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閑話 王太子、わんこともふもふする

*長兄視点

「――ん……」

 日々、彼の下に送られてくる報告書は、重要かつ分厚いものであれ、紙切れ一枚の些細(ささい)なものであれ、多岐(たき)に渡る。

 その内の一つの書類に目を止め、ゼノンは、口元に手をやった。


 その報告書には、女神の血筋が魔性に(おか)されたと主張する、隣国のある神官に関する情報が記載(きさい)されていた。


 隣国の神殿の上層部には珍しく、神官としての責務を真面目に果たす、壮年の神官は。




 ――女神の末裔と認知されていた人物を、二名も殺害したにも(かかわ)らず、()()()()()()()()()()()()()()、と。




 今まで散々悩まされてきた前提を覆す情報に、ゼノンは、薄い琥珀(こはく)色の瞳を細める。

 と、ゼノンの膝の上に、温かく柔らかな感触が触れた。

 (かたわ)らに()せていた(けもの)が、音もなく立ち上がり、白い被毛に覆われた頭をゼノンに()り寄せてきたのだ。

「アヴギ、どうしたんだい?」

 産まれ付き眼球が存在しない奇形の獣は、問いかけるゼノンの顔を、無言のままに気遣(きづか)わし気に見上げる。

 どうにも、ゼノンは不穏な空気を()らしてしまったようで、それを、護衛役の獣は心配してくれているらしい。

 健気なワンコの様子に、ゼノンは思わず胸を押さえた。




 ――うちのワンコが最高過ぎるっっっ!!!




 感動のままに頭を()ででやれば、ゼノンが(アヴギ)と名付けたワンコは、気持ち良さげに耳を動かした。


 誰だ奇形ワンコなんて気持ち悪いって言ったのはうちのワンコはこんなに良い子で可愛いくて頼もしいのに――。


 未だ感動も色あせぬもふもふ体験に、ゼノンは思わず相好を(くず)す。


 アヴギを拾って来たのはゼノンの弟だし、アヴギは弟を主人と認識しているようだが、名付けを行ったのはゼノンだし、余程のことが無い限り弟はゼノンを裏切らないので、アヴギはうちのワンコで良いのである。


 そして、ゼノンがいくらモフモフしても、アヴギは剥製(はくせい)にならないし、毒物は察知するし、不審者は撃退してくれるので、新婚生活を満喫中のゼノンの生活は、更に薔薇(ばら)色になっていた。


 弟よ、よくぞ神ワンコを拾ってきてくれた。


 これについて、ゼノンは、弟に感謝してもしきれない。


 弟のポンコツ具合について、ゼノンも少々思うところがあったりするのだが、神ワンコに免じて(ゆる)してあげようと、非常に寛大な気持ちになっている。


 ゼノンの弟は、専門分野以外ポンコツ仕様で、遠くで観察している分には大変楽しい。

 が、(たま)に弟のポンコツの余波がゼノンのところにまで波及し、妻との時間が(けず)れてイラッとすることもあるのだ。


 例えば、――今現在とか。


 執務室のあちこちに山積みになっている、弟関連の嘆願書を認識してしまい、ゼノンは(うれ)い顔で溜息を吐いた。

 弟のポンコツについては、ゼノンにも原因があるが、今更何を言ってもどうしようもない水準なので、嘆願書を出されても困る。


 確かに、神剣を万能調理器具扱いしたり、貧民街に虫食を広めていたりするのは、ゼノンもどうかと思うけれども。


 ――弟よ、神剣の方は、厨二病(ちゅうにびょう)からの卒業の良い機会だったと、兄は思うのです。


 世の青少年が(わずら)う厨二病の症状に、『ぼくのかんがえたさいきょうのぶき』と言うのがあるが、弟はこれを発症していた。

 妹の専属騎士が持っている、武器の素材である特殊鋼も、元は弟が自分の武器を作る為に配合を考えたものである。

 弟は、行動傾向がまるっきり脳筋であるが、専門分野ではきちんと頭が働くのだ。

 そして、素材から(こだわ)りに(こだ)った愛用品達を、神剣に台無しにされた弟の姿は、大層見もの――哀愁(あいしゅう)(ただよ)うものだった。

 弟は、この件を(あきら)め悪く引き()り続けているようだが、ここは開き直って、もとい、大人になって、他の事にも目を向けるべきだ。

 特に、女性関係に。

 ゼノンは、いつでも弟の相談に乗る用意があるのである。


 ――虫食の方は……。


 机の上を着々と占領しつつある、関連書類にゼノンは悩まし気な目を向けた。

 これに関しては、父王とゼノンの力不足も原因なので、弟を責めようにも責められない。

 王都の貧民街の救済については、貴族間での利権やら何やらのせいで、後回しにしがちであったので。

 政治には干渉しないと決めている弟が、手を出さずにいられない程の惨状にしてしまったのは、間違いなくゼノンの責だ。

 何であろうと口にしなければ生き延びられない程の、極限状態を体験した弟は、放っておけば()え死にするだろう子供達を見かね、生存術を伝授したに過ぎないのであった。


 ……でもね、弟よ。

 ――この国では、虫食は一般的なものではないのだよ……。


 虫を食用とする文化は無くも無いが、それは、弟の師の出身地の様な、辺境扱いされる地域の蛮族扱いされる民のものに限られる。

 因みに、それが発覚したのは、貧民街の子供が、最近問題になっていた人身売買組織から逃げ切ったからである。

 虫食のお陰で、栄養状態が向上した為なのだが、ゼノン的には、食糧事情が悪化した気がしてならない。

 まあ、それは、所詮(しょせん)箱庭で安穏と守られていた故の、甘ったれた幻想でしかなかろうが。


 ――第二王子が増えるっっっ?!!! 、と、貧民街への投資を渋っていた貴族達が、それはもう協力的になってくれたので、これを機に、ゼノンは貧民街への(てこ)入れを強化していく予定だ。

 後、弟が虫食を広めてしまった孤児達は、神殿がまとめて引き取ってくれた。

 神官達が、責任を以て教育を施すと確約してくれたので、ゼノンも一安心である。

 孤児達の養育費に関しては、神官長が、生臭神官達が奢侈(しゃし)に費やしていた資金を(むし)り取ったので、問題無いようだ。

 ――第二王子殿下がこれ以上増えたら、なんとするっ?! と、大喝(だいかつ)した神官長に、誰も何も言えなかったとか。


 ……いや、神官長、うちの弟は、分裂も増殖もしませんから。

 一応、うちの弟は、貴方と同じ種族人類の性別男です。


 ゼノンは、現実から目をそらす為に、とりあえずアヴギをモフってみた。

 白銀の被毛は触り心地が良く、(いや)し効果は抜群だ。

 ただ、触り心地の点では、アヴギより、ふわもこワンコのシルキーと、どデカワンコのスカーが勝る。

 けれど、シルキーについては、『シルキーちゃんをもふり隊』が鬱陶(うっとう)しいし、スカーは身体が大き過ぎて邪魔になるので、やっぱりアヴギが一番だとゼノンは思う。


 弟よ、グッジョブ。

 軍事以外はお笑いとるしか能が無いとか思っていて、ごめんね。


 気持ちを切り替え、ゼノンは隣国についての報告書を、保留の案件の箱に入れた。

 弟のポンコツは、謎の波及効果が意外に(すご)いので、しばらく様子を見ることにしたのだ。

 シスコンを(こじ)らせた妹のご乱心疑惑も、弟の存在により、一瞬で鎮火した実績がある。


 ……しかしながら、ワンコ拾って国が(ほろ)ぶとか、喜劇作家でもネタにしなさそうだ。


 よし、と、ゼノンは気合を入れて、貧民街関連の書類を引き寄せた。


 弟よ、妹よ、お兄ちゃんは頑張るからね。

 ――待っていて、私の夜の女神、今日は独りで眠らせないからっ!!!!


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