お掃除
お腹がいっぱいになった子供たちは、食後の眠気に襲われているようだった。
だが、まだ休息には早い。これからの生活のためには、まずこの廃墟寸前の教会を居住可能なレベルまで修復しなければならないからだ。
「よし。……掃除をするか」
俺が袖をまくりながら立ち上がると、うとうとしていた子供たちがビクリと跳ね起きた。
「ひっ! 掃除!? 『掃除』って、僕らを……消すって意味じゃ……!」
「証拠隠滅だ……!」
また物騒な勘違いをしている。俺はただ、埃っぽい床や蜘蛛の巣だらけの天井を綺麗にしたいだけなのに。
「アリス、少し離れていてくれ。埃が舞うからな」
「うん、わかった。アデル様、頑張って!」
アリスだけが純粋に応援してくれている。癒やしだ。
俺は教会の中央に立ち、杖(に見えるがただの枯れ木を拾ったもの)を掲げた。
使うのは生活魔法の基本、浄化。
範囲内の汚れを魔力で分解し、消滅させる便利な魔法だ。宮廷魔術師団長ともなれば、建物丸ごと一度で綺麗にできる。
「――《風よ、塵芥を彼方へ運び去れ(ハイ・クリーン)》」
俺のイメージは、爽やかな春風が教会内を吹き抜け、汚れをさらっていく光景だった。
だが、俺の魔力特性がそれを許さない。
ゴオオオオオオオッ……!
俺の足元から、コールタールのように粘着質な『黒い霧』が噴き出した。
それは唸りを上げて渦を巻き、まるで生き物のように床を這いずり回り、壁を駆け上がっていく。
「ぎゃあああああ! 影だ! 影が食ってるううう!」
「教会が! 教会が飲み込まれるううう!」
子供たちの絶叫が響く。
確かに見た目は「全てを腐食させる死の瘴気」に見える。黒い霧が蜘蛛の巣に絡みつき、ジュワッという音と共に消滅させていく様は、どう見ても捕食シーンだ。
(……音が少し大きいな。手加減するか)
数秒後。
黒い霧が天井の染みまで残さず食らい尽くして消滅すると、そこには新築同様にピカピカになった教会が現れた。
「……え?」
腰を抜かしていた少年の一人が、恐る恐る床を撫でる。
腐りかけていた床板はワックスをかけたように輝き、カビ臭かった空気は無臭というか滅菌されたような清潔な匂いに変わっていた。
「す、すげぇ……あのドロドロ、汚れだけ消したのか……?」
「魔法ですらないぞ……あれは、汚れを『捕食』する使い魔だ……」
「やっぱり魔王軍の幹部なんだ……」
評価は散々だが、住環境は改善された。 続いて俺は、雨漏りのする屋根を見上げた。
「次は修繕だな」
俺は土魔法と木属性魔法の複合術式を編む。
朽ちた木材を強化し、瓦を生成して穴を塞ぐ。
「――《大地の守りよ、堅牢なる盾となれ(リペア・フォートレス)》」
ズズズ、ズズズズ……。
教会の壁や柱に、どす黒い血管のような魔力の筋が走り、メリメリと音を立てて建材が変形・結合していく。
「生きてる! 家が生きてるよこれ!」
「内臓の中にいるみたいだあああ!」
阿鼻叫喚の中、数分後には鉄壁の強度を誇る要塞という名の教会が完成した。
これなら台風が来ても、ドラゴンが体当たりしてきても崩れないだろう。
「ふう。これで夜も安心して眠れるな」
俺が額の汗を拭うと、子供たちは震えながら、けれど少しだけ尊敬の混じった眼差しと8割の恐怖で俺を見ていた。
「……なぁ、魔王のおっちゃん」
「アデルだ」
「この家、夜になったら俺たちを消化したりしないよな?」
「しない。……たぶんな」
「たぶんって言ったぞ今!!」
冗談のつもりだったのだが、誰も笑ってくれなかった。
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