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《ガシャを引こう》1

 バトル開始前の転送空間。世界のどことも断言できない場所。

 エドは自身が持つエンボディたちと一糸まとわぬ姿で対等に在った。


「イヴ、別に緊張する必要はないからな。負けてもロストするわけじゃない」

「え。あっ、あの……ま、マスター。本当にあ、あたし、ですか……?」


 だが、そんな状況下においてもイヴリンは己を覆い隠すように抱いている。


「当然。言ったろ、負けるつもりないって」

「そ、それならっ、あたしなんかす、捨てて……他のひとを買った、ほうが……」

「スキルとかならともかく、エンボディの売買はしない。嫌いなんだ、俺」

「で、でもあたし……ま、負けたことしか……役立たずの、くずカード……です、から」


 どこまで行っても平行線だった。

 だから言葉より行動の意思表示が必要と悟り、エドは彼女を傍に抱き寄せる。


「きゃっ」

「なら俺がきみを頼りになって、皆が欲しがるようなカードにして見せる。それでいいか?」

「!」


 歯が浮くような台詞を真正面から受けて、顔を赤くしながらうつむくイヴリン。

 やり取りを見守っていたアルマもマスターの宣言につい、言葉を挟んだ。


「ふふ。エド様、わたしもそれを期待してもよろしいのでしょうか」

「もちろん。じゃあ呼ぶぞ、イヴ。きみの名前を」


 言えばか細い頷きだけが返り、エドは胸元の輝きへと手を伸ばす。


「来い――《()()()()()()》ッ!」

「ん、んっ……」


 そうして、バトルは始まった。


 *


 ……確かにバトルは始まった――のだが、結果は想像の遥か上をいくものであった。

 重苦しい雰囲気がアンドロシスの一角に流れ、エドとアリスタは慎重に言葉を選ぶ。


「……困ったな」

「そんなに、ですの?」

「お前だって何回も見てただろ」

「それは、まぁ……そうなのですけれど」


 普段は我が道を征くお嬢様のアリスタすら言い淀む理由は、一つしかない。

 つい先ほどまで何度も繰り返し行われたバトル。


 それを一言で表現するのならば、どれも〝瞬殺〟だったからだ。

 しかし《イーヴェルガ》のAP:300 DP:150という数字が原因というわけでも、エドの操縦技術がアリスタより劣っていたというわけでもない。


 というより、それ以前の問題だろう。


 《イーヴェルガ》の操縦桿やペダルには、ジホとのバトルにおいてアルマの反応だけが遅れた時以上の荷重が()()()()()()()()()()と、乗って初めて発覚したのである。


 つまりは、まともに機体が動かないのでどうにもならなかったという話だ。

 最終的にイヴリンが自分の情けなさに泣き始めてしまい、バトル終了となった。


「緊張しているから、ではありませんのよね?」

「あぁ。最初は俺もそう思ったけど、こう続くと違うんだろうな。たぶん〝どうせ上手くいかない〟とか〝やっても無駄だ〟みたいな一種の金縛りなんだと思う」

「恐怖が遺伝子に刻まれていくように。カードに情報が保存され続けた結果、と……」


 アリスタの言葉にエドが頷く。


「負け癖がつきすぎて、負の連鎖から抜け出せなくなってるんだ。AD値の低さで負けやすいから使われなくなって、だから経験が足りなくなっていって。気まぐれで使われてもやっぱり勝てなくて。だから……墓地の時みたいな、理不尽だけがカードに蓄積されていく」

「ならどうしますの?」

「……勝たせてあげたいけど、ロストなしであれじゃな。もっと他のところで〝成功体験〟を積んでいくしか改善方法がない……と思う」

「だとしてもカードの使用期限――二年という時間は、あまりに短いですわね」


 彼女の懸念はもっともだった。


 カードとマスターが共に生きられる期間は、最大で七百三十日。

 それが過ぎれば、どんなに絆を深めた相棒も姿形が似ているだけの誰か。


 故に長いようで短いその限られた日々の中で、エドがイヴリンに宣言した〝誰もが欲しがるようなカードにする〟ことの実現は、傍からすれば大言壮語の夢でしかなかった。


「暗いっ! 暗いですよ、マスターっ! エドルドさんも!」


 そんな時。元気よく話しかけてきたのは、首輪をしたピンク髪で少しの背の低い少女。


桜妖蓮花(おうようれんか)】――マルチカ。アリスタのエンボディカードの一枚だ。


 彼女は身の丈に合わない空想科学ちっくなジャケットを羽織り、市街地でフードを被る姿がよく似合う大人びた表情を作ったまま、はきはきと続ける。


「何事も笑顔からです! 少なくともマルチカさんはそう思いますよ?」

「ですわね」

「それはそうなんだがさぁ……」


 発言のわりにひどく無表情なマルチカを見て、エドはつい言ってしまう。


「にしたって言ってる本人の表情が全く変わらないのは、どうかと思うが……」

「しょーがないですね! マルチカさん表情筋しんでますから!」

「元気よく言うことじゃないんだが……まぁ、ならしょうがない、のか?」

「はい! しょうがないんですっ!」


 少なくともカードとしてそういう設定なのだろう、と。エドも納得するしかなかった。


「ところでイヴの様子はどうだ?」

「ダメダメですね!」


 バトルの後。すっかり落ち込んだ彼女をアルマとマルチカが、ショップ内のショーケースを見て回るなどして慰めていたのである。


 しかしどうやら成果はなかったらしいことに、エドは少し落胆した。


「そうか。でもとりあえず一回、呼んできてもらえるか? やらなきゃいけないことがある」

「……やらなければいけないこと? いったい、それはなんですの?」

「何言ってんだ、アリスタ。そんなの、ガシャに決まってるだろっっ!」


 言葉の代わりに呆れ交じりの深いため息だけが返ってくる。

 エドは気にしなかった。というより、全く耳に入っていなかった。

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