カレン懐柔
「勇者……見習い?」
俺はエプロン姿のまま、突然の侵入者を見やった。
燃えるような赤い髪に、意志の強そうな瞳。年齢は10代後半くらいか。いかにも「物語の主人公」といった風体だが、その剣を持つ手はわずかに震えている。
「とぼけるな! 街で噂を聞いたぞ! 『黒き処刑人』が子供たちを集め、怪しい儀式を行っていると!」
カレンと名乗った少女は、食事中の子供たちを見て目を見開いた。
「なっ……! まさか、その赤黒いソースのかかった肉塊は……!」
彼女の視線が、ハンバーグ(デミグラスソースがけ)に釘付けになる。
「まさか、犠牲になった子供たちの……!?」
「ただの牛と豚の合い挽き肉だ」
俺は即座に否定した。思考回路が飛躍しすぎている。
「ええい、問答無用! 子供たちよ、安心しろ! 今すぐその悪魔を討ち滅ぼしてやるからな!」
カレンが雄叫びを上げて突っ込んでくる。
速い。だが、直線的すぎる。
(やれやれ、床を張り替えたばかりなのに)
俺はため息をつきながら、彼女の剣筋を見切った。
宮廷魔術師団長時代、暗殺者なんて掃いて捨てるほど相手にしてきた。新米勇者の剣など、止まって見える。
俺は一歩も動かず、指先だけで魔法を発動する。
「――《拘束」
カレンの足元から植物の蔦が伸び上がり、彼女の手足を優しく、しかし強固に絡め取った。
「きゃっ!? な、なんだこれ! 卑怯だぞ魔術師!」
「室内で暴れるのは感心しないな。埃が立つ」
俺は宙吊りになった勇者見習いに近づいた。
「くっ……殺せ! 辱めるつもりだな! 女騎士のように!」
「誰が女騎士だ。いいから落ち着け。君も腹が減っているんだろう?」
「は? ……ぐぅぅぅ~」
カレンの腹の虫が、盛大に鳴り響いた。
剣の腕は未熟だが、腹の虫の音量は一人前らしい。彼女の顔が茹でダコのように赤くなる。
「……ちょうど一人分余っている。食べるか?」
「だ、騙されんぞ! それは人肉……!」
「牛と豚だと言っている」
俺は拘束を解き、カレンを椅子に座らせた。そして、余っていた特大ハンバーグを目の前に置く。
「毒見はアリスたちが済ませている。……食わないなら捨てるが」
香ばしい匂いが、カレンの鼻腔を直撃する。
彼女はゴクリと喉を鳴らし、チラリと俺を見て、またハンバーグを見て、葛藤し、そして本能に負けた。
「……く、悔しいけど……いい匂い……」
カレンは震える手でフォークを刺し、口に運んだ。
「んんっ!?」
カレンの目が輝いた。
「お、美味しい……! なにこれ、肉汁が……あふれ出て……!」
猛烈な勢いで食べ始める勇者見習い。
その様子を見て、アリスが俺の袖を引いた。
「アデル様、あのお姉ちゃんもウチの子になるの?」
「いや、たぶん違うと思うが……」
完食したカレンは、満足げに息を吐き、ハッと我に返って俺を睨んだ。
「……か、勘違いするなよ! 餌付けされたわけじゃないぞ!」
「はいはい」
「だが……まあ、料理の腕だけは認めてやる。今日のところは見逃してやるが、監視は続けさせてもらうからな!」
そう捨て台詞を吐いて、カレンは去っていこうとした。
が、出口で立ち止まり、モジモジと振り返る。
「……あの、明日も……ご飯、作ってるのか?」
どうやら、胃袋を掴んでしまったらしい。 俺の「孤児院運営」に、また一つ厄介な、そして大食らいな問題児が増えた瞬間だった。
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