表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/59

次期大公、熊を見る

*軽いスプラッタ描写有の為、苦手な方はご注意ください。

 シャルロッティの朝は早い。

 そもそも、夜眠るのも早いのだ。

 それは、彼女がお子様だというのもある。

 子供の成長に、適切な睡眠時間の確保は必須、というのが、シャルロッティの家族の基本方針だ。

 睡眠不足では、逆に仕事の効率が下がる、という事実も、シャルロッティが早く寝る理由の一つである。

 脳筋の次兄ではないが、身体作り、もとい、健康管理は大事だ。

 それに、夜に油を消費して仕事を行うよりも、朝早く起きて仕事を始めた方が、金を節約できるという結論に、シャルロティが至ったことも大きい。

 一方、長兄は寝るのが遅い為、シャルロッティよりも遅く起床することが多いらしい。

 だが、その日は珍しく、シャルロッティと同じくらいに早く起きた様だった。

 身支度を整え、朝のホットミルクを飲んでいたシャルロッティの下に、長兄からの手紙が届いた。

 それも、緊急用の鷹便である。

 急ぎ、シャルロッティは文を開き、――中身を確認するなり、眉間に(しわ)を寄せた。


 長兄の字が、物凄く震えているのだが……。


 いつもは流麗な長兄の字が、痙攣(けいれん)を起こしたのか、ミミズがのたくった様になっていて、ちょっと読み辛い。


 内容は、昼前に、次兄が大公家に向かうとのこと。

 更には、肉を持参するので、料理人に言い含めておくように、と。


 性格のひん曲がった長兄の事だ。

 ――絶対に、故意に記してない事情がある。

 だって、明らかに大笑いしながら書いた手紙を、緊急用の鷹便で送り付けてきたのだ。

 恐らく、次兄が何かをやらかして、それが長兄のツボにはまったのだろう。


 一体、何をした、脳筋。


 シャルロッティは、溜息を吐いて、(かぶり)を振った。

 毎度毎度、シャルロッティの予測をヘンな方向に超えていく次兄について、一々考えてみても仕方がない。

 次兄を迎え入れる支度を指示するべく、シャルロッティは、手元に置いてあった鐘を持ち上げた。


 ◆◆◆


 ――本日の肉は、熊だった。


 何故次兄が口を開く前に分かったと言えば、解体もせずにそのままどデカワンコが(くわ)えてきたからだ。

 頭部が一目瞭然(いちもくりょうぜん)な感じに陥没(かんぼつ)し、首があらぬ方に折れている熊は、血抜きの為だろう首筋の傷から、ダラダラと血を流していた。

 どデカワンコこと、スカーが、隣の馬よりも穏やかな性情であるのは、シャルロッティも良く知っている。

 が、顔面の傷痕のせいで強面の彼女が、中々に悲惨な見た目の熊の死骸を(くわ)えているのは、普通に子供が泣ける光景だ。

 屋敷の中で養父と一緒に待機中のお義姉様が、この場にいなくて良かったと、シャルロッティは心底思った。

 心優しいお義姉様に、こんなものは見せられない。

 熊から流れている血を見るに、明らかにさっき仕留めましたという状態だが、シャルロッティが過ごしているのは、王都のど真ん中だ。

 熊が生息している訳がないのに、どうして次兄はこんなものを持ち込めたのだろうか?

 身体の特徴からして、哀れな熊の本来の生息地は、もっと北の方の筈であるし。

「……兄上、スカーが(くわ)えているそれは、一体どこから持ってきたのですか?」

「ここに来る途中で、アストゥラビが()いたのだ。

 折角だから、スカーのおやつに持ってきた」

 ()いたって。

 ――シャルロッティの脳裏に、次兄の愛馬が、猛突進をしてきた猪を跳ね飛ばす光景が、再生された。

 王家所有の狩場で開催された遊猟会にて、シャルロッティは、馬が猪を仕留めるという、世にも珍しい光景を目撃したことがある。

 アストゥラビは、以前巨大猪を蹴り殺した実績がある馬だ。

 神馬の末裔には、熊を打ち倒すことも容易いのだろう。

「……愛馬が仕留めたからって、大自然の掟を街中で適用しないでくださいよ。

 街には、街の規則があるのです。

 どこかの屋敷から逃げ出した熊だとしたら、殺して食べたら、問題でしょう」

 シャルロッティは、げっそりと溜息を吐いた。

 大自然に鍛えられた次兄の中では、仕留めた獲物は有効活用するのが常識なのだろうが、熊の飼い主にしたら、堪ったものではないだろうに。

「街中に害獣を放つのは、規則違反だろう。

 害獣の駆除と、その遺骸の処理は、軍の管轄だから問題ないのだ」

 シャルロッティの苦言に対し、次兄はしれっと答える。


 確信犯か。


 長兄と次兄は、全く容姿が似ていないが、こういうところは兄弟だなと、シャルロッティは思った。


 と、湿った音が聞こえ、宙を漂う血の匂いが濃くなる。


 シャルロッティが、スカーの方を見やれば、どデカワンコは、いつの間にか外に出ていたユニとシルキーに熊肉を分けているところだった。

 大公家の屋敷の玄関前の石畳の上に、血だまりが広がる。

 普段は大人しくとも、神獣の末裔と言うことか。

 ワンコ達は、野性丸出しで、おやつをぱくつきだした。

 骨ごとがぶりとか、どれだけ歯が頑丈なのだ。

 次兄はほっこりとワンコ達を見守っていたが、シャルロッティはそんな気分になれなかった。

 自分の屋敷の目の前が、血みどろになって嬉しい人間はいないだろう。

 後、内臓ずるりとか、普通にトラウマになれそうだから、ちょっとぐらい自重してほしい。


 掃除するのは、誰だと思っているのだ。


 掃除をしない次期大公は、掃除係の使用人達が味わうだろう辛苦に、遠い目で想いを馳せた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ