第154話 ヨゼフさんが村へ旅立った。付いていけなかった。
キリが悪くなりそうだったので、今回はちょっとだけ長めです。
ヨゼフさんの村へ、芋の買い付けの交渉に向かう事になった日の夜。屋敷の食堂。
「――――という事で、護衛よろしくね」
「いや、よろしくってお前、せめて一言相談してから決めてくれよ…………」
ニッコリ笑って言うメリアさんに対し、言われた側――――ジャンは呆れ顔だ。
なるほど。メリアさんの言っていた『融通の利く腕利き』ってジャン達の事だったのか。確かにジャン達はレベル六冒険者だし、うってつけだろうな。
「ダメかな?」
「ダメって事はねえが…………護衛ったって、レベル三冒険者三人の護衛で来れるくらい安全な道のりなんだろ? わざわざ俺達が付く必要なんてなくねえか? その程度の護衛に俺達を雇うなんて、金額的に割に合わねえだろ」
そう。ヨゼフさんから聞いたが、ヨゼフさんがイースに来る時、護衛は三人、しかもレベル三だったそうだ。
なんでも、別の依頼を終わらせてイースに戻る途中に、物資の補給の為に偶然ヨゼフさんの村に立ち寄っていたらしく、ついでだからと護衛をしてくれたらしい。
実際、レベル三冒険者三人の護衛で問題なく来れた訳だから、レベル六冒険者のパーティであるジャン達を雇うのは過剰戦力だろう。俺もそう思うし、ジャンのパーティメンバーも頷いている。
だがそこで、メリアさんはニヤリと悪い笑顔を浮かべた。
「…………そういえばジャン達さ、この屋敷に居座って何日経ったっけ?」
「うぐ」
メリアさんの何気ない風を装っての一言に、ジャンの顔色が一気に悪くなった。
「最初は一日泊めるだけだったはずなのに、二日酔いで一日延びて、そこからズルズル入り浸ってるよね? しっかり食事も食べて、毎日お風呂にも入って」
「ぐは」
「その間、屋敷の仕事も、〈鉄の幼子亭〉の仕事も手伝う訳でもなく、かといって宿泊費を払う訳でもなく」
「げふぁ」
「護衛、してくれるよね?」
「はい、誠心誠意やらせていただきます……」
「料金は?」
「む、無料で結構です…………」
このまま消えてしまうんじゃないかと思うくらい小さくなっていたジャンが、項垂れながらメリアさんの脅は――要請を承諾し、メリアさんが笑顔でウンウン頷いた。
一瞬、ジャン達に申し訳ない事をしている気分になったが、本当に一瞬で消えた。うん。無銭飲食に無銭宿泊だからね。情状酌量の余地はないね。むしろもっと働け。それか金払え。無料は最初の一泊だけだから、払ってもらうにしても結構いただく事になるが。
それはさておき、とりあえずヨゼフさんに言っていた護衛の面はなんとかなった。
これで心置きなくヨゼフさんの村へ向かえるな。いやー、ほんと楽しみだ。
「あの…………。もしかして、主とレン様も一緒に向かおうと考えていませんか?」
さてこれで話は終わりだ、というタイミングで、おずおずと切り出してきたルナの言葉に、俺とメリアさんは顔を見合わせた後、揃って首を傾げた。ルナは何を当たり前の事を言ってるんだろうか。俺達が行かないと、交渉する人間がいなくなっちゃうじゃないか。
「貧民街と孤児院への炊き出しはどうするのですか? まだしばらくはお二人が行くと仰っていたと思うのですが」
「「あ」」
忘れてた…………。そうだ。炊き出しがあるんだった。
「あー、それは、えーっと……。そろそろ俺達が抜けてもいいんじゃないかなー、なんて」
「難しいと思いますよ? 貧民街は未だお二人以外の者への視線は厳しめですし、孤児院に至ってはお二人しか行った事がないじゃないですか。代わりとしてまったく初見の者が行くのは、相手に不信感を抱かせる事になると思いますが」
俺の苦し紛れの提案は、ルナに一刀両断された。うん、無理そうなのは分かってたけどね。
まじかー…………。俺達行けないのかよー。
「だったら代わりに誰が行く? ジャン達に任せる?」
いくらジャン達を雇った所で、現地での交渉要員がいないと話にならない。そこで俺はジャン達に丸投げする案を出してみたのだが。
「冗談きついぜ。依頼を受けたからには護衛ならいくらでもやってやるが、交渉までやるのは違うだろう。しかも内容が〈鉄の幼子亭〉で使う食材の交渉だろ? 店の関係者でもねえ俺達が出来るわけねえよ」
これも分かってはいたが、ジャン達に全て任せる案も却下された。まあ承諾されたとしても、ジャン達は〈鉄の幼子亭〉の内情を知らないから、交渉のしようがないだろうが。
後なんとかなるとすれば、【念話】で俺達とリアルタイムで意志疎通が出来るメイド達だけど……。
「申し訳ありませんが、屋敷の仕事と〈鉄の幼子亭〉の業務があるので、メイドから捻出するのは難しいです……」
「だよねえ…………」
俺の視線を受けたルナが申し訳なさそうに答えた内容は、俺の想像通りの物だった。
現状でも結構カツカツ気味なのに、さらに吐き出すのは無理だよね。というかまず、現状のメイド達で交渉事が出来そうなのは、オレの魂をあげた五人くらい。その子達も屋敷や〈鉄の幼子亭〉での仕事の中核になってるから、抜くとどれかが破綻しかねないんだよなあ。
うーむ、なんかいい人材はいないかなあ…………………………あっ。
「狐燐だっ!」
「な、なんじやいきなり?! 唐突に呼ぶでない! びっくりしたじゃろうが!」
いきなり俺に呼ばれ、驚きで狐耳と狐尻尾がピーンッとなった狐燐がプリプリ怒っているが、そんな事はどうでもいい。
そうだよ狐燐なら解決だよ。狐燐は〈鉄の幼子亭〉の仕事には関わってないけど、【念話】が使えるから、リアルタイムで俺達と意思の疎通が出来る。そして何より――――
「な、なんなんじゃ一体。気持ちの悪い笑顔で見るでない……。うむ。夜も更けてきたようじゃし、妾はもう寝るかのお」
俺の様子に何か不穏なものを感じたのか、狐燐は雑な嘘をついて逃げを打とうとした。だがそうはいくか。
「おねーちゃん! 確保!」
「え?! あ、うん! わかった!」
「なあっ!? ご主人、お主今の今まで椅子に座っておったじゃろう! しかも食卓を挟んだ反対側に! なんで気づいたら捕まっとるんじゃ! どんな魔法じゃ!」
「え? 普通に椅子から立ち上がって、駆け足で回り込んだだけだよ?」
「駆け足! そこはせめて全力疾走してほしかったのじゃ!? というか絶対駆け足の速さじゃないのじゃ!」
逃がしてなるものかとメリアさんをけしかけた所、メリアさんは意味がわからないながらも反応してくれ、瞬間移動もかくやという速さで狐燐の背後に回り込んで羽交い締めにした。
いやー、メリアさんまじパネエ。本気で視界から消えたよ。もう俺、メリアさんと勝負しても絶対勝てないね。前から勝てた試しないけど。
「狐燐。ジャン達と一緒にヨゼフさんの村に行って、芋の交渉してきて。お願い」
俺は逃げ出そうとジタバタもがいている狐燐の前に移動し、俺達の代わりに芋の交渉をしてくるようにお願いした。
「お願いならせめてこの手を離してほしいんじゃが。これはお願いではなく、脅迫というんじゃぞ?」
「でも解放したら逃げようとするでしょ?」
「無論じゃ」
何を当たり前の事を、と言わんばかりに頷く狐燐。
「というか、何故妾なのじゃ。妾だってジャンと一緒で、店の事などさっぱりじゃぞ? もっと相応しい者がいるのではないか?」
いねえから頼んでるんだよ。
狐燐がごねるので、俺は何故狐燐に頼もうと思ったのか、【念話】の部分はぼかしつつ、その理由を訥々と語ってあげた。【念話】はジャン達も知らないからね。
「………………ふむ。確かに、レンが言いたい事は分かった。妾が条件に合致していることものう」
「じゃあ!」
「仕方ないのう。他ならぬビシソワーズの為じゃ。妾が一肌脱いでやろうではないか。感謝するのじゃぞ?」
「おお! ありがとう! さすが狐燐! 頼りになるなあ!」
心底『しょーがねーなー』という雰囲気を醸し出す狐燐に、俺はお礼の言葉を述べる。
実際の所、『仕事も録にしないニートが何言ってやがる』という言葉が喉の所までせり上がってきていたのだが、不貞腐れて手の平を返されても困るので、全力でヨイショする。心にもないことを言うだけで上手くいくならいくらでも言ってやるさ。
「で、妾がわざわざ出向いてやるのじゃ。褒美的な物が欲しいのう。あー、最近ビーフシチューを食べてないのう。ビーフシチューが恋しいのじゃ」
「分かった。帰ってきたらビーフシチューを好きなだけ食べさせてあげるよ」
「ほう! そうかそうか! いや催促したようで悪いのう」
「…………」
やばかった。『誰がどう聞いても催促だよ。ふざけんなニート』という言葉が口をついて出そうになった。ちょっと圧力に負けて唇開いた。けどなんとか飲み込んだぜ。
「そういえば今日、ビシソワーズに適した芋が手に入ったんじゃったな。あー、ビシソワーズが食べたギャーッ?!」
今が好機と思ったのか、更なるリクエストを出そうとした狐燐は、言い切る前にその言葉を悲鳴で上書きした。
メリアさんが羽交い締めしている腕に力を込めて、狐燐の両腕を背中側に引っ張っているようだ。うわ、痛そう。肩ってあんな角度まで反れるんだ……。
「コリンー? ちょっと調子に乗りすぎじゃないかなあ?」
「悪かった! 悪かったのじゃ! 謝るから止めるのじゃ! 肩はそれ以上後ろにはいかないのじゃ! ……あ、待って。今音が、変な音聞こえたのじゃ! いだだだだだ!?」
狐燐のガチな悲鳴と謝罪を聞いて、メリアさんは手を離した。
そのまま狐燐は前のめりに倒れるが、何故か手で体を支える事はせず、顔面から床に落ちた。……なんか狐燐の両腕、力が入ってないというか、肩から先がプラプラしてない? あれ、脱臼してるんじゃね?
「う、うぶ……。い、痛いのじゃー……腕も顔も痛いのじゃー……。腕が動かないのじゃー。助けてたもー……」
顔面から床に倒れこんだ姿勢のまま、メソメソと泣いている狐燐。
そのあまりにもあんまりな状況に思う所があったのか、メリアさんはため息を一つ吐いた後、狐燐の横にしゃがみこんで狐燐の肩に両手で触れた。
次の瞬間、ゴリュッ! という聞いただけで痛そうな音が響いた。
「あいだあっ?!」
「じっとしてなさい。もう片方も嵌めるから」
「そ、それは助かるのじゃが、出来ればもうちょっと優しく……アンギャーッ?!」
もう片方の肩からも痛そうな音が響き、狐燐の絶叫が部屋に木霊する。
「うっぐ。ひぐっ。いだいのじゃあー……。なんで妾がこんな目にぃー……。うええええ…………」
メリアさんから遠慮なしの整体を受けた狐燐は、ノロノロと身体を起こしてから床にペタンと女の子座りになり、そのまま泣き出してしまった。
そのまるで子供のような泣き声に、当事者じゃないはずの俺が凄まじい罪悪感に苛まれる。
だがメリアさんにそんな物は全く効かず、泣きじゃくる狐燐の前にしゃがみこんだ。
「今まで全く働いてないんだから、ちょっとくらい働きなさい。…………次ふざけた事言ったら、両腕の長さを二倍にしてあげるからね」
「ひ、ひい……っ! わかったのじゃ、肝に命じるのじゃ!」
「よろしい」
「…………なあレーメス。羽交い締めで肩って外せるのか?」
「俺は聞いたことねえ……。でも、出来るみてえだな。目の前で見ちまった訳だし」
「そうですわね……。とりあえず一つ、絶対に守らなきゃいけないことは分かりましたわ」
「「「「「メリアさんを怒らせちゃいけない」」」」」
一部始終を目の当たりにしたジャン達の言葉が綺麗にハモった。
そんな事、今さらなんだよなあ。
……
…………
………………
ヨゼフさんが村へと帰る日。俺とメリアさんは、ヨゼフさんとジャン達パーティ、それに狐燐の見送りをする為に街の門の前に来ていた。
「俺達五人が、あんたの護衛を務める。俺はリーダーのジャンだ。行きはレベル三の冒険者一人だったと聞いた。今回はレベル六が五人だ。万が一にもあんたに危険が及ぶ事はねえから、安心してくれ」
リーダーとして挨拶をするジャンの、熟練の冒険者らしい雰囲気に、ヨゼフさんは破顔した。
「それは有難い話だ。まさかレベル六の冒険者が複数人来るとは思ってなかったよ。それはいいんだが……」
そこでヨゼフさんの顔に困惑が浮かび、視線がジャンから逸れる。その視線の先には、いつも通りのドレス姿の狐燐の姿があった。
「…………あの人も一緒に来るのかい? えれえ別嬪さんだし、服も高そうだ。もしかして、貴族様なのか……?」
「ああ。あの人は、急遽同伴できなくなったメリアとレンの代わりだな。一応護衛対象に含まれるが、心配せんでも、あんたの安全は俺達が保障するさ」
「そ、そうか。護衛のあんたがそう言うならいいが…………」
そう言いつつ、ヨゼフさんは不安と興味がない交ぜになった視線をチラチラと狐燐に向けている。
そんな視線を向けられているともつゆ知らず、狐燐は狐耳と狐尻尾を萎れさせ、物憂げな様子で佇んでいた。とても絵になる立ち姿ではあるのだが、その実態は――
「うー。眠いのじゃ。面倒なのじゃ……。本来であれば、この時間はまだ寝台で惰眠を貪っておるはずなのに……。しかもこれから街を出なくてはならぬ……。働きたくないのじゃ……はぁぁぁ…………」
ご覧の通り、ニートが不貞腐れてるだけである。
いくら不貞腐れた所で、旅に出る事実は覆らないのだが、あのままだとジャン達にも、ヨゼフさんにも迷惑が掛かりかねない。しょうがない。ちょっと発破を掛けるか。
「ほら狐燐。シャンとして。帰ってきたらビーフシチューを好きなだけ食べていいから」
俺の言葉に、ふんにゃりとしていた狐耳がピンッと立った。
「………………たっぷりデミグラスソースが掛かったハンバーグも欲しいのじゃ」
「分かった分かった。ハンバーグも用意しておくよ。だからよろしくね?」
「無論じゃ! 万事妾に任せい! 完璧に仕事を熟してみせるのじゃ!」
チョロい。すでに最初に話をした時点でビーフシチューを食べさせる約束はしていたので、実際はハンバーグが増えただけなのだが、それは言わぬが華って奴だな。
「…………レンちゃん、なかなか酷いね」
「何が? 俺は嘘は言わないよ? ちゃんとビーフシチューもハンバーグも用意してあげるさ」
「いや、そういう事じゃないんだけど…………ま、いいか。それでコリンがやる気になるんなら」
ニヤリと笑いながら言う俺に、メリアさんは肩を竦めた。
そんなやり取りをしている内に、出発の時間となった。
ヨゼフさんは荷車の御者席、ジャン達パーティは荷車の周囲を囲むように配置。狐燐は一応護衛される側なので、荷車の後ろに座っている。
「いってらっしゃーい!」
「コリン!皆に迷惑掛けちゃ駄目だからねー!」
「掛けんわ! ドッシリ構えて待っておれ! お主らの度肝を抜くような成果を持って帰ってくるのじゃー!」
ゆっくりと進む荷車が見えなくなるまで、俺達は手を振って見送った。
よろしく狐燐。吉報を待ってるからね。
お読みいただき、ありがとうございます。
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