第148話 風呂からあがったらグダグダだった。
「いやー、良かったねー」
「色んな意味で素晴らしいお風呂でしたわね! 溜まっていた疲れも吹き飛びましたわ!」
それはよかったですね。俺は疲れたよ。その吹き飛んだ疲れは俺が受け取ったようです。
現在、お肌はツヤツヤ、お顔はホクホク、テンションはアゲアゲな二人を引き連れ、浴場から食堂に移動中です。
対する俺は心はボロボロ、体はヘトヘトですよ。疲れを癒す為に風呂に入ったのに、本末転倒である。
「レンちゃん大丈夫? すっごい疲れた顔してるけど……」
俺の隣を歩いていたメリアさんが、俺の方へ顔を向けてそう聞いてきたので、俺は笑顔――を作るのに失敗した、半端に頬を引き上げた変顔で答えた。
「あー、うん、だいじょぶだいじょぶ。仕事の疲れは抜けたと思うから。二人に滅茶苦茶にされた分でトントンじゃないかな」
「いやー、それって大丈夫じゃないんじゃないかなあ…………」
メリアさん。可哀想な人を見る目で俺を見てるけど、あなたも同罪ですよ? 参加こそしてなかったけど、楽しそうに見ていたんだからね。
というか、そんな事言うくらいなら二人を止めていただきたかったですねえ……。
「う。そんな目で見ないで……ごめんって。二人に揉みくちゃにされるレンちゃんが可愛くて、つい」
俺のジットリした視線に耐えきれなかったらしく、メリアさんは申し訳なさそうに謝ってきた。いや、『つい』じゃねえよ。勘弁してくれよ。全く。
三人とも、悪意がある訳じゃなく、純然たる好意による行為だっていうのがまた手に負えない。本気で嫌な事はしてこないから、なんというか、こう、怒りきれないんだよな。遊びの延長みたいな。
そんな微妙にモヤモヤした気持ちを抱えたまま歩く事暫し。目的地に到着した。
「はい。ここが食堂だよ。うん、狐燐もいるみたいだね」
目の前の扉の奥から、男性陣の声と共に狐燐の楽しそうに弾んだ声も漏れ聞こえてくる。ルナの予想通り、食堂で酒を飲んでいたようで、男性陣と合流後、そのまま酒盛りに移行したっぽい。
「ほうほう。この声がジャンと楽しそうに街歩きしていたと噂の…………」
「噂ではとんでもない美人と聞いていますが、どのような方なのでしょう? ワクワクしますわね!」
二人の声を背中に聞きながら、俺は食堂のドアを開く。狐燐がどんな奴かは、実際に見て話して把握してください。
「おう! やっろ来たか! コリンしゃん、リェンの後ろにいる二人が俺達の仲間、レミィとセーヌでふ」
「ほう! あれが話に聞いた……! 早う! 早うこっちへ来るのじゃ!」
「「……うわぁ」」
「「…………」」
開かれたドアの先には当たり前というか、ジャン、レーメス、キース、そして狐燐がいた。
四人が着いているテーブルの上には見えるのは、まず大量の皿。その皿には干し肉、コロッケ等、酒のツマミの類が乱雑に積み上げられている。
そして酒瓶。中身の残った数本の瓶が置かれ、そこかしこに空になったらしい瓶が転がっている。
これは酷い。それはまるで場末の酒場のような有様。俺とメリアさんはその状況に頭を抱えた。
それはレミイさんとセーヌさんも同じようで、テーブルの方へ視線を向け、口をポカンと開けたまま固まっている。
つーか、なんだあの大量の酒瓶。この屋敷にあんなに酒あったか? ……ああ、ジャン達が持ち込んだのか。勘弁してくれよ。
「……む? どうしたのじゃ?」
入口で固まっている俺達の様子を見て、狐燐が首をコテンと傾げる。
どうしたじゃねえよ。なんだこの有様。いくら女性の風呂が長いって言っても、こんなになるまで時間はかけてねえよ。ジャンなんて呂律が回ってねえじゃねえか。どんだけ飲んだんだよ。
ほら、そのあまりの酷さに、二人も呆気に取られて――――
「い、色気がすごい……」
「匂い立つ色気って、ああいうのを言うんですのね。初めて知りましたわ……。しかも何か、こう…………エロイですわ!」
違った。二人が固まってたのは狐燐が原因だった。まあ、気持ちは分からんでもないけど。
今の狐燐は酒が入っているからか、頬を赤く染め、目も少しトロンとしている。
しかも暑いのか、いつものドレスもだらしなく着崩されており、胸元がかなり危ない。さっきから男性陣の目が、チラチラとその零れ落ちそうな胸元に向いている。レーメスとか鼻の下伸びてるし。
そんな状況だからか、おいでおいで、とこまねく手の動きもなんだか艶かしく見えてしまう。まさにエロの化身。
そこへ持ってきて――――
「どうした? 早くこっち来るのじゃ! ……むう。何故来ないのじゃ? あれか? 妾と話はしたくないという事かや?」
悲しげに眉を寄せて俯くその姿は、その成熟した肢体とは裏腹に、まるで何も知らない少女のようだ。あざといと思うだろ? 信じられるか? あれ、素なんだぜ? 狐燐がこの屋敷で暮らすようになってから、何度かあの顔は見たが、いつ見ても俺の心にクリティカルヒットだ。あの顔でお願いされると、なんでも言う事を聞いてしまいそうになるんだよなあ。メリアさんは耐性があるようで、簡単にその誘惑を振り切ってくれるから助かるけど。
狐燐は、少女の無垢さに娼婦の如き妖艶さを付け加えた、ある意味究極ともいえる存在なのだ。まじチート。
「っ! いえ、そういう訳じゃ……!」
「い、今行きます! すぐ行きますわ!」
二人はそんな狐燐の魅力に敗北を喫したらしく、頬をほんのりと赤く染めながら小走りでテーブルに向かう。俺とメリアさんはそれに一歩遅れて足を動かし始めた。俺達は耐性があるからね。そんなに取り乱したりはしない。そんなには。正確に言うと、俺じゃなくてメリアさんが。
大丈夫だから。当てられたりしないから。だからその肩に置いた手の力を緩めて。痛いです。
「おお! そうか! 早う早う! やはり、宴は人が多い方が楽しいからのう! ここに暮らしておる者は妾以外酒を飲まぬ故、盃を交わす相手がおらんで寂しかったのじゃ!」
二人の色好い返事に、先ほどまでの悲しげな表情から一転、パアッ! と花が咲いたような笑顔を見せる狐燐。おお、後光が差して見える。そのギャップは卑怯だと思います。
いや大丈夫だから。両肩に手を置かなくてもいいから。指先が食い込んでるから。そろそろ砕けちゃうから。
「こりゃレン! コリンしゃんを悲しみゃしぇるよーな事しゅるんじゃねえ! 酒くらい付き合ってやりぇよ!」
「うるせえ酔っ払い。何子供に飲酒を勧めてんだよ。つーか聞き取りづらいわ。ちゃんと喋れ」
「にゃにおー!?」
そんな感じでジャン達五人と狐燐の酒宴は幕を開けた。内四人は開始前から既に出来上がっていたが。
ジャンが冒険者としての依頼で体験した様々な出来事を、呂律の回らない口で、大きな身ぶり手振りを交えて話し。
レーメスとレミィがそれに茶々を入れ。
キースとセーヌは、ちょっと盛られていたり、不足していたりするらしいその内容を都度補足、修正し。
その話を聞いている狐燐は、語られる内容に一喜一憂して、その表情をコロコロと変え。
俺とメリアさんは話の輪には加わらず、テーブルの端っこで黙々と食事をとる。
素面で酔っぱらいの相手はしんどいからね。仕方ないね。メリアさんが怖いからじゃないよ。ほんとだよ?
ジャンが語る話はなかなか興味深く、もっと聞いていたかったが、悲しい事に俺達にはまだまだ仕事が残っている。
盛り上がるジャン達を尻目に、食事が終わり次第そそくさと食堂を後にした俺達は、その足で厨房へ向かい、明日の〈鉄の幼子亭〉で出す料理と、貧民街での炊き出し用の料理をヒイコラ言いながら作成。かなり夜も更けた頃にやっと布団に入った。
そして翌日、いつも通り夜も明けきらない内から起床。身だしなみと整えてから、朝食をとる為に食堂に向かった。
「うわ。まじかよ」
「まあ私は、こうなりそうだとは思ってたけどねえ」
食堂に続くドアを開けて最初に感じるのは、濃いアルコール臭。それに続いて俺の目に飛び込んできたのは、昨日よりさらに増えた酒瓶と、テーブルに突っ伏して眠る六人の男女の姿だった。
こ、こいつら、あれから潰れるまで飲んでやがったのか……。せっかくメイド達に部屋の準備してもらったのに、無駄骨じゃねえか。
ムカついたので、メリアさんと手分けして手荒く全員を起こす。正確にいうと、頭をぶっ叩いて。
するとどうでしょう。二日酔いとのダブルパンチにより、全員があっさりと目を覚ましたではありませんか。
全員が目を覚ましたのを確認してから【念話】でメイドを呼び、朝食を用意してもらった。もちろん全員分。
俺とメリアさんの前にはいつも通りと変わらないメニューが。
ジャン達の前には、以前リーアに振る舞った病人食と同じ物が置かれていた。俺は何も言ってないのだが、メイド達が体調の悪そうなジャン達に気を使ったらしい。優しいねえ。
「いや、俺はいらねえ。食欲がねえ……んぐっ」
だが、そんなメイド達の優しさを一身に浴びておきながら、ジャンは真っ青な顔で、不意に込み上げてきたらしい何かを必死に飲み込みながら、そんなふざけた事を宣いやがった。それに同意するように、青い顔の三人が緩慢な動作で頷いた。
「あ? てめえ何言ってやがる。ここは食堂だぞ? 食堂にいるのに食事をしねえってどういうこった。わざわざメイドに準備してもらったんだ。食えよ。残すのも許さねえからな」
「いや、俺達はあの後そのまま寝ちまったからここにいるんであって、食事の為に来た訳じゃ――――」
「知らん。食え」
「お、おう。分かった。すまん……食う……食うよ…………うぷ」
俺の顔を見てさらに顔色を悪くしたジャンは、心底辛そうに食事を開始する。
「うおお……こええ……レンって怒るとこええんだな……うっぷ」
「た、食べなきゃ…………っぷ!? ……あ、危なかった」
「ひ……あ、あんなに魔力が荒ぶって……。わ、私も食べます……んぐ……自業自得とはいえ、これは……うぐ……辛いです、わ……」
その様子を見ていた三人も後を追うように、緩慢な動作で食事を開始した。
さて。今まさに死にそうな顔で料理を口に運んでいるのは四人。ジャン、レーメス、レミイさん、セーヌさんだ。
だが本来ここにいるのは六人。残る二人――キースと狐燐はというと。
「ああ、美味しいですね。体に染み渡る心地です。実は、さっきまではそれほどお腹が空いていなかったんですが、食べ始めたら途端に食欲が沸いてきました」
「うまうま……。やはり朝はしっかり食わんとな! 朝食は一日の活力じゃ!」
青を通り越して土気色になりつつある顔色で食事を続ける四人とは対照的に、もきゅもきゅと美味そうに朝食を平らげている。
「すみません。お二人と同じ物をいただけませんか? これでは少々物足りなくて……」
「妾もじゃ! こっちは大盛りで頼むぞ!」
まじかよ。しかもお代わりまですんのかよ。こいつらの胃と肝臓どうなってんだ。
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