第二王子の私信の行間、或いは、某騎士による報告書より おわり
ラザロスが、尾を振るスカーを撫でていると、彼の脚に、もふっという感触がした。
見れば、真冬の羊に負けないくらい、もこもこの被毛の個体が、ラザロスに身を寄せていたのである。
とうとう根負けしたらしいアストゥラビをよそに、奇形の獣達が、ラザロスの周りに集まって来た。
じーっと、ラザロスを見上げてくる獣達は、何かを訴えかけてくるようでもあった。
「うむ、お前達も名前が欲しいのか?」
ラザロスの問いに、一斉に尾を振るワンコ集団。
ワンコ達の反応に気を良くし、ラザロスは、顎に手をやり、沈思する。
こんなに沢山のモフモフに名前を付けられるなんて、今まで無かったのだ。
期待に目を輝かせるワンコ達と、うきうきと名前を考える乗り手へ、アストゥラビは、どうせこいつの事だから、と言わんばかりの目を向けた。
良し、これでいこう。
心の底から、それでよいと思った名前を、ラザロスは口にする。
「決めたのだ。
お前達は、毛玉、一つ目、三つ脚、目無し、縮れ耳、二つ尾、ベロ出し、チビ、六つ指だ」
――え。
約一頭を除く、ワンコ達の尾や耳が、中途半端な角度で停止した。
何というか、安直過ぎて、一周回って斬新かもしれない名前に、どう反応したらいいのか判断しかねたらしい。
何度も言うが、ラザロスは、専門とする軍事関連の分野以外では、喜劇的にポンコツな人種である。
「うむ、気に入ったようで良かったぞ、毛玉」
冬でもないのに、木枯らしでも吹いている様なワンコ集団の中で、一頭だけ喜色も露わに尻尾を振り回すモコモコワンコを、ラザロスは満足気にモフる。
……良いんだ、毛玉で……。
と言うか、それで良いのか、毛玉……。
ワンコ達に、スカーより一段下の名前を付けてしまった上官と、大喜びの毛玉に、部下達は、生暖かい視線を向けた。
満足気な上官とワンコに、彼等がかけられる言葉は無い。
確かにモコモコワンコは、犬と言うより、毛玉に四肢と耳と鼻と尾をくっつけた様な外見であるが、名前が毛玉とか。
仮にも王族が付ける名前が、それで良いのだろうか……。
――末姫様、ここはくれぐれも、宜しくお願い致します。
部下達は、確実に上官に突っ込みを入れてくれるだろう、彼の妹姫に、心の中で丸投げした。
上官の父親である国王は忙しく、かなり下らない息子の所業に一々嘴を挟むことは無いし、兄である王太子は、面白がって煽ってくるので、逆に頼れない。
また、異国から嫁した王太子妃は、残念ながら、義弟のポンコツっぷりを優しく見守る方針である。
まあ、頼みの王家の末姫も、鬼子とも呼ばれる程の聡明さの割に、次兄のポンコツが移っている部分があるのだが。
――そんなこんなで、現王家のツッコミ要員は、深刻な人手不足であった。
ラザロスは、気が済むまで毛玉をモフり倒すと、立ち上がって、伸びをした。
「そろそろ、帰るとするか」
優秀な部下達のお陰で、ラザロスがワンコ達と戯れている間に、帰還の準備は万端となっていた。
傍迷惑な女神の末裔が眠ったままで、いつまで経っても馬車から出てこないが、彼を乗せている馬車は、丸ごと置いて行くので問題は無い。
隣国の留学生は超強行軍で送り返されるわ、出迎えの神官はアストゥラビに蹴られて気絶するわで、通常なら国際問題に発展しそうな案件であったが、ラザロスは、特に気にしていなかった。
ラザロスがするべきことは、女神の末裔に誑かされた、国内の貴族に邪魔されずに、留学生を隣国まで送り届けることであり、国際問題云々に関しては、彼の兄や妹の管轄である。
ラザロスは、兄妹の能力を理解しており、信頼もしていた。
――実際、万が一、隣国がラザロスを訴えようとしても、留学生の従者による、王位継承者の襲撃を筆頭に、やり込めるネタは事欠かない。
ラザロスがアストゥラビに跨ると、ワンコ達もまた、立ち上がった。
「行け」
短いラザロスの号令と共に、部下達の乗騎とワンコ達が走り出す。
一際矮躯で、脚の寸法の関係上、仲間と同じ速度で走れないらしいチビは、仲が良いらしい六つ指に咥えられ、運ばれていく。
部下達が最高速度に達したのを、確認したラザロスは、愛馬の脇腹を軽く蹴った。
天馬の先祖返りは、その巨体に見合わぬ軽やかさで、近くの城壁を駆け上がる。
彼を追うようにして、傷跡の獣が跳躍を繰り返し、城壁の上の通路に降り立つ。
近場で最も高い場所から、ラザロスは追手となり得る人間を探したが、残された者達は、誰も彼もが、狼狽えるばかり。
骨の髄まで、軍人として完成してしまっているラザロスは、訓練も気概も足りないと、鼻を鳴らす。
これだから、停滞した平穏の中で、耳も目も塞いだまま、腐った連中は。
隣国の人間の無様に、ラザロスは、ああはさせまいと、脳内で部下達の訓練内容を要らなく追加する。
後に部下達が、自らに降りかかった理不尽に涙するのだが、ラザロスにとっては、純粋に優しさからの行為であった。
再び、ラザロスがアストゥラビの脇腹を蹴ると、彼の乗騎は、城壁の上から飛び降りた。
着地の衝撃、そして、加速。
追ってくるスカーを振り切る様に、速度を上げるアストゥラビに跨りながら、ラザロスは、家族に手紙を書かねば、と、思い立つ。
何しろ、モフモフが十頭も増えるのだ。
如何に王城が広いとは言え、飼育には準備が必要であろうから、早めに伝えなければ。
原種に近い神の犬達を、自分に懐くモフモフとしか認識していない、ラザロスの思考は、至って暢気なものであった。




