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盲目の少女

「……治る、の?」


 少女――アリスは、信じられないというように俺の方へ顔を向けた。


 その瞳は白く濁り、光を失っている。本来ならば高度な神聖魔法でなければ治療は不可能だ。この辺境の教会に、そんな高位の術者がいるはずもない。


 だが、俺にはできる。


 俺は宮廷魔術師団長だった男だ。攻撃魔法よりも、実は生活魔法や治癒魔法の方が得意だなんて、あの臆病な国王には死んでも言えなかったが。


「ああ、治るとも。少しじっとしていてくれ」


 俺はアリスの目の前に手をかざした。


 意識を集中し、魔力を練り上げる。狙うのは視神経の再生と、水晶体の浄化。


「――《聖なる光よ、迷える瞳に導きを(ホーリー・ライト・リカバリー)》」


 俺は極力、優しく詠唱したつもりだった。


 しかし、俺の魔力は生まれつき「色がどす黒い」のだ。


 ブォン……ッ!


 俺の手のひらから、闇のように黒く、紫色の稲妻を帯びた禍々しい光が噴き出した。


 傍から見れば、どう見ても呪いをかけているか、魂を引き抜こうとしているようにしか見えないだろう。


「ひっ!? な、なんだあの光!?」


「あいつ、やっぱりあの子を食べる気だ!」


 柱の影から様子を伺っていた子供たちが、悲鳴を上げて震え上がった。


 違うんだ。これは最高級の回復魔法なんだ。色が悪いだけなんだ。


「……っ」


 アリスが小さく息を呑む。だが、彼女は逃げなかった。


 数秒後、俺が手を退けると、黒い光は霧散した。


「……目を開けてごらん」


 俺が声をかけると、アリスは恐る恐る瞼を持ち上げた。


 そこにあったのは、宝石のように透き通った、美しい碧色の瞳だった。


「あ……」


 アリスが瞬きをする。


 差し込む夕日、舞う埃、ボロボロの教会の天井。そして――目の前にいる、俺の顔。


 俺は身構えた。


 見えるようになった瞬間、この凶悪な顔を見て悲鳴を上げられる覚悟はできている。さあ、怖がるがいい。そして俺は傷ついたフリをして、去るのだ。


 しかし。


 アリスは俺の顔をじっと見つめると、花が咲くようにふわりと微笑んだ。


「……やっぱり」


「え?」


「私の思った通りの人だった」


 アリスは俺の大きな両手を、自分の小さな手で包み込んだ。


「優しくて、暖かくて……少しだけ、泣き虫な顔をしている神様」


「……は?」


 俺は呆気にとられた。


 泣き虫? 神様? この俺が? 鏡を見たことがあるのか?


 だが、アリスの瞳に嘘はなかった。彼女には、俺の外見の奥にある「本質」が見えているのか、あるいは単に美的感覚が独特なのか。


「ありがとう、アデル様。……世界は、こんなに綺麗だったのね」


 涙を流して感謝するアリス。


 そのあまりに尊い光景に、俺は言葉を失った。


 一方、遠巻きに見ていた子供たちは、ヒソヒソと話し合っていた。


「おい見ろよ……あの子、笑ってるぞ」


「なんてことだ……洗脳されたんだ……」


「やっぱり魔王だ……心を操る魔王なんだ……!」


 ――誤解は、まだ解けそうにない。


 けれど、アリスが俺の手を握る強さを感じながら、俺は「まあ、これでもいいか」と小さく苦笑したのだった。


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