第178話 クリスさんに依頼の進捗について確認した。素晴らしい食材があった。
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組合長やらレストナードやら侯爵様やらに散々振り回されて、ぶっちゃけ今すぐベッドにダイブしたい気分ではあるのだが、そうも言っていられない。クリスさんに依頼の進捗を確認しなくては。
いや、別に今日じゃなくても良くね? と思われるかもしれない。俺も自分が第三者だったら同じ感想を抱くだろう。
でもね、なんだろう。『今やらないと、次の機会は滅茶苦茶先になる』という、半ば確信めいた予感があるのだ。
だから今やる。愛しきベッドとの邂逅はその後でも出来る。
……できるよな?
「えーと、今回はそういう相談じゃなくてですね、前に出した依頼が、どれくらい集まっているのかの確認なんですが……」
善意からの申し出を断る気まずさから、つい敬語で話しかけてしまっている俺に、クリスさんは僅かに首を傾げたが、すぐに頭を切り替えたようで、依頼の話を進めてくれた。
「はい。何点か預かってますよ。ご覧になられますか? ……お疲れのようですし、無理に今日確認したくても良いのでは? また後日でも問題ありませんよ?」
切り替えきれてなかった。すっげー尾を引いてる。
「いえ、本当に大丈夫なんで、見せてもらっていいですか?」
「そうですか……分かりました。ではこちらへどうぞ」
未だ心配そうに俺を見やるクリスさんに、言葉とジェスチャーで問題ない事を伝えると、クリスさんはいかにも渋々といった様子で、受付を近くにいた他の職員さんに任せ、俺達に待つように言ってから建物の奥へと消えていった。
他の冒険者や組合の職員さんの邪魔にならないよう、端に寄って待つこと数分。クリスさんは細長い袋を一つ手に持って俺達の元へ歩いてきた。
「お待たせしました。それでは参りましょう」
「え? ここで見せてくれるんじゃないの?」
だが、クリスさんは食材が入っているであろう袋を俺達に渡す事はせず、さらに別の場所に連れて行こうとしているようだ。
その行動にメリアさんが疑問の声を上げると、クリスさんは首を縦に振って、肯定の意を示しつつ言った。
「それも可能ですが、どうせならすぐに試食等が出来る方が良いと思いまして。厨房とも言えない程簡素な物ですが、最低限の設備が整った場所があります。そちらに向かいましょう」
あー、そういや組合の建物内に、簡単な煮炊きが出来るスペースがあるって、依頼する時に聞いたな。そこで御披露目か。
「だって。どうするレンちゃん?」
「そうだね……。うん。ご好意に甘えようか。食材の手持ちなんてないけど、その場で実際に食べて確認できるのは良いね」
実際は〈拡張保管庫〉の中に、それこそ山のように入っているんだけど、それを出す訳にはいかないからね。
「こちらになります」
俺達の決定を受け、先導するクリスさんの後を追って建物の奥に歩を進めていくと、なるほど確かに、ちっちゃな竈がある。
その近くには、これまたこじんまりとした鍋や先端が欠けた包丁、少量の食器類が置かれている――んだが。
……いやこれ、うっすら埃被ってるんだけど?
「申し訳ありません。ここは組合の職員が軽食を作れるようにと設置された物なのですが、ちょっと外に出ればいくらでも食べ物を買えるのに、ここを使う者はいないので……」
「まともに掃除すらされずに放置されてたって事か……」
俺がクリスさんの言葉を引き継ぐように声を上げると、クリスさんは首を横に振った。あれ? 違うの?
「いえ、建物内の掃除は職員が持ち回りで行っており、もちろん掃除範囲にはここも含まれています。ですので、すぐに使用出来る状態だと思っていたのですが……この様子だと、数日は掃除されていないようですね」
まあ、俺達もいつ来るかなんて宣言してない訳だし、仕方ないといえば仕方ないかな?
こんくらいなら軽く掃除するだけで使えるようになるだろうし、大したロスでもないだろう。
そう俺は考えていたのだが、当のクリスさんは違うようだ。
「私に恥をかかせるなんて……。しかもよりにもよってメリアさんとレンさんに……。当番の者は探し出してお説教ですね……いえ、私の仕事を押し付けてやりましょう。そうすれば私は早く仕事が終わる。相手には罰になる。完璧です……。うふふふふふふ」
「うわあ……」
「こっわ…………」
クリスさんが暗黒面に落ちてしまった。
俯いて小声でブツブツ独り言を言いながら、全身から黒いオーラを噴出させる幻視を俺達に見せる程オコなクリスさんに声を掛けるのは、大変、本当に大変勇気の要る事なのだが、声を掛けないとどこまでも落ちていってしまいそうだ。
「ほ、ほら! 掃除してないって言っても数日なんでしょ? それだったらすぐに片付くよ。俺達も手伝うから、サッサカ掃除してその袋の中身を食べてみようよ! ね、おねーちゃん!」
「だ、だねえ! この程度、汚れている内にも入らないよ! パパッと終わらせちゃおう! うん! そうしよう!」
できるだけ明るく、この程度なんてことない、という事を極限までアピールしつつ言うと、全力でメリアさんも乗っかってくれた。ナイスですメリアさん。
そんな俺達の努力は実を結んだようで、クリスさんの体から黒いオーラが消えた。ように見えた。
「申し訳ありません。ありがとうございます……」
俯いていた顔を上げると、普段のクールな雰囲気からは想像もつかないような、弱々しい声でお礼を言うクリスさん。
おおう。なかなかの破壊力。これがギャップ萌えか……!
……いやいや。何馬鹿な事考えてるんだ。いつまでもクリスさんにあんな顔をさせる訳にもいかない。さあ掃除だ掃除!
……
…………
「よし! 終わり!」
「おつかれー」
「本当にありがとうございます。お手数お掛けしました」
高々数日分の、しかも未使用の場所。変にこびりついたり、長年積み重なった頑固な汚れもなかったので、掃除は本当にサクッと終わった。
埃を掃き清めてから軽い雑巾掛けで終了。後片付け含めても三十分かかってないんじゃないかな?
面倒なのは分かるけど、こんくらいならサボらずにちゃんとやればいいのに。
「本当に大したことなかったから、気にしないで大丈夫だよ。むしろ久しぶりにお掃除してちょっと楽しかったくらいだし」
深々と頭を下げるクリスさんに対し、メリアさんはニッコリ笑って答える。
まじか。メリアさんは楽しかったのか……。さすがに俺はそこまでのレベルには達してないなあ……。掃除を楽しいって思った事なんて一度もないよ。
「ということで、無事にここが使えるようになった訳だし、さっそく確認といこうか!」
「そうですね。現時点で集まったのは二点。本当はもっと沢山あったのですが、大半はイースかその近辺で入手可能な物か、食材ですらない物でしたので、除外しています」
そこは条件に含めているからね。何もおかしな事はない。
って食材じゃない物を持ってきた人がいたんか。とりあえずなんでもいいから持ってってみよう! みたいな感覚だったのかな?
にしても二点か……。これは多いのか? 少ないのか? いまいち判断がつかんな。まあゼロよりはましか。
「残った物がこちらの袋に入っているのですが…………正直な所々、こちらも除外しようか悩みました」
「え? なんで?」
「それは…………いえ、これは実物を見た方が早いですね。とりあえず、こちらをご覧下さい」
そう言ってクリスさんは袋から一つの品を取り出した。
それは長さ三十センチくらい、太さ一センチくらいの棒状。上下とも刃物で切ったような感じになっているので、本来はもっと長いのだろう。
表面は土がこびりついているのか茶色く、あちこちから細い糸のような物が飛び出している。
これは……これは……っ!
俺が驚きに震えている間にも、メリアさんとクリスさんが話を進めていく。
「何かの……根っこ?」
「はい……正真正銘、植物の根です。一応、持ってきた者に毒味をさせたので、食べられる物である事は確かです」
「って言われても……根っこでしょ?」
「はい……。持ち込んだ者からの説明を書き留めた物がありますので、読みますね……『本当に金が無いときに食った雑草の中で一番美味かった奴』」
「…………クリスさん、絆されたでしょ?」
「……だって、しょうがないじゃないですか。薄汚れた服を着て、心配になるくらい瘦せ細った姿で、震える手でこれを差し出してきたんですよ? 食べられない物ならまだしも、依頼内容には合致している訳ですし」
「それは……。私がクリスさんの立場でも、受け取っちゃうかなあ……。とは言っても、根っこかあ…………。うーん。どうしようレンちゃん」
心底困った様子で俺に意見を求めてくるメリアさん。
そんなもん決まってる。悩む必要なんてない。
「採用」
「「え?」」
メリアさんからの質問に即答すると、メリアさんのみならず、クリスさんまで『マジで?』みたいな声を上げる。
その声を聞いて、少し時間を空けた事で落ち着いていた興奮が、また一気に燃え上がってきた。
「もちろん採用だよ! 採用に決まってる! クリスさん! この人と話がしたいんで、予定を確認しておいてください! 予定が分かったら〈鉄の幼子亭〉まで! こっちの都合? 合わせます! なにがなんでも!」
「え……あ、はい。分かりました」
ゴボウ! ゴボウ! これどう考えてもゴボウだよ!
ヒャッホーーウ! いやあ、欲しかった物がこんな早く見つかるなんて、一発目から幸先いいなあ!
「レンちゃん……そんなに根っこが好きだったんだ……ごめんね、気づかなくて……」
「違わい!」
そんな可哀想な人を見る目で見ないで! コイツを使った美味い料理を食わせてしんぜようではないか!
ハッハー! テンション上がってきたあ!
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