第155話 暇なのじゃ。
今回からしばらく、狐燐視点でのお話しとなります。
「くあぁ~~~ぁ…………」
おっと、ガタゴトと揺れる荷車の揺れで眠気がぶり返してきてしもうた。
妾は狐燐。〈炎魔〉とか言う種族らしい。結構昔から生きているらしいぞ?
『らしい』と言うのは、妾には過去の記憶がなく、自身の種族についても人伝――神伝? で聞いただけだからじゃ。
まあ、妾はその昔、とても悪い奴だったらしいので、別に思い出せなくてもいいがのう。特に困る事もないし。
そんな妾の最も古い記憶は、空腹感と、なんとも芳しく美味そうな香り、そして、地面も空も真っ白な空間で全身から白い棘を生やした、鉄色の髪を持つ幼女が妾を強く睨みつけている、という物じゃった。
……これだと妾が幼女を食おうとしているように聞こえるのう。
実際は、幼女が偶然その場に用意しておった料理、ビーフシチューが美味そうな香りを発していて、その場に居た別の女の身体から突然現れたらしい妾を見て、驚いた幼女が戦闘態勢に入った、というだけの事なのじゃが。
その後紆余曲折があって、妾は妾が中にいたらしい女――メリアと【魂の契約】を結んで主従関係となり、その連れである幼女――レンと共に生活をしておる。
メリアと妾、どちらが主か、じゃと? メリアが主じゃ。妾は自分からメリア――ご主人の下に付く事を選んだ。そこにも深い訳があるのじゃが……まあそれは置いておこう。
そんな感じで毎日楽しく、レン達の作る美味い料理をたらふく食い、好きなだけ惰眠を貪る生活を送っておったのじゃが、ある日、レンが妾にお願いをしてきた。
なんでも、ビシソワーズとか言う新しい料理に使う芋を作っている村があり、そこに行って欲しい、との事じゃった。
本来であれば、レンやご主人が行く所なのじゃが、二人とも仕事で街を離れられず、事情に詳しいメイド共も多忙で動けないとの事。
そこで、ご主人と【魂の契約】で繋がっている故に【念話】が使用できる妾に白羽の矢が立った、との事じゃった。【念話】が使えれば、分からない事はすぐ聞けるからのお。
もちろん断ったのじゃ。
だってそうじゃろう? この話を受けると、一時とはいえ街から離れなくてはならん。そんな事になってしまったら、美味い食事を食う事も、フカフカの寝台で惰眠を貪る事も出来なくなるのじゃぞ? そんな物、誰だって断るじゃろう。
じゃが事もあろうにレンは、ご主人を使っての実力行使に踏み切ってきおった。
ご主人に羽交い絞めにされてのお願い、いや脅迫に妾は屈したのじゃ。
だが、妾はただでは転ばぬ。脅迫された、という事実を全面に押し出し、レンからビーフシチューをたらふく食う権利を勝ち取ったのじゃ!
その要求が思いのほか簡単に通ったので、これは好機、と更なる要求を通そうとした所のじゃが、ご主人の暴力によって阻止されてしもうた……。
というかご主人、人間だと聞いておるのじゃが、人間であの身体能力はおかしくないかのう? そこそこ強い種族らしい〈炎魔〉である妾の目にも留まらぬ早さで動いて、肩を外してきたのじゃが。しかもいとも簡単に。
……………………うむ。この事は忘れる事にしよう。なんだか考えるのが怖くなってきたのじゃ。
そんな感じで強制的に芋の村に向かう事になった訳じゃが…………うむ、まっこと暇じゃ。
芋の村へは、村の住民である……えーっと、なんて名前じゃったか………………ああ、思い出した。そう、ヨゼフじゃ。そのヨゼフと、ヨゼフの護衛としてご主人に雇われたジャン達と共に向かっておるのじゃが……。
一応妾は村の長との交渉の為に同伴している、という事で護衛される側だそうで、ヨゼフの操る荷車に乗っておる。
村へ持ち帰る為に、ヨゼフが街で買ったらしい荷物と共に乗っておるので少々狭いのじゃが、荷物の中に布の束があったので、それを尻に敷き、さらに肘掛けとしても使っておるので思ったほど不快ではない。
それはいいのじゃが、ヨゼフとやらは御者席にいるので話しかけるには少々遠いし、ジャン達は護衛として要る関係で、荷車を囲むように四方に散っておる。
一番近くにいるのは、荷車の後方に陣取っているレミイなのじゃが、何故か妾の胸の辺りをチラチラ見ては悔しそうに目を逸らす、という行動を繰り返しており、微妙に話しかけづらい。
この胸が羨ましいのかのお。正直、重くて肩が凝るし、足元が見づらいしで邪魔なだけなのじゃが……。渡せるものなら渡してしまいたいわい。ご主人も同じ事を言っておった。
とは言ってもそれはあくまで妾の主観。レミイにそんな事を言ったら怒るのは目に見えておる。妾だってそれくらい分かるのじゃ。
そんな訳で会話で時間を潰す事も出来ず、ただボーっと、代わり映えのしない景色と、忙しなく周囲に気を配るジャン達の背中を眺めている事しか出来ん訳じゃ。眠くもなろう。
あまりに暇なので、いっその事魔物か野盗の類の襲撃でも起こらないものか、等と物騒な事を考えていたのじゃが…………。
荷車の左前方を歩きつつ、あちこちに警戒の視線を向けておったレーメスが一方向をジッと見つめたと思ったら、駆け足で同じく右前方を歩いておったジャンの元へ近づいた。
二人から距離は離れておるが、妾は耳が良いので会話内容はしっかり聞こえてくる。
「ジャン。あっちからゴブリンが近づいてきてる」
「そうか。数は?」
「……十、くらいだな」
「少し多いな。バレてそうか?」
「多分な。真っすぐ向かってきてるし」
「チッ、それじゃあ多少迂回しても意味ねえな、めんどくせえ……。まあ、ゴブリンくらいなら問題はねえが、ヨゼフに報告してくる」
「おう、頼む。前方の警戒は俺がやっておく」
ゴブリン……。雑魚じゃが、まあ、多少の暇つぶしにはなるかの。
「どれどれ。どっこいしょっ、と」
ジャンが持ち場から離れ、ヨゼフの元へ近づいていくのを尻目に、妾は荷台の上に立ち上がり、先ほどまで二人が見ていた方向へ視線を向けると、レーメスの言う通り、ゴブリンが十体程、こちらに向かって走ってきているのが見えた。
…………いやー、話に聞いた事はあったが、実に醜いのお。
しかも腰にボロ布を巻いておるだけで、ほぼ裸ではないか。そのボロ布も、遠目から見るだけで不潔なのが一目瞭然じゃ。
暇つぶしに丁度いい等と考えておったが、あんなのに近づいてきて欲しくないのじゃ。臭そうじゃし。もちろんこちらから近づくのも論外じゃな。ここはサクッと終わらせてしまおうかの。
「ゴブリンが十体!? 行きの時は多くて三体くらいだったのに……大丈夫なのか!?」
「ああ、十体程度なら問題ない。とはいえ、近くでやりあうと万が一の事も有り得るから、三人ほど先行して潰しに行きたいんだが、構わないか? 短時間なら護衛が二人に減っても守り切れる自信はある」
「さすがはレベル六……。それじゃあ、すまんが頼む」
「了解。まあすぐ終わらせるさ。キース! レミイ! 仕事だ! コリンさんは危ないそこから動かないで、って何立ち上がってるんですか! 危ないから座っててください!」
いや、座ってたらゴブリンが見えないじゃろ。妾もさすがに見えない相手を撃つのは出来んのじゃ。
少々心苦しいが、ジャンの声を無視して迫りくるゴブリン共を注視する。うぅ……。目が腐りそうじゃ。
ん-……。ちょっとバラけておるの。百……いや念のため二百くらいにしておくか。
妾の身体を構成している魔力に働きかけ、一部を身体から分離する。
妾の身体から離れた魔力は瞬時に燃え上がり、火の玉へと変じた……のじゃが。
「ちょ! デカすぎなのじゃ! 分割分割!」
妾からすれば、ほんの一欠片程度の気分だったのじゃが、出来上がった火の玉は妾の想定を遥かに超えた、巨大な物じゃった。荷車を完全に包み込めるくらいの大きさがある。頭上に出して良かったのじゃ……。手元に出しておったら大惨事じゃった。
妾は慌てて出来上がった火の玉を操作し、一つ当たりの大きさが握り拳程度になるように小さく切り分けた。
「随分多くなってしまったが…………まあいいか。それ行け。醜くて臭そうな者共は焼却じゃ」
妾が軽く手を振ると、それを合図に、三百程度に分割された火の玉が一斉に飛び、ゴブリン共に殺到した。
「おろ? ……ゴブリンって脆いんじゃなあ」
妾としては、火の玉が着弾したゴブリンは綺麗に燃え尽きると思っておったのじゃが、見事に貫通してしまっておる。
全身至る所に拳大の穴を空けたゴブリンが次々に倒れていき、あっという間に全滅してしまった。
「ふむ。まあ、想像とは違うが、別にいいじゃろ。これだけ距離が離れておれば匂いも来ないじゃろうし。…………ふあぁ~~ぁ。ちょっと怠いし、寝るとするかのお」
軽い倦怠感を覚えた妾は、荷台の布束をかき集めて即席の寝台を作り、そこに横になった。
うーむ。当たり前ではあるが、やはり屋敷の寝台の方が寝心地は上じゃのお。さっさと終わらせて、屋敷の寝台で思うさま惰眠を貪りたいものじゃ…………むにゃむにゃ。
「「「「「「………………えぇ~」」」」」」
完全に眠りにつく直前、呆れたような、驚いたような、なんとも言えない感情が籠った声が四方から聞こえてきた気がするが、その意味を理解する前に妾は夢の世界へ旅立った。
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