10話 意味のない説教
「朋矢、私は怒ってます」
「……はい」
ベッドの上で腕を組むちーちゃんと、ベッドの下で正座をさせられている僕。
そして先生のような話し方、これはちーちゃんの説教モードである。朝早くからちーちゃんの部屋に来たにも関わらず、起こすことなく2時間近く寝顔を見続けたことに説教をしているのだ。
「昨日、私は朋矢に何と言いましたか?」
「明日の朝起こしに来てくれるか聞かれました」
「今は何時ですか?」
「10時半です」
「開いた口が塞がりません」
「ごめんなさい……」
本当に、返す言葉も見つからない。100%僕の失態であり、ちーちゃんが説教してしまうのも無理はない。
ただ1点補足するなら、ちーちゃんが起きたのは10時頃で、頭が覚醒するのに30分ほど掛かっている。ぼんやりと目を搔きながら状況を把握していくちーちゃんも相変わらず可愛かったわけだけど、だからといって僕が2時間近くちーちゃんを起こさなかった事実は変わらない。
僕が仕切りに頭を下げていると、ちーちゃんは大きく溜息をついた。
「……一緒にゲーム、したかったのに」
ちーちゃんが朝早く起きたかった理由、それはおばさんが言っていた内容で合っていた。
ちーちゃんは自分1人でゲームする時間を決めているので、早起きして僕とやる時間を捻出しようとしたのだろう。そう思うと、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「ゴメンねちーちゃん?」
正座をやめて僕はちーちゃんの隣に座る。改めて謝罪の言葉を述べると、ちーちゃんは僕の方を見て言った。
「次から、直せる?」
心の広いちーちゃん、僕にやり直すチャンスを与えてくれている。今回はダメだったけど、次回ちーちゃんを起こすときこそはスムーズに起こし、一緒にゲームをすることができるよう動いてくれるか、それができれば今回の件は不問にされるのだろう。
これはまたとないチャンス。顔を強張らせるちーちゃんに、僕は笑顔を向けた。
「ゴメン、それは無理だと思う」
「ええ!?」
正直な意見を伝えると、ちーちゃんは珍しく表情も声色も驚いたように反応した。
「今の流れで!? 今の流れで無理!?」
「うん、この状況で嘘は言えないし」
大きな声で問い詰めてくるちーちゃんを落ち着かせるように返答する僕。とはいえ理由を聞かないことにはちーちゃんも納得しないだろう、僕は一から説明することにした。
「まずちーちゃん、冷静に考えてほしいんだけど」
「……冷静に?」
「今日もちーちゃん、すっごく可愛いんだ」
「……ふざけてるの?」
「いや、すごく真面目な話で」
「ふ・ざ・け・て・る!」
「いたっ! ちーちゃん落ち着いて!」
説明を開始しようとしたのに、ちーちゃんが顔を真っ赤にして僕を叩くから一時中断となった。
「一旦説明させて! 全部聞いてくれたら煮るなり焼くなり好きにして良いから!」
「……可愛いは禁止」
「えっ?」
「可愛いはなしで説明して」
「ちょ、それはむ」
「可愛い禁止!」
どうしよう、無理難題を押しつけられてしまった。ちーちゃんを説明するのに可愛いを使うなって、水を説明するのに液体って言葉を使うなって言ってるようなものじゃないか。
しょうがない。ちーちゃんに伝わるか分からないけど、別の言葉に置き換えて説明しよう。
「じゃあ話すけどね」
「……ん」
「今日もちーちゃん、天使なんだ」
「はっ?」
すごく悲しいリアクションをされたがへこたれない。僕は続けて説明する。
「天使だから、僕は2時間寝顔を見続けたわけ。ここまで大丈夫?」
「私はヒトです」
「よし、続き話すね」
ちーちゃんはムスッと不機嫌そうにしていたが、基本的にいつも不機嫌そうなので問題なしと解釈。とりあえず、僕の話を全部聞いてもらおう。
「でね、次は来週起こしに来るとするでしょ?」
「明日起こしに来て」
「じゃあ明日にしよっか。明日起こしに来るんだけど、ちーちゃんは変わらず天使なわけ」
「…………?」
「来週でも来月でも1年後でもちーちゃんは天使だから、結局寝顔を見続けて起こせないと思うってのが僕の考えなんだけど」
説明を終えたが、ちーちゃんは腕を組んだまま頭を捻っていた。僕の説明に納得がいっていないらしい。
「どこか分からないところあった?」
「天使って何?」
思った通り、引っかかってたのはそこだった。ちーちゃんからすれば、自分を創造上の生き物に例えられてさぞ困惑していることだろう。
ということでネタばらしを開始する。
「さっきの話、天使のところを可愛いに置き換えたら分かるよ」
「可愛いに置き換え……」
呟いている途中で、ちーちゃんの顔が噴火した。恥ずかしさと怒りが入り交じった複雑な表情で僕を睨む。
「可愛い禁止って言った!」
「うん、だから天使って単語使ったよ」
「天使ってどういう意味!?」
「可愛いって意味で使ったよ」
「変わってない!!」
「あはは」
再度ちーちゃんにポカポカ叩かれる僕。なんというか、休日の朝からとても幸せな気分である。
「もういい! 起こしに来なくていい!」
僕じゃどうにもできないと悟ったのか、とうとう僕に戦力外通告をするちーちゃん。
「あっ、じゃあ寝顔見に来るだけでいい?」
「意味ない馬鹿!」
「あてっ!」
さっきちょっと強めに叩かれる。照れ臭さのせいでいつもよりお怒りモードのようだ。
「朋矢」
「はい」
「今日は遅くまでゲームです」
「遅くまで?」
「日を跨いでもゲームです」
「お泊まりってこと?」
「違います。起こせないなら私が寝ないようにしてください」
「成る程」
朝早く起きてゲームができないなら、眠る時間を遅くしてゲームしようということらしい。不健康極まりないが、ちーちゃんが望むならそうするしかないかな。
「分かったよ。今日は遅くまで一緒にゲームだね」
「……ん」
そう返答すると、ようやくちーちゃんも溜飲が下がったみたいだ。いつものように表情を変えず、僕の方を見る。
「朋矢」
「ん?」
「お腹空いた」
朝と呼ぶには遅すぎる時間、早風家のお姫様は食事を所望している。
「おばさんが用意してくれてると思うよ」
「ハンバーグ食べたい」
「ハンバーグ?」
「朋矢が作るハンバーグ食べたい」
こうも真っ直ぐ言われたら、残念ながら僕に断る手段はない。ごめんなさいおばさん、ちーちゃん用のご飯は僕が食べるので許してください。
「了解。じゃあこれから買い物してくるね」
「私も行く」
「ちーちゃんも? 家でゲームしててもいいんだよ?」
「私も行く」
買い物なんて退屈させるだけかと思ったが、ちーちゃんは譲らなかった。一緒に来たいと言うなら、勿論僕は大歓迎である。
「着替えるから、下で待ってて」
「了解」
僕はちーちゃんの部屋を出て、階段をゆっくり下りていく。
どうやら今日も長くなりそうだと、僕は頬が綻びそうになった。




