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トマト

 翌日。教会の朝は、勇者見習いの怒号から始まった。


「貴様! 何をしている!」


 カレンだ。彼女は約束通り、早朝から教会の裏庭に現れ、茂みの中から飛び出してきた。


 俺はクワを片手に、振り返る。


「……何って、畑を耕しているんだが」


「嘘をつけ! 貴様が放った魔力で、大地が悲鳴を上げているのが聞こえたぞ!」


 人聞きの悪い。


 確かに俺は、クワで耕すのが面倒だったので、土魔法で一気に土壌改良を行ったところだ。


「――《大地よ、深淵より湧き上がり、豊穣の苗床となれ(アース・カルチベイト)》」


 俺が唱えたのは、土中の栄養素を活性化させ、土を柔らかく掘り返す農耕魔法だ。


 だが、俺の魔力特性のせいで、視覚効果が最悪だった。


 ズゴゴゴゴゴゴ……!!


 地面が赤黒い光と共に裂け、まるで地獄の門が開くかのように土砂が噴き上がり、うごめく泥がゾンビのように這い回ってうねを作ったのだ。


 どう見ても「アンデッド軍団の召喚儀式」にしか見えなかっただろう。


「この邪悪な気配……! 土の下から死者を蘇らせ、兵隊にする気だな!」


「野菜を育てるんだ。食費を浮かせないといけないからな」


「野菜だと? 笑わせるな! 貴様の魔力で育つ野菜など、人の精気を吸うマンドラゴラに決まっている!」


 カレンが剣を構える。


 やれやれ、と思いながら、俺はポケットから「即効性の種」を取り出した。宮廷の研究室から拝借してきた、魔力で数分で育つ実験用の種だ。


「論より証拠だ。見ていろ」


 俺は種をまき、水属性と木属性の複合魔法をかける。


「――《命の芽吹きよ、天を衝く巨木のごとく成長せよ(クイック・グロウ)》」


 バキバキバキッ!!  ドロロロロ……!


 種が爆発的に発芽した。  黒紫色の茨のようなツルが、触手のようにのた打ち回りながら急成長し、瞬く間に立派なトマトやキュウリの実をつけた。


 ……うん、見た目は完全に「魔界の触手植物」だ。


「ひぃッ!? しょ、植物が襲ってくるぞー!」


「アリス姉ちゃん助けてー!」


 窓から見ていた子供たちが泣き叫ぶ。


 カレンも顔を青くして後ずさった。


「み、見ろ! 本性を現したな! あれは人間を捕食して養分にする魔界樹だ!」


「トマトだ」


 俺は黒いツルから、真っ赤に熟れたトマトをもぎ取った。


 そして、それをカレンに向かって放り投げる。


「うわっ!? ……爆弾か!?」


 カレンは慌ててトマトを受け止めるが、爆発はしない。


 彼女はおそるおそるトマトの匂いを嗅ぎ……そして、俺を疑わしげに睨みながら、一口かじった。


「…………っ!」


 本日二度目の衝撃顔。


「あ、甘い……! なにこれ、フルーツみたい……!」


「魔力をたっぷり吸わせたからな。栄養価も高いぞ」


 俺が次々と野菜を収穫し、カゴに入れていく。


 カレンは食べかけのトマトを持ったまま、悔しそうに、けれど目は輝かせながら俺を指差した。


「くっ……! 悪党のくせに、いい土を使っているじゃないか……! 農業への冒涜だぞ!」


「褒めているのか貶しているのかどっちだ」


 結局、その日の昼食には、採れたて野菜のサラダが並んだ。


 「監視」という名目で食卓に座ったカレンが、ドレッシングのかかったサラダを三回おかわりしたことは言うまでもない。

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