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カレンの手土産

 食費の問題が解決に向かうと、次は教育の問題が浮上した。


 ここの子供たちは、字が読めない子が多い。将来のために、読み書きと計算くらいは教えてやらねばならない。


 俺は教会の広間を教室代わりにして、即席の授業を始めることにした。


「いいか、みんな。席に着け」


 俺が黒板(木の板を炭で黒く塗ったもの)の前に立つと、子供たちは緊張の面持ちで長机に並んだ。


「これから、お前たちに『力』を授ける」


 俺の言葉に、子供たちがざわめく。


「ち、力だって……」


「やっぱり、僕たちを魔族兵士に改造するんだ……」


「脳みそをいじられるのかな……」


 違う。知識という名の力だ。  俺はチョークを手に取り、黒板に文字を書いた。


 キィィィィィ……ッ!


 俺の筆圧が強すぎるせいか、黒板を引っ掻く音が耳障りに響く。


 さらに、俺の文字は「独特」だと言われる。王宮の同僚からは「呪詛の羅列に見える」「読むだけで気分が滅入る」と評判だった。


「まずは文字の読み書きだ。これが『ア』だ」


 俺が書いた『ア』の文字は、まるで苦悶する亡者の叫びを具現化したような字体になっていた。


「ひぃっ! 文字が……文字が動いて見える!」


「呪いのルーン文字だ!」


 子供たちが涙目で震える。


 そこへ、教室の後ろで腕組みをして監視していたカレンが口を挟んだ。


「待て魔術師! 貴様、子供たちに何の洗脳を施すつもりだ!」


「国語の授業だ。識字率の向上は国の発展に繋がる」


「嘘をつけ! その黒板の文字、どう見ても『禁忌の召喚陣』の一部だろうが!」


「字が汚いのは生まれつきだ。ほっといてくれ」


 俺は咳払いをして、授業を進める。


 アリスが一番前の席で、ニコニコと手を挙げた。


「はい、アデル先生! 私、目が見えるようになったから、たくさんお勉強したい!」


「うむ。いい心がけだ、アリス」


 アリスの純粋な向学心に救われる。


 俺は次に、算数を教えることにした。


「次は計算だ。……いいか、ここにリンゴが5つあるとする」


 俺は掌の上に、幻影魔法でリンゴを5つ出した。


 ゆらゆらと揺れる紫色の炎のようなリンゴだ(幻影魔法が苦手で、色がバグっている)。


「そこから、2つを消し去る」


 俺が指を鳴らすと、2つのリンゴがジュッという音と共に霧散した。


「残った生存者は何人だ?」


「言い方!!」


 カレンがツッコんだ。


「生存者じゃなくて『残り』だろ! なんでバトルロイヤル形式なんだ!」


「すまん、つい軍隊時代の癖が。……答えは?」


 子供たちは怯えながらも、指を折って数える。


「……さ、さんにん……?」


「正解だ。よくやった」


 彼らを褒めるためニヤリと笑うと、子供たちは「ひぃぃ、正解したのに殺されそうな顔だ!」と抱き合った。


 だが。


 数日も経つと、子供たちの吸収力は目を見張るものがあった。


 恐怖による集中力なのか、単に俺の教え方がスパルタなのか、彼らはメキメキと読み書きを覚えていったのだ。


 ある日の夕方。


 カレンが、一人の少年が地面に木の枝で文字を書いているのを見かけた。


「……『カレンおねえちゃんは、よくたべる』……?」


 少年が書いた拙い文章を読んで、カレンは顔を真っ赤にした。


「な、なんてことを書くんだ! 誰だこんなことを教えたのは!」


「魔王のおじちゃんが、『見たことをそのまま書くのが練習になる』って……」


「あいつかぁぁぁ!!」


 カレンは怒って教会に怒鳴り込んできたが、その手には「授業料」代わりの討伐した獲物の肉が握られていた。


「勘違いするなよ! 子供たちが賢くなるのは良いことだからな! 協力してやってるだけだ!」


 そう言って肉を差し出すツンデレ勇者見習いを見て、俺は「また食費が浮いたな」と密かに感謝するのだった。


 孤児院「古き教会」。


 そこには今日も、魔王のような神父と、騒がしい子供たち、そして餌付けされた勇者の声が響いている。

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