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宮廷魔術師、左遷される

「……解雇、ですか?」


 王城の謁見の間。重苦しい空気が漂う中、俺――アデル・スペルヴィアの声が響いた。


 玉座に座る若き新国王は、俺と目が合った瞬間、「ひっ」と小さな悲鳴を上げて青ざめた。


「か、解雇ではない! 左遷だ! 貴様には本日付で、東の最果てにある『古き教会』の管理を命じる!」


「教会の管理……ですか。魔術師団長の職を解いて?」


「そ、そうだ! 貴様がいると、城のメイドたちが『悪魔がいる』と怖がって仕事にならんのだ! 頼むから私の視界に入らないところへ行ってくれ!」


 国王は涙目だった。


 俺はため息をつきたくなるのを堪えて、自分の頬を撫でる。


 ……知っていた。俺の顔が、生まれつき「地獄の底から這い上がってきた処刑人」のように見えることは。


 道端でハンカチを拾ってあげれば悲鳴を上げられ、野良猫に餌をやれば「毒殺しようとしている」と通報される人生だった。


「承知いたしました。……これまでの御恩、感謝いたします」


 俺が少し口角を上げてやり手商人のように微笑むと、護衛の騎士たちが一斉に剣を抜いた。


「き、貴様! 王を呪う気か!?」


「いえ、笑っただけです」


 こうして俺は、厄介払いされるように王都を追い出された。


 だが、彼らは知らない。俺の夢が「引退して静かな田舎で、子供たちに囲まれて暮らすこと」だったということを。


 これは左遷ではない。最高のセカンドライフの始まりだ。



 左遷先の教会は、廃墟寸前だった。


 雨漏りのする屋根、雑草だらけの庭。そして、そこに身を寄せ合って震える数人の子供たち。


「あ……あ……」


 ボロボロの服を着た少年が、俺を見て腰を抜かした。


 無理もない。漆黒のローブを纏った悪人面の巨漢が現れたのだ。「魔王が我らを食らいに来た」と思っても仕方がない。


(まずは安心させないとな)


 俺は極力、顔の筋肉を緩めないように(笑うと怖いから)、静かに膝をついた。そして、ローブの懐から、焼きたてのクッキーを取り出す。


「……食べるか?」


「ひいいいいいッ! 毒だ! 毒入りの供物だあああ!」


 子供たちが蜘蛛の子を散らすように逃げていく。


 やはりダメか。俺が肩を落としていると、教会の奥から、一人の少女が壁伝いに歩いてきた。


「……誰か、いるの?」


 焦点の合わない瞳。ボサボサの銀髪。彼女は目が見えていないようだった。


 逃げ遅れた彼女に、俺は思わず駆け寄る。


「危ない。そこは床が抜けている」


 俺は彼女の手を取り、抱き上げた。


 その瞬間、少女は俺の胸に顔を埋め、くんくんと鼻を鳴らす。


「……すごく、いい匂い」


「え?」


「お日様と、お菓子の匂いがする。……あなたは、新しい神父様?」


 俺の顔が見えない彼女だけが、俺を恐れなかった。


 その小さな手の温もりが、俺の凍っていた心を溶かしていくようだった。


「ああ、そうだ。俺はアデル。……君の目を、治せるかもしれないと言ったら、信じてくれるか?」


 これは、悪人面の魔術師が、その優しすぎる魔法で世界を変えていく、小さな英雄譚の始まりである。

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