、――あの子が背負っているのは、貴方方の命だけではありません」
大公領の、それだけではなく、この国に住まう全ての民の。
次期大公の、王位継承者第三位のシャルロッティが負うべき命の重みは、彼女には想像しきれるものではない。
一度伏せた目を、彼女は再び上げた。
自分は鞭の役! と言い切った、十二歳の女の子の姿が、悲しいと思った。
「あの子は、貴方方だけの為に、時間も権力も使うことができないのです」
彼女の言葉に、かっとなったのか、赤毛の青年が乱暴に立ち上がるのと同時。
彼女の足元に座っていたユニが、職人達との間にあった重厚なテーブルに飛び乗り、低く、唸り声を上げた。
殿下から預かっている犬の内の一頭であるユニは、もう一頭のシルキーより一回り程身体が小さく、まだ仔犬である筈なのに、威嚇の迫力は成犬顔負けだ。
眼球が一つきりしかない、特異なユニの見た目は、見慣れれば愛嬌があるのだが、初めてユニに遭遇した赤毛の青年には、刺激が強すぎたらしい。
化け物、と、ユニを見る青年の顔に、嫌悪と恐怖が浮かんだ。
「ユニ」
制止を込めた彼女の呼びかけに、ユニはぴんと耳を立てると、大人しくテーブルから降りて、彼女の膝の上に収まった。
一つきりの紫眼が、赤毛の青年のから離れないあたり、しばらく警戒を解く気はないらしい。
彼女が頭を撫でてやれば、ユニの大きな瞳が、気持ち良さげに細められる。
侍従見習いのアレスへのじゃれつきは激しいが、ユニは、化け物と呼ばれる程、凶暴でも獰猛でもない。
「――時間を、頂けませんか?」
シャルロッティを許してほしいとは、彼女は言えないし、言うべきではない。
貴族階級である故に、権力の庇護下にあった彼女は、流浪の民の辛苦を体験したことは無いし、想像したとして限度がある。
――生母の愛情を見限り、為政者として己を定義付けた、幼い女の子の気持ちも、全て、理解できるわけではない。
それは、彼女だけではなく、目の前の職人達も同じだから。
「私達が、――この国の民が、貴方方を知る為の時間と、貴方方が、あの子と、この国を知る為の時間を頂きたいのです」
目の前の人々が、故国を捨てざるを得ない程の困難に見舞われたことは、知っている。
この国に辿り着くまでの道が、想像を絶する困難に溢れていたことも、耳にした。
――でも。
それでも――。
彼女よりも幼い女の子が、異国の民が、地元住民と軋轢を発生させることなく、この国に溶け込めるよう、細心の注意を払っていることを、知っている。
嘗ての敵国と同じ身体的特徴を有する人々の受け入れに、難色を示す西側の貴族達に、あらゆる根回しを行っていることを、耳にした。
確かに、彼女は、全てを知る訳ではない。
けれど、知っているから、……知って、しまっているから。
小さな両の手に、精一杯の親愛を乗せて、彼女に差し出してくれる女の子を、どうして厭うことが出来ようか。
だから、無知のままに決めつけて、断絶を広げるのは、止めて欲しかった。
まとめ役の男が、微かに、笑う様に溜息を吐いた。
「――大切に、なさっていらっしゃるのですね」
「大事な、家族ですから」
彼女は、花が綻ぶ様に微笑んだ。
手を伸ばせば、応えてくれる笑顔がある。
寄り添ってくれる、温もりがある。
……何処にも届かない慟哭を、日記に書き綴るしかなかった『私』は、もう、死んでしまったから。
――自分の家族を良く知りもしない他人に、憐れまれる謂れなど、彼女にはない。
ああ、と、初老の職人は、少しだけ眩し気に吐息を吐く。
「――幸せで、いらっしゃるのですか?」
「ええ、とても」
『彼女』が死んだ、その後で。
一度、生まれ直した彼女は、この上なく幸せそうな笑みを浮かべた。
今度こそ、ここで一回締めます。
行き当たりばったりの作者に付き合って頂き、ありがとうございました!
残りのネタは別作品で投下していますので、よろしければどうぞ!
次期大公の華麗でもない日々
腹黒ドシスコンの次期大公と、軍事以外はポンコツ仕様の脳筋次兄の、ボケたりツッコんだり、ボケたりボケたりボケたりしなくもない日常。
*ツッコミ役随時募集中
*長兄夫妻は、優しく見守り隊です。
*恋愛要素無いので、ファンタジータグになりました。




