閑話 王太子、諭す
*長兄視点
気絶した妹を持ち上げている弟の前で、弟が拾ってきた奇形ワンコ集団が、耳や尾をへにょんと伏せて、項垂れていた。
専門分野以外では、笑うしかない程鈍くなる弟とは違い、ワンコ達は賢いらしく、妹が気絶したのは自分達のせいだと、きちんと理解しているらしい。
また、傷跡が目立つどデカワンコは、心配そうに、その大きな舌で妹の顔を舐めている。
気遣いは分かったが、――もう、止めてあげて。
ワンコ集団にモフられた挙句に失神した妹は、既にどデカワンコの涎でべとべとだ。
妹の見た目は、何とも笑え――可哀想な状態になってしまっている。
後、弟よ、妹の抱え方が惜しい。
両脇の下で持ち上げるとか、ぬいぐるみではないのだから。
途方に暮れた様子の弟が、ゼノンの方を見る。
「……兄上、もう少しシャルロッティを鍛えるべきだろうか?」
弟の思考回路は、安定の脳筋仕様であった。
「ラザロス? その前に、君が連れてきた子達に力加減を教えるのが、先だろう」
ゼノンは優しい声で弟を諭しながら、節くれ立ち、ぶ厚い皮膚に覆われた手から妹を奪い取った。
……流石に、可愛い妹が弟の様になるのは、ゼノンも面白くな――将来が大変心配である。
そっちじゃないと、弟にガツンと言ってやりたいが、それもし辛いのが、ゼノンには悩ましい。
ゼノンは、弟に対して負い目がある。
愚かだった母親だけではなく、ゼノン自身が原因の。
よく妹がぷりぷり怒りながら、弟を脳筋扱いしているが、弟は初めからそうであった訳ではない。
現に、弟は専門である軍事関連の物事であれば、きちんと筋道立てて思考することが出来る。
――周囲の人間が、弟からそれ以外の可能性も道も、剥ぎ取った結果が今の状態なのだ。
国王の長子のゼノンは、しかし、己の意思に関わらず変態を招き寄せる難儀な体質のせいで、政治はともかく、軍部の掌握が危ぶまれていた。
何しろ、トップの元帥(還暦越の、老人?)からして、野に放てば戦乱を自ら起しかねないと、老大公に判断される程の戦闘狂だ。
その下にいる者達も、類が友を呼んだのか、地位に胡坐をかいて指示を出すだけの輩に従うぐらいなら、容赦なく地位を放り出す人種が多かった。
だが、廊下を歩くだけで、血迷った人間達に誘拐されそうになったり、暗殺されかけたりするゼノンが、最低限彼等が納得する程の技量を得られる程、鍛練できる筈もない。
迂闊に隠し通路の無い訓練場に出て、四方八方から押し寄せられれば、如何な最精鋭の近衛と言えど、ゼノンを逃がしきれるか不明であった。
そうして、白羽の矢が立ったのが、ゼノンの二歳下の弟だ。
一応、それ以前から元帥に後継者を育てさせる試みが為されていたようだが、彼が教育者としては最低だったせいで、上手くいかなかったという。
それ故、若手を鍛えるのではなく、後継者候補へ、幼少時から刷り込みを行う方針に変更したそうな。
弟は、五歳から元帥預りとなり、絶壁を素手で登ったのだの、雪山に放り込まれただの、明らかに何かがおかしい鍛練を経て、軍事関連以外はポンコツな人間に成長してしまった。
この件については、父王や老大公の、自分と弟に対する最大限の恩情であったと、ゼノンは考えている。
王太子であるゼノンも、気付いてはいただろう母の不義の証である弟も、どちらも守るには、弟を政には関われない――軍事に特化したゼノンの駒に仕立て上げるのが、最善と思われたのだろう。
確かに、弟が軍事に目を光らせていてくれるお陰で、ゼノンは大変助かっている。
助かって、いるのだが――
ゼノンは、ワンコ達に向かって、にっこりと笑顔を浮かべた。
「いいかい、君達。
――我が弟は、戦士として、指揮官としてぐらいしか取り柄のない戦闘狂が、直々に鍛えたんだよ。
弟に比べると、大概の人間はか弱くなるから、力加減を弟基準にしては、いけないよ」
ゼノンの言葉に、ワンコ達は一斉に吠えることで答えた。
神の犬の末は、賢い上に、仲が良いようで何よりである。
――これなら、少しモフらせて貰っても、問題無いかもしれない、と、ゼノンは顎に手を添える。
何せ、勝手に寄ってくる変態共に毛皮にされたり、剥製にされたりで、ゼノンは迂闊に動物と触れ合えないのだ。
ゼノンがひと撫でしただけで、可愛いにゃんこが翌日毛皮になっていたりすると、とても悲しいし、精神衛生的にも非常に悪い。
だが、鉄製の鎖を噛み切り、同族同士の結束も固いだろう、神の犬の末裔達なら、変態共にそうそう害されることはあるまい。
それに、弟に懐く貴重なワンコを苛めれば、自動的に騎士団長を敵に回すことになる。
何だかんだで、曲者が多い軍部を掌握している弟だ。
綺麗ごとを抜きにして言えば、暴力というのは、抑止力として有効なのである。
ゼノンとしては、蒼銀の輝きを帯びたどデカワンコも捨てがたいが、一番モフりがいがありそうなのは、もこもこの被毛のワンコだ。
たまの癒しに、弟から借りられないかと、ゼノンは思案した。




