次期大公、モフモフ被害に遭う
シャルロッティは、王家の鬼子と呼ばれる存在だ。
母親の胎内にいる時からの記憶があることも、一度見聞きしたものは絶対に忘れないことも、他者の行動がある程度読めることも、彼女の特異性を定義付ける要因になっている。
ただ、シャルロッティは自分が鬼子だからと言って、己が全能だと自惚れることはなかった。
それは何より、次兄の存在が大きい。
彼の存在が無ければ、シャルロッティもまた、隣国の王族達の様に、おかしな勘違いを拗らせていたかもしれない。
口には出さないが、そこは、感謝している。
――その辺り、は。
◆◆◆
シャルロッティは、呆れと諦観が入り混じる目で、帰還した次兄の顔を見上げた。
どや顔だった。
もう一度言おう。
……どや顔、だった。
「どうだ、シャルロッティ、可愛いだろう」
城下町のちびっ子達並みに瞳を輝かせ、次兄は珍しくにこにことしていた。
長年の悲願が叶い、有頂天になっているらしい。
「……可愛い、かもしれないですね、見慣れれば」
シャルロッティは、ビミョウな表情で目の前のワンコ集団を見ながら、次兄に相槌を打った。
シャルロッティの前でお座りしているのは、実に個性豊かなワンコ達。
灰色に薄汚れた被毛と紫色の瞳という共通点があるものの、個体差が大きすぎて、同一の品種であることが、信じられないくらいである。
一番目を惹いたのは、次兄よりも大きな体躯の、顔に無残な傷跡がある個体だ。
恐らく、これがスカーと名付けたワンコなのだろう。
薄汚れていても、蒼銀の煌めきが確認できる被毛は、次兄の愛馬――神の馬の先祖返りのものと、印象が被る。
成程、これなら、神の犬の原種に近いとの次兄の言葉も、納得だ。
だが、……身体の大きさも、私信に書いておけ、と、シャルロッティは脳内で次兄に突っ込んだ。
大きさは、かなり重要だと思うのだ。
食費と住処的に。
――団長なんです、大目に見てやって下さい、と、報告書に震える字で書いた部下に、次兄は感謝すればいいと思う。
シャルロッティは、スカーから他のワンコ達に目を移した。
他は、毛玉、一つ目、三つ脚、目無し、縮れ耳、二つ尾、ベロ出し、チビ、六つ指と言ったか。
何年も毛を刈り忘れた羊の如く、もこもこの毛玉の様な状態になった個体。
本来あるべき双眸の代わりに、眉間の部分に、一つきりの瞳があるだけの個体。
前脚が、一本欠けている個体。
眼球という器官が、そもそも存在していない個体。
ぴんと尖った耳を有する他の獣達とは異なり、耳が縮れている個体。
尾が、二つある個体。
下顎が未発達な割に、舌が長く、常に舌を出している個体。
仔犬の様な大きさの個体。
よく見ると、五本あるはずの指が、六本存在している個体。
――次兄よ、本当に、そのまますぎるでしょう……。
次兄の安定のポンコツ具合に、シャルロッティは突っ込むのが疲れてきた。
昔から、次兄はやることなすこと、シャルロッティの予測をヘンな方向に覆してきたが、今回はその最たるものだ。
一体どうして、迷惑男を強制送還するついでに、超個性的なワンコ集団を拾ってくるのだろうか?
「ラザロス兄上、この子達を何処で飼うつもりですか?
今の大きさなら、兄上のお部屋で何とかなりますが、皆がスカーと同じ大きさになってしまうと、狭くなってしまいますよ」
シャルロッティの質問に、次兄は瞳を瞬かせると、しょうがないな、という感じの笑みを浮かべた。
脳筋にそんな表情をされると、何だか、非常にイラっとくるのだが。
「一つ目以外は、皆、成犬だぞ、シャルロッティ。
骨格で判断できるものなのだが、まだまだ、観察が足りないな」
そこで判断できるのは、脳筋ぐらいだ、というツッコミの前に、シャルロッティの脳裏に浮かんだ言葉があった。
ふ
び
ん
シャルロッティの視界の端で、腹を抱えていた長兄が、両手で顔を覆ったのが見えた。
――次兄が、拾ってきたワンコにゃんこの前で、しょんぼりしている様は、シャルロッティも飽きるくらいには目撃済みだ。
次兄の下ではそのうちショック死しそうな、ワンコにゃんこの飼い主探しに、シャルロッティはどれ程協力したことやら。
大概の動物に無意味に怯えられる、次兄の体質は、王城の人間はよく知っている。
脳筋被害の報復がてら、次兄の目の前でモフモフとわざと戯れた者は、数知れず。
いい加減、次兄も、動物はアストゥラビだけで我慢すればいいのにと、シャルロッティは思っていた。
――まさか、骨格で成犬と仔犬を判別できるほど、ワンコを観察していたり、普通は躊躇するだろう見た目のワンコ達を拾ってきたりするほど、次兄がモフモフに飢えていたとは……。
機嫌の良い次兄から、シャルロッティはそっと目を逸らす。
次兄に対する、一番安全な報復だからと言って、彼のモフモフへの欲求を煽りまくっていた過去を、シャルロッティは少しだけ反省した。
無論、脳筋へ報復したこと自体は、全く後悔していないが。
「シャルロッティも触ってみるか?」
次兄の提案に、シャルロッティは、優しさ十割で頷いた。
次兄の、念願のマイワンコを自慢したい気持ちを、妹として尊重してやったのである。
ワンコ達の薄汚れた被毛に、前もって洗えば良かったのにと、思わなくもなかったが、飼い主が次兄なのだ、そこまで望んでも仕方があるまい。
とりあえず、シャルロッティは、パッと見て、一番モフりがいがありそうな、毛玉(仮)を撫でることにした。
シャルロッティが薄汚れた被毛に触れると、意外な触り心地の良さに驚いた。
触れた被毛は、薄汚れていても滑らかで、尚且つふわふわだったのだ。
毛玉(仮)のもこもこの被毛を眺め、刈り込んだら、お義姉様用の膝掛けの材料になるだろうかと、シャルロッティは、飼い主を怒らせそうな感想を抱く。
毛玉(仮)の被毛は、思いの他中毒性がある触り心地で、シャルロッティは、いつの間にか無心で毛玉(仮)をモフっていた。
と、自分も撫でてくれとばかりに、他のワンコ達も、シャルロッティの元へ集まってくる。
「ん? ――ぐぅっ?!」
むぎゅむぎゅと、妹と触れ合うマイワンコ達を、次兄は微笑ましく見守っていたが、シャルロッティはワンコ達と戯れるどころではなかった。
――骨が、……内臓が……っ!!!
四方からワンコ達に達に押し潰され、シャルロッティは本気で命の危機を感じていた。
どうやら、ワンコ達は、次兄が喜んだ行動を、シャルロッティにも適用したらしい。
これがただの仔犬であったら、可愛いね、で済んでいたが、相手は神の犬の末、それも対脳筋仕様の力加減である。
……か弱い妹には、無理仕様だった。
――次期大公、ワンコ集団にモフられ、圧死。
酸欠気味のシャルロッティの頭が、間抜けにも程がある未来予想図を捻り出す。
「む?」
「――ちょ、ラザロス、シャルロッティの顔が、真っ青に――」
異変を感じた次兄によって、シャルロッティはワンコ集団のモフりから救助されたが、脳筋に文句を言う前に、彼女の視界は暗転した。




